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生徒が輝く場をつくり、自己肯定感を高める

「学力」というモノサシだけで生徒を測る画一的な教育ではなく、生徒一人一人が夢や目標を見つけて成長していく可能性を信じる「オンリーワン教育」を大切にする。それが興國高等学校の教育の方針だ。祖父が創立し、祖父から父へと受け継がれた学園で、男子教育にこだわり、専願者だけでも募集定員を上回るほどの人気校となった同校が目指す教育について、理事長・校長を務める草島葉子先生にお話を伺った。(『英語情報』2019創刊号より)

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長年、男子校の校長を務めるなかで「男子と女子は勉強の仕方が違う」と草島先生は感じている。男子は目の前の現実のなかで心が動いたことに気持ちが向かう一方で、女子は計画的に見通しを立てて勉強する傾向にあるという。草島先生は中学生の頃は勉強に面白みを感じられず、学力が伸び悩んでいた生徒が、興國高等学校に入学し、自分の好きなことや興味のあることに夢中になるうちに、学習意欲を高め、学力を伸ばしていった例を数多く見てきた。そして、生徒たちは本当の自分をさらけ出し、互いに認め合い、磨き合い、励まし合い、成功体験を分かち合うなかで、自己肯定感や有用感を高めていく。

「そのためには、生徒が活躍できるさまざまな場面をつくること、そして、褒めることを大切にしています。例えば、学校行事の体育大会では、とかく足の速い生徒が目立ちがちですが、本校ではゲームの得意なITビジネス科の生徒たちが、eスポーツで活躍します。京セラドーム大阪の大きなオーロラビジョンにその様子が映し出されると、その瞬間にどよめきが起こり、普段ゲームばかりしているような生徒が脚光を浴びるのです。誰もが輝ける場面が学校生活のなかにある。そうして生徒たちは、自分の得意な分野で力を発揮して、さらにモチベーションを高めていきます」

存続の危機からの脱却

今でこそ、専願者だけでも募集定員を上回るほどの人気校となった同校だが、実は、少子化の荒波を受けて受験生が大幅に減少し、存続の危機にあった時期がある。

「以前はヤクザ映画の登場人物の母校として、ロケを依頼されたこともあるんですよ」と、草島先生は大改革前の学校の様子を語り始めた。同校は草島先生の祖父の草島惣治郎氏によって設立され、父の草島一氏に受け継がれた伝統校だ。物心ついた頃からこの学園に慣れ親しんできた草島先生は、大学卒業後、高校教員を経て、人材育成や研修企画、コンサルティングの仕事に携わり、研修講師などを務めてきた。興國学園の常任理事に就任したのは1997年のことだった。

だが、2000年の入試で学園に激震が走った。例年2,500名ほど集まる受験生が半減。周囲の女子校が共学化され、男子の受験生が他校へと流れていった。他校が進学実績を上げていくなかで、興國高校の実績は上がらない。受験生も集まらない。学校存続の危機が訪れた。

その時のことを、草島先生は「進学実績を競うのではなく、まずは多様な生徒を入学させること。個性に応じた教育で成果を上げること。それが危機から脱却するためのカギでした」と振り返る。

そして、父が大切にしてきた「オンリーワン教育」を軸に据え、「保護者とのかかわり」「習熟度別」「ITビジネス」「進学」「クラブ活性化」「国際化」をテーマに改革に乗り出した。夏休みには教員全員が学校案内を持って地域の中学校を回る。入学前から生徒一人一人と向き合い、個を認め、受け入れる体制を築いていった。個性を大切にし、居場所をつくり、社会に貢献できる人材を育成する。草島先生は時に母のような温かさを醸し出しながら、生徒の声に耳を傾け、目標を見いだし、導いてきた。

そのような教育が実を結び、改革から20年の時を経て人気は回復。生徒数は倍増した。現在は普通科とITビジネス科で構成され、普通科は「スーパーアドバンス・アドバンス」「アスリートアドバンス」「キャリアトライ」「進学アカデミア」のコース別に授業を展開する。放課後には、やりたいことを見つけるための自由講座「寺子屋」を開講し、生徒たちは英検や簿記などの資格取得をはじめ、多様なキャリアにつながるプログラムに意欲的に取り組んでいる。

