母がくれた最後の言葉

母が入院した2022年3月末から4月末、約一ヶ月の入院でした。
その間、毎日母に手紙を届けていました。そばにいてあげたいという気持ちがあっても、コロナ禍の中面会すら許されないので、せめて私達の言葉を届けたかったからです。特に孫たち二人は簡単な言葉ですが、おばあちゃんを想う気持ちを伝えてきました。
読んでくれた看護師さんもいるようですが、看護師さんにしてみれば迷惑な話だったでしょうね笑。

毎日、とにかく毎日病棟まで行って様子を聞いていました。

そんな中、4月の中旬くらいだったでしょうか。この話を思い出すだけで涙がでてくるのですが、看護師さんが荷物を受け取りにきてくれた時のことです。看護師さんが母に「娘さん来てますよ。何か伝えることありますか?」と尋ねたそうです。看護師さんは必要なものがないかという意味で聞いたのかもしれません。

母は、でもこう答えたそうです。

「感謝しかない」

看護師さんが教えてくれました。その言葉を聞いて私は人前も憚らずボロボロ涙をこぼしてしまいました。

母は、訳あって故郷を出てきた人です。生涯の苦労も並大抵のものではない事を私もこの目で見ています。その母が、新しい家に住んで孫と暮らせる日が来るとは思わなかったと、よく私に感謝の気持ちを伝えてくれていました。

そして、新ためて病に伏してから母かくれた「感謝しかない」という言葉を思うのです。
純粋に感謝の気持ちであることは間違いないのですが、その言葉の中に自分の余命を悟り、コロナ禍で家族と会えない覚悟の気持ちもあっての言葉なのではないのかと考えてしまいます。

転院の際に言葉を交わすことはできましたが、この時の言葉は私にだけむけてくれた言葉だと思っています。

私は、私こそ母へは感謝しかありません。
90歳という年齢まで健康でいてくれたこと。そのおかげで母と長く暮らせた幸せがありました。
共働きで安心して仕事ができたのは、母が孫を愛してくれたから。
困った事があるといつも話を聞いてくれました。そして決して私を否定するようなことを言わずに一緒に悩んでくれました。

ここまで書いたら、なんだか宮沢賢治の「雨にもまけず」の詩を思い出してしまいました。

   雨にもまけず
   風にもまけず
   雪にも夏の暑さにもまけぬ
   丈夫なからだをもち
   欲はなく
   決して怒らず
   いつもしずかにわらっている
            ………

母はこんな人です。


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