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下劣な行為ですべてを台なしにした元戦隊ヒーローの男が贖罪の旅に出る『ひどくくすんだ赤』が公開中。田中聡監督が『うまれる』に続いて、本作でも血にまみれて咆哮する魂を描いた

タイトル写真 『ひどくくすんだ赤』より
取材・文:後藤健児

 昨年、公開された田中聡監督の短編映画『うまれる』は、いじめで娘を失った母親が、我が子への追憶に溺れる中、奪ったものたちへの憎悪に燃え上がる壮絶な物語だった。顔じゅうを血で濡らし、うつろな表情で前を見据える母親のポスタービジュアルが鮮烈な印象を与えた『うまれる』と同様、46分の新作短編『ひどくくすんだ赤』もまた、はちきれんばかりに毛細血管が浮き出る赤ら顔をした男のアップが強烈だ。
 国内外の映画祭で賛否両論を巻き起こした本作。7月26日より一般公開が開始され、東京・テアトル新宿での初日上映後には舞台挨拶が行われた。主演の松澤仁晶、共演の三溝浩二、金谷真由美、そして田中監督が登壇。撮影裏話を語り合った。

『ひどくくすんだ赤』ポスタービジュアル

 毎晩、安酒で顔を赤らめる男はかつて世界を救うヒーローだった。稲妻戦隊サンダーファイブのリーダー、サンダーレッドとして。しかし、戦隊はわずか半年で解散。58歳のいまでは、共に戦った仲間たちとの絆はとうに失せ、低賃金のアルバイト生活で糊口をしのぐ、うだつの上がらない孤独な日々を送っている。なぜこんなことになったのか。それは自らの過ちがもたらしたのだ。男は犯した罪に決着をつけるため、仲間たちへの贖いの旅に赴く……。

輝いていた頃の稲妻戦隊サンダーファイブ

 ファンタジー性を排した実社会にヒーローが存在し、現実生活で苦しむ等身大の人間性が描かれる作品は過去にもある。だが、善悪を超えたむき出しの感情がほとばしる田中ワールドで描かれる本作のブルータルな突き抜け具合は、いまだかつてないショックを観客に与える。レッドの倫理にもとる行為に酌量の余地はなく、ヒーローたちが対峙する怪人もかなわない外道ぶり。