まずは英語に興味を持つことから

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草島先生は日頃から、世の中では今、何が流行しているのか、生徒たちの関心事は何かということにアンテナを張り巡らせ、いかに教育に取り入れ、生徒の学習意欲を高めるかを考えている。

英語教育についても同様だ。英語嫌いな生徒も多いなかで、まず大切なのは「英語に興味を持ってもらう」ことにある。それがなければ、生徒の気持ちは英語学習に向かわない。例えば、アスリートを目指す生徒たちのなかには、今は英語が苦手でも、将来、海外で英語を使ってコミュニケーションを取らなければならない場面に遭遇することもある。そのようなときに臆せず英語を使えるようになるためには、英語に慣れ親しみ、語学や海外への興味を引き出すことが必要だと草島先生は考えた。

そこで、料理を楽しみながら、英語を学ぶ「英語でクッキング」という選択授業を設けた。校内には最新のIH機器やプロ使用のモニターを導入したクッキングスタジオを整え、ハワイ出身の調理師でプロのウクレレ奏者でもある、英語科のジェームス・ミランダ先生の指導のもと、生徒たちは英語でレシピの説明を受けて会話をしながら、ハワイ料理を作る。spoonやfork、chickenやporkといった日常的に使っている分かりやすい英語から始まり、stirやmixといった料理の動作を示す単語などを使いながら覚えていく。言葉の理解をひとつ間違えば、料理は完成しない。だからこそ、生徒たちは注意深く先生の英語に耳を傾け、理解するようになる。

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レシピ本『Let’s Cook in English』には草島先生が和訳も添えた

ネイティブの教員はミランダ先生のほかに、ニューヨーク出身の先生がもう1人いる。リゾートのハワイと都会のニューヨーク、全く異なる環境で育ち、英語といえども異なる言葉を使う先生方と接しながら、生徒たちは文化の違いを肌で感じ、英語への興味を広げていく。また、毎年11〜12月に行われる海外研修ではハワイ、グアム、オーストラリア、シンガポール、スペインに出掛け、夏休みにはイギリスやカナダでの約2週間の語学研修も取り入れている。生徒たちは実際に海外へ出て英語を使い、現地の言葉を使うことで、英語はコミュニケーションのためのツールであり、英語を学ぶこと自体が目的ではないと実感している。

夢を見つけて力強く歩む生徒たち

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海外の文化に目が向いた生徒は、自然と世界に飛び出していくようになる。英語圏への留学はもちろん、イタリアのサッカーが好きだからとイタリア語を独学で学び、イタリアへサッカー留学をしている生徒もいる。ボクシングをするためにメキシコへ、ゴルフでアメリカの大学に進むためにアメリカへ留学した生徒もいる。セブ島に行き、日本で生まれ育った自分とはあまりに生きていく環境が異なる子供と接し、当たり前だと思っていた生活は当たり前ではないと気付き、貧困の子供たちを救いたいとの思いを胸に帰国した生徒もいる。ほかにも、ダイビングが好きだという不登校がちだった生徒に、草島先生がグレート・バリア・リーフの話をして、オーストラリアのケアンズへの留学を勧めたところ、興味あることを楽しみながら学べる環境だと意欲的になり、留学を実現させた。英語をすっかり使いこなせるようになって帰国したのちには、自分の不登校の経験をもとに心理学を勉強してみたいと、大学の心理学科へ進学した例もある。

このようにして同校の生徒たちは、自分が好きなことを究めていくために必要だからと海外へ飛び出し、生きていくために英語を使い、自ら意欲を持って学び習得し、夢を見つけて力強く歩んでいく。

「私は生徒によく話し掛けては、その反応を見ながら、何かその生徒のフックになるものはないかと探しています。本校はオンリーワン教育を大切にしていますが、好きなことや得意なことから始めれば、生徒はより一層輝き、意欲を高めていける。本校卒業生であるボクシングの井岡一翔選手は、在学中、世界チャンピオンを目指していたので、私が『チャンピオンになりたいのなら、ただボクシングだけができればいいのではない。英語力ももちろん必要であり、人間的に磨かれなければ真の世界チャンピオンになれない』と話すと、それから懸命に勉強をして、親の反対も押し切って大学にも進学しました。今はアメリカに拠点を移してボクシングをしていますが、先日、『英語ができないとコミッショナーともやり取りできないので、さらに英語力を磨こうと努力しています』と話していました」

