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『幕末太陽傳』

『幕末太陽傳』(1957.昭和32年、 7月14日公開。)日活製作再開三周年記念作品。           
これが、今から60年以上も前の1957年に創られていたことに注目せねばならない。
前年に『太陽の季節』『狂った果実』が公開されており、いわゆる「太陽族」への世間からの風当たりは冷たかった。 しかるに、タイトルは『幕末太陽傳』だし、当時注目の役者たち、石原裕次郎や二谷英明を脇役でだしている。主演はまだ役者キャリアの薄いジャズドラマーだったフランキー堺だ。    
そして特筆すべきは、あのヌーベルウ゛ァーグの旗手、トリュフォーがロッセリーニの助監督になったのが1956年だし、ゴダールが『勝手にしやがれ』を発表したのは1959年だった。!

川島雄三は、1963年に45歳の若さで亡くなっている。
ストーリーはオリジナルだが、落語『居残り佐平次』から主人公を拝借、『品川心中』『芝浜』『明け烏』『お見立て』などからのエピソードをちりばめている。

公開されたこの映画のラストシーンに関して。
フランキー堺がセットの外へ出ちゃって、さらには撮影所からも出て、現実の(北品川辺り?)街の中を江戸時代の服装のまま走り去っていく、 と私は思っていたのだけれど。
この映画公開では、そうはならなかった。
撮影当時、まわりのスタッフから反対され、さらには主演のフランキー堺からも説得され、(?実際は助監督の浦山桐郎に説得を頼まれた)、川島雄三はしかたなく諦めた、そうで。
フランキー堺は、後に、監督の原案どおりにさせてあげれば良かったと、述懐している。今村昌平(この映画の脚本参加&チーフ助監督)も、後に納得、感心している。

森田信吾作画で漫画化されていて(集英社文庫版第二巻〔栄光なき天才たち〕)、私がそちらと勘違いしてるようだ。
で、その漫画のことも検索してみたら、この漫画のラストは、川島雄三が現代に現われるというもの。

『栄光なき天才たち』の川島雄三版、持っていたんだけどなぁ・・文庫じゃなくて。 今は手元にない。 映画『幕末太陽傳』のDVDももってないし。
結局、どちらも、現時点では確かめようがない。
しかしながら、
このラストシーンに関連するアイデアは、形を変え様々な人に影響を及ぼしている。

今村昌平監督映画『人間蒸発』('67)。ラストシーンの部屋がセットだと明かされ、映画と現実との境界の曖昧さを問い掛けている。

川島と同郷の寺山修司が恐山を舞台にして撮った『田園に死す』('74) 。ラストシーンで東北の旧家のセットが崩壊すると、その背後から1970年代の新宿東口交差点が現れる。
庵野秀明の『新世紀エウ゛ァンゲリオン』。テレビ版最終回で、実写スチール映像をまぎれこました。

川島雄三に関する書籍(藤本義一と今村昌平の)についてを含め、、次回【川島雄三】編にて!


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