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封印が解かれた東映ニューポルノ、気鋭のZINE関係者が選ぶ日活ロマンポルノ、そしてカルト名画座の復活。令和の時代に70年代が生きている

(取材・文)別冊映画秘宝編集部

 6月1日(土)より名画座・ラピュタ阿佐ヶ谷のレイトショーで「東映ニューポルノのDeepな世界Returns」という特集上映が開催される。まず東映ニューポルノとはなにか。特集の解説文を引用しよう。

「復活!東映ニューポルノのDeepな世界」から11年――悲劇の封印事件を経て、あの特集が帰ってきた! 東映ニューポルノ、それは70年代の東映でひっそりと量産された成人映画群。企業内で作るギリギリの低予算から「500万ポルノ」とも呼ばれ、1時間に満たない50分前後の上映時間が特色です。1973年、『仁義なき戦い』の大ヒット&ロングランにより生じた下番線での作品不足を補うため、新路線としてスタート。実録犯罪や艶笑喜劇などの下世話エロスに若きスタッフ・キャストが集結、「ピンク映画より日の当たらない」と評された幻のジャンルながら2010年代より名画座による発掘と再評価が続いていく。 このたび『女医の愛欲日記』『史上最大のヒモ 濡れた砂丘』の封印が解かれ、そして『女子大生失踪事件 熟れた匂い』がニュープリントで復活。斜陽の撮影所が生み出したカルトの極北、東映ニューポルノのDeepな世界ふたたび!(text by 高鳥都)

 ラピュタ阿佐ヶ谷の支配人・石井紫とライターの高鳥都、ともに30代前半の若手コンビ(当時)が仕掛けた11年前の東映ニューポルノ特集は大きな話題を呼んだが、監督・脚本家の深尾道典による上映差し止めによって、監督作『女医の愛欲日記』(1973年)、脚本作『史上最大のヒモ 濡れた砂丘』(1974年/監督:依田智臣)が封印され、ニュープリントを予定していた『女子大生失踪事件 熟れた砂丘』(1974年/監督:荒井美三雄)も同様の結果となった。そのあたりの経緯は『別冊映画秘宝 凶悪の世界映画事件史』に詳しいが、昨年秋に深尾が亡くなり、氏と親交のあった元俳優の中林章と映画史家の伊藤彰彦の尽力によって、遺族の承諾を得たことから11年ぶりの封印解禁となった。

東映ニューポルノのDEEPな世界Returns 告知ビジュアル

○自作を封印した深尾道典とは何者か?

 深尾道典の監督デビュー作『女医の愛欲日記』は、ラピュタ阿佐ヶ谷が2009年に佐藤慶特集を組んだ際にニュープリントでよみがえり、そのアヴァンギャルドな世界観から「新たなカルト映画」として注目を集めた1本だ。東映京都の助監督でありながら大島渚のATG映画『絞死刑』(1968年)の共同脚本を手がけた深尾は特異な才能として注目されており、『女医の愛欲日記』には佐藤慶だけでなく、渡辺文雄、戸浦六宏、市原悦子、菅貫太郎らが出演し、500万ポルノとは思えぬ豪華キャストが集まった。迷宮入りとなった新橋第一ホテルの女医殺人事件をもとにした実録犯罪ものであり、『絞死刑』もまた小松川事件をもとにした深尾の習作シナリオ「いつでもないいつか、どこでもないどこかで」を原案にした作品であった。
 その後、映画の監督作は『好色源平絵巻』(1977年)のみで沈黙を余儀なくされた深尾道典だが、『史上最大のヒモ 濡れた砂丘』では滋賀銀行9億円横領事件、『女子大生失踪事件 熟れた砂丘』では立教大学助教授教え子殺人事件を題材に、それぞれ孤独な犯罪者の営みを描くシナリオを発表。『史上最大のヒモ』は今はなき銀座シネパトスの川谷拓三映画祭(2011年)においてニュープリント上映が敢行されており、川谷の初主演作という側面とともに依田智臣という知られざるアナーキー監督の存在を世に知らしめた。
 ところが『女医の愛欲日記』が怪作として脚光を浴びたことで、深尾は自らの過去を葬りたくなり、東映もまたそれを受け入れた。いまや当事者の抗議があれば、理由の如何を問わず容易に作品が封印されてしまう時代なのである(これが『仁義なき戦い』のようなメジャー作であれば、話は別だろうが)。
 2011年に「復活!東映ニューポルノのDeepな世界」が開催された経緯は、ラピュタ阿佐ヶ谷の石井紫が『TRASH-UP!!』に連載されていた高鳥都の「消えた映画群 東映ニューポルノと依田智臣」を読んだことによるものである。消えた映画群と謎多き監督を追跡した「東映ニューポルノと依田智臣」こそ高鳥のデビュー原稿であり、脅威の調査力と推理小説のような展開が評判となった。
 本人いわく「近所の飲み屋で屑山編集長と知り合って、たまたま」ということだが、これをきっかけに高鳥は『映画秘宝』に参加し、別冊の連載シリーズ「映画と愛国」など独自の記事を発表する。いまや「必殺シリーズ聞き書き三部作」や『あぶない刑事インタビューズ「核心」』で映画本のヒットメーカーに躍り出た高鳥だが、その原点こそ東映ニューポルノであった。