英検をはじめとする資格試験で生徒が一生懸命勉強して努力した証を残し、成長を褒めてあげたい


英検の全員受験で生徒が変わり学校が変わった

同校では、実用英語技能検定(英検)の全員受験にも取り組んでいる。草島先生が全員受験をしようと英語科の先生方に投げ掛けた時、先生方は「うちの生徒たちの英語力を理解していますか。英検4級や5級に合格できるかどうかで、受験させるのも大変です」と当初は乗り気ではなかったと振り返る。当時は、大学の進学率を上げるためには、基礎学力を付けることが必要であり、そのためにまずは、学習習慣を付けることが大事であると考えられていたのだ。だが、英語を学ぶ習慣をつくり、学習の到達度を測ることや、学校での学習スタイルを確立することを考え合わせたところ、全校で英検に取り組むことの意味が見いだされた。今では生徒たちの英語学習への取り組みと英検の取得級を英語科の先生方が把握し、学習の到達度や生徒個々の英語力に応じて、その後の指導に役立てている。そうして取り組むうちに、生徒たちは友達ががんばっている姿に互いに影響し合いながら、問題集や参考書を自分で選んで学習し、各自が目標とする級への合格を果たしていった。そして、合格したことで達成感を味わい、友達や先生にもその努力をたたえられると次へのモチベーションにつながっていく。学校全体の空気が変わったという。

草島先生は「英検をはじめ、本校ではいろいろな資格試験を受験させていますが、それは生徒が一生懸命勉強して努力した証を残し、褒めてあげたいからです。全員が受験するなかでは、4、5級の生徒の合格を目指して後押しをしますが、その一方で、ステップアップしている生徒も褒めてあげなければなりません。そうしているうちに、中学生の時には英語が嫌いだったのに、本校で英検に取り組みながら学習意欲を高め、準1級に合格する生徒まで出始めました。生徒にチャレンジしようとする気持ちを持ってほしいのです」と生徒の成長を喜ぶ。

創造性を大切に生徒が輝く場をつくる

情報やモノがあふれる現代社会では、スマートフォン片手に世界中のさまざまな情報が簡単に手に入るようになった。だが、草島先生は言う。「それは単なる情報にしかすぎず、自分が何も経験していないなかで与えられたもの。それで全てを理解した気になることは危険です。創造性をなくしてしまうと思うのです。だからこそ、私たちは生徒に“正しい場面”に遭遇させてあげたい。好きなことに夢中になるいろいろな経験をさせてあげたい。学力を上げること、大学の進学実績を上げることばかりに目を向けていては、学校としては間違った方向へ進んでしまいます。教育はすぐには結果が出ないものであり、学校は人を育てる場であると思います。どうしても学校は一対多になりがちですが、本校ではなるべく一対一の関係を大切にしています。一人一人のこだわりを見つけて、受け入れてあげて、褒めることです。すると、心が動き出します。心が動けば、あとは自ずと努力するようになっていきますから」

興國高等学校には、医歯薬系大学や難関大学への現役合格を目指す生徒から、トップアスリートとして文武両道を目指す生徒、国家公務員採用試験を目指す生徒、ICT能力を磨いて大学進学を目指す生徒まで、多種多様な生徒が集まっている。「個」を尊重するオンリーワン教育のもとで、自分の目標を見つけ、前向きに努力し、自分にしか歩むことのできない道へと自信を持って進んでいく生徒たちを、草島先生はいつも穏やかに温かな笑顔で見守り、一人一人の今を、そして将来を気に掛けている。そのためにも、今後も時代の流れを敏感に肌で感じながら、時に先を読み、創造性を大切に、生徒たちが輝く場づくりに邁進し続ける。


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学校法人興國学園 興國高等学校
草島 葉子 理事長・校長
大阪府出身。神戸女学院大学文学部卒業後、高校教員を経て、人材派遣、研修会社で育成や研修企画、コンサルティングに携わり、JRやNTTなどを担当。松下幸之助が創設したPHP研究所で研修講師を務めた。1997年、祖父・惣治郎氏が創立し、父・一氏が理事長・校長を務める興國学園の常任理事に就任。事務局長、副校長を経て、2013年学園理事長・校長に就任。大阪教育大学夜間大学院スクールリーダーコース講師も務めた。現在、大阪私立中学校高等学校連合会副会長、大阪府高校野球連盟副会長。