見出し画像

役作りの取材で女優が見た真実とは 『メイ・ディセンバー ゆれる真実』

7月12日(金)公開 全国公開

■あらすじ

 新作映画の準備のため、女優のエリザベス・ベリーがジョージア州サバンナを訪れる。映画のモデルになったグレイシーという女性に会い、周囲の人たちにもインタビューして役作りの参考にするのだ。

 グレイシーたちはエリザベスを歓迎し、まるで古くからの友人のように打ち解け合う。グレイシーはあまりにもオープンで明るく、周囲の人たちにも愛されている。彼女を表立って悪くいう人はいない。だが玄関先に届けられた汚物入りの小包からは、一部の人たちが今なお彼女に向ける敵意と嫌悪感も、否応なしに伝わってくるのだ。

 今から20数程前、グレイシーは中学生だった息子の同級生ジョーと性的関係を持ち、逮捕されたあとにジョーの子供を獄中出産した。グレイシーは離婚して家族と離れ、出所後にジョーと結婚したのだ。

 全米を驚愕させた、スキャンダラスな大事件。だがグレイシーとジョーと子供たちは、今も事件が起きた町に暮らし続けているのだ……。

■感想・レビュー

 映画は実際の事件を元にしているが、完全なフィクションだ。この映画から想起されるのは、アメリカの女性教師が教え子の小学6年生と性関係を持って逮捕され、獄中出産したのち結婚したメアリー・ケイ・ルトーノーの事件だろう。だがこの事件は1990年代後半に起きている。

 映画ではグレイシーとジョーの事件が1990年代前半に起きたことになっているし、グレイシーは教師ではなくペットショップの従業員になっている。他にもさまざまな点で事件と映画には相違点があるため、この映画を「実際の事件の映画化」と考えるのは間違いだ。

 「実録映画」がどの程度事実を反映していれば「実録」なのかにはかなり幅があるが、この映画はとても「実録」とは言えないだろう。ただし実際の事件に触発されて作られた映画であることは、間違いないのだが……。

 そもそもこの映画の狙いは、事件の再現ではない。映画には事件そのものについての描写がなく、出てくるのは事件関係者のその後だ。ある大きな出来事があり、それが当事者の間でどのように消化され、どのように語られていくのか。映画はそれを丁寧に描いていく。

 語りの中で事件や関係性は変質し、変形していく。同じ出来事が多面的な意味を持つのは当然だが、その受け止め方、解釈は時間の中で別々の場所に定着し、そこに根を下ろしていく。

 家族や関係者を取材に来たエリザベスは、そうした意識の齟齬を結果して暴き出してしまうのだが、その彼女もまた客観的な第三者視点の人物ではあり得ず、事件を巡る複雑な人間関係の中に絡み取られ、事件の新たな「解釈者」になっていくのだ。

 グレイシーを演じたジュリアン・ムーアが良い。彼女は醜悪な事件を起こして多くの人を傷つけながら、きわめて善良で無垢な魅力を振りまく好ましい人物だ。善意の仮面を被った悪人ではない。彼女の善意の仮面の下には、おそらく本当に善意の人物しかいないのだ。その恐ろしさ。

(原題:May December)

TOHOシネマズ日比谷(スクリーン8)にて 
配給:ハピネットファントム・スタジオ 
2023年|1時間57分|アメリカ|カラー|サイズ|サウンド 
公式HP:https://happinet-phantom.com/maydecember/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt13651794/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?