○よみがえる幻の傑作『女子大生失踪事件 熟れた匂い』

 前回の「復活!東映ニューポルノのDeepな世界」では依田智臣のデビュー作『処女かまきり』(1974年)、そして本田達男の『人妻セックス地獄』(1974年)と『女高生飼育』(1974年)をニュープリント上映し、ジャンルを支えた組織内監督への再評価を促進。『人妻セックス地獄』は石井輝男の異常性愛路線で活躍した脚本家・掛札昌裕が「一色爆」というペンネームで執筆した苛烈な復讐劇であり、『女子大生失踪事件』の代替として選ばれた『女高生飼育』は関本郁夫がシナリオを手がけた(あまりにも奇妙な)実録犯罪ものだ。
 時を経て関本の自伝『映画監督放浪記』(伊藤彰彦、塚田泉・編/国書刊行会)の出版記念として昨秋ラピュタ阿佐ヶ谷で行われた特集上映がニューポルノ復活の起点になったことも見逃せない。『映画の奈落 北陸代理戦争事件』や『仁義なきヤクザ映画史』で映画ノンフィクションの新たな分野を切り拓いた伊藤の存在がなければ、今回のニューポルノ特集は実現しなかっただろう。伊藤もまた前回の特集に通った観客のひとりであった。
 待望のニュープリントで復活する『女子大生失踪事件 熟れた砂丘』は成人映画を追い続けたベテランのルポライター・鈴木義昭が「幻の傑作」として語り継いできた作品であり、かつて『映画秘宝』の連載「日本セクスプロイテーション映画興亡史」でも取り上げられていた。菅貫太郎や清水綋治ら大学関係者が消えた女子大生(沢リミ子)について、それぞれ自分に都合のいい供述を繰り広げる。世間を騒がせた実際の事件をもとに東映ニューポルノ版〝藪の中〟を深尾道典が構築し、石井輝男の愛弟子・荒井美三雄が過剰な演出を施す。低予算ゆえ狭い会議室がメインの舞台という荒業だが、撮影所そのものを「象牙の塔」に見立てた作劇が見事に成功している。のちにビーイングの副社長となるロックミュージシャン・月光恵亮の劇伴も過激だ。

