ぼうけんのしょ5
鼓動が喉を突き
このからだ全身で感動を浴びる。
人生で何度そんな体験ができようか。
ドイツ留学当時、現地のアンティークマーケットのお知らせを調べに調べる中で、検索に出てきたMittelaltermarkt。
中世の市場。訳すとそんなところだろうか。開催される大きな倉庫はいつも蚤の市が開催されていたところと同じだったので、初めはアンティークマーケットの別名くらいだろうかだと思っていた。
とんでもない。
このイベントが、人生を左右する。
そんな体験になった。
開場時刻の少し前、入り口には長蛇の列。
見ると、なにやら不思議な格好をしている人も混じっている。
蚤の市でもたまにあるが、入場料がかかるらしく、入り口近くの特設カウンターで券売をしていた。
僕も支払いを済ませて、小さなチケットを手に入れた。大人一枚8€と書いてあった。
妙に高いなと思いつつ、説明に目を走らせると、
「中世の仮装をしている方は割引」
「大人2€」
と書いてある。
ハッとした。そんな割引があるというのか。
自分は、いつもの蚤の市を巡るときの服装
(蚤の市は宝探しであり、狩猟だと思っているので、大抵動きやすい格好)
であったため、やむなく割引は請わなかった。
たしかに、目の前に並んでいる女性のお召し物は、中世ヨーロッパの姫が纏うようなドレスだ。
僕が大好きなゼルダ感(ゼルダの伝説)にあふれている。
いや、もうゼルダの後ろに並んでいるといってもいい。
しばらして、開場。ぞろぞろと列が倉庫に飲み込まれていく。果たしてどんな開場の雰囲気なんだろうかと独特の緊張感をもって入った。
そこは、まぎれもなく、あの世界だった。
入場して、一眼を持ってきていなかったことを後悔し、とっさにスマホで撮る。
僕の前に並んでいた蒼き姫の後ろ姿が美しい。
しばらく放心状態で場内を歩いた。
目の前に広がる世界に興奮しすぎて、今自分がどこにいるのかすら分からなくなっていた。
これは一生に残る。
直感で感じた。
僕は慌てて会場を飛び出し、トラムに飛び乗り、寮に帰って、カメラを持ちだし、再びあの世界へと向かった。
冒険を記録しにゆくかのように。
たしかに。ここに。ヨーロッパがある。
石碑とかからではなく、人と服から、ここまで歴史を肌身で感じることは今までなかった。
老若男女、それぞれ思い思いの仮装で集結。
仮装なんだけど、仮装ではなかった。
ここの地の先に文化を見た。
広いひろい倉庫にはテントが軒を連ね、手作りの服や武具など中世を想起する品々がならべられている。
ルピーで支払うのか、ゴールドで支払うのか...
21世紀の服で来るひとももちろんいるが、店主は、そのほとんどが中世の衣服。これがなんとも心を打つ。
本当に最高。
素敵なペアルックを召されたご夫婦。
去年の同じフェスティバルで買った服を着てきたのだとか。感服です。
クギズケになるとは、このこと。
ここまで魅力あふれるのは、きっと服のせいだけじゃない。
人がいてこそ。
このテントの感じがたまらない。
手作りの作品たちも、そこまで高額ではなく、商売しているというよりは毎年のコミュニケーションを楽しんでいる様で。
スモックに腰紐。それすなわち中世。
わかってやるにしても、なぜわかるのだろうか。
文化の伝え方。
旧字体やフォントにも中世らしさ。
古文書の中にいるような世界。味わい。
なにをかいますか?
▶︎ゆうしゃのバックル
たびびとのかなぐ
えいけつのうでわ
設営の見事さに言葉も出なかった。
弓矢を用いた射撃などのアトラクションもちらほら。
衣服や武具のみならず、パンや軽食の食べ物も。
大切な戦闘前に、体力を回復しよう。
異彩を放つ毛皮主。
こんな人が普通にトラムに乗って集まるのだから恐ろしい。街中に旧き衣服の人たちがあふれる日。
天井には旗がなびく。これも中世感にじむ。
各地域から集った精鋭とでも言うべきか。
ヨーロッパの中世に訪欧した日本人なんているのかな。
少し東欧やアラブ系の匂いを感じる装い。
でもただ単に「異国」ではなく、時代を超えてる感覚が心地よい。そこが好き。
この日一番心奪われたドレス。
見かけた中ではダントツのクイーン感。
服のつくりがハンパなく凝っていた。
放心。
彼女こそ姫なのです。
王族のみならず、こうして農民や旅人の格好をしている人もいる。さすがです。
杖や籠、頭から爪先までしっかり全身で中世を纏うその姿に最敬礼。素敵の一言。
服の原型、ヨーロッパの原型を見ているような感触。
日本で自分が着物をきれば、彼らには僕がこんな風に映るのだろうか。
決闘の様子を再現するイベント。
甲冑を装備して戦い合う。
あくまでイベントなので本当に決闘はせずとも、鈍く響く音と重々しい剣捌きが、逆に男たちの怪力を示すかのよう。
観客としても圧巻のパフォーマンス。
がんばれお父さん。
クリスマスやイースターなどマーケット文化の根強いヨーロッパでは、陳列も美しい。
布使い、木使いがうまい。
小さな間口でも、華麗に魅せるひな壇は小さな舞台劇をみるような。
まさに行商人。
いろんな地方を旅して回ってきたんだろうな。
温かな笑みから、どんなものを売っているのか。
どこに目を向けても世界観から離れることはない。
こちらから迷い込まなくても、引き込まれるような魔法。人の生む臨場感。
あちこちで語らい。
ここにいることが幸せ。
生地のたるみ、ボタンの配置、配色...
中世を物語る要素はどこだろう。
開場には音楽ブースやイートインスペースがあって、バンドの生演奏が聞こえる。この景色に注ぐbgm。
きっとたくさんの人が楽しみにしてたんだろうな。
ふ、普段着です、か...?
場内で一番興奮したお店。
店構えから飲み込まれた。
店主のMonicaはオーストリアで服をつくっているデザイナー。彼女は古き服のパターンを参考に、ネパールから生地を取り寄せて服作りをしている。
摩訶不思議なパターンで作られた一枚のかぶりものを、どうやって纏うのか、彼女からレクチャーを受けた。
ただの布でも、何通りもの被り方があって、少しいじるだけで見栄えがガラリと変化する。古来の知恵で、農民がよく用いた工夫らしい。
そんな文化も纏えるのが衣服の魅力、否、醍醐味だと思う。
纏わることを纏うこと。
っっっっ!なんですかその盾は!!!!!!!
(家のどこに置いてるんだろう...)
正々堂々、チェスを嗜む。
でもその服装、僕には反則です。
場内を満喫しているとあっという間に日も暮れて。
激しい夕立が来たようで、外は湿った空気。
みずたまりを飛び越えて向かいのお店へ。
まだ寒い冬の暗闇に白く香ばしい薫りが昇る。
その場の窯で焼き上げたパンに、サーモンやレタス、ザラミ肉をお好みではさむ。もちろんソーセージも頼める。
パン生地も、その場でお兄さんたちがこねる。
こちらも素晴らしいパフォーマンス。
迷わず注文。もうドイツ語にも慣れていた。
頬張ったパンのその味を、後に続いた長蛇の列が証明していた。
寮に帰るトラムの中で
僕は満足げに何度もうなずいた。
この日仲間にした大切な衣服をだきしめて。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?