東映ニューポルノのDEEPな世界Returns 番組表

 映画界のデジタル化によってフィルム現像の機会が激減している昨今、ニュープリントの作成料金は11年前に比べて倍以上に高騰しているという。小さな名画座のレイトショーとしては大きすぎる賭けだが、その心意気やよし。ついに復活した幻の傑作『女子大生失踪事件 熟れた砂丘』の上映に馳せ参じる価値はあるだろう(6月23日から7月4日まで上映)。奇しくも鈴木の新刊『桃色しかけのフィルム 失われた映画を探せ』(ちくま文庫)も6月10日の発売が予定されている。
「東映ニューポルノのDeepな世界Returns」の最後を飾るのは、東映カルトプリンスと呼ばれた鬼才・牧口雄二の監督デビュー作『玉割り人ゆき』(1975年)とその続編『玉割り人ゆき 西の廓夕月楼』(1976年)である。劇画原作の叙情と煽情を織り交ぜた傑作で、ジャンル最大の知名度をして唯一ソフト化も果たされているが、スクリーンで再見できる貴重な機会であることは変わらない。『映画秘宝』に前後編で発表された牧口最後のロングインタビューも高鳥都が担当しており、没後の追悼特集もまた気合いのみなぎったものであった。

『伝説のカルト映画館 大井武蔵野館の6392日』(立東舎刊)

 奇しくも5月25日よりスタートした名画座・シネマヴェーラ渋谷の特集上映「『伝説のカルト映画館 大井武蔵野館の6392日』刊行記念 大井武蔵野館になってみた!」では、6月9日から14日にかけて牧口の代表作『女獄門帖 引き裂かれた尼僧』(77年)が上映される。近年、特異な映画本で気を吐く立東舎から刊行された『伝説のカルト映画館 大井武蔵野館の6392日』は居酒屋探訪家・太田和彦の編による労作として評判を集めているが、他社で頓挫していた企画を立東舎に持ちかけ実現させたのも高鳥だ。並み居るマニアではなく、大井に間に合わなかった世代が影の仕掛人というのが面白い。また、ラピュタの「東映ニューポルノのDeepな世界」という特集タイトルはシネマヴェーラの人気企画「新東宝のディープな世界」に応用されており、支配人・石井紫の興行師としてのセンスを称えていいだろう。

○ニューポルノに続き、強力ZINEが日活ロマンポルノをプログラム

 リターンズでありリベンジとなるラピュタ阿佐ヶ谷の東映ニューポルノ特集、6月1日(土)の初日『女医の愛欲日記』上映後には伊藤彰彦と高鳥都が深尾道典作品封印解禁の詳細を明かす予定だ。さらに関係者のトークとして『処女かまきり』の桜マミ、『女医の愛欲日記』『女子大生失踪事件 熟れた匂い』の中林章と出演者が登場し、『玉割り人ゆき』の原作者・三木孝祐も舞台裏を語るという。
 なお、同時期のラピュタのメイン特集は「ちょっと冒険してみない? 『ORGASM』的偏愛ロマンポルノ」、話題沸騰の映画ZINE『ORGASM』のメンバーがセレクトした個性的な日活ロマンポルノ群が上映される。これもまた東映ニューポルノ同様、個人のテキストをきっかけにした再評価であり、遠藤倫子らの意欲的な執筆が実を結んだものと言える。そしてこちらでは加藤文彦監督の『オーガズム真理子』(85年)をニュープリント上映、血にまつわりしスプラッタ・エロチックホラーがよみがえる。
 日活と東映のポルノをフィルム上映で浴びるように観賞できるチャンスは、おそらくこれが最後……映画ファンとして、この機会を見逃すな!

ラピュタ阿佐ヶ谷
「東映ニューポルノのDeepな世界Returns」
2024年6月1日(土)~8月2日(金)連日21:00より
http://www.laputa-jp.com/laputa/program/toei-newporno_r/

ラピュタ阿佐ヶ谷
「ちょっと冒険してみない? 『ORGASM』的偏愛ロマンポルノ」
2024年6月16日(日)~8月3日(土)
http://www.laputa-jp.com/laputa/program/orgasmteki_rp/

シネマヴェーラ渋谷
「『伝説のカルト映画館 大井武蔵野館の6392日』刊行記念 大井武蔵野館になってみた!」
2024年5月25日(土)~6月14日(金)
http://www.cinemavera.com/index.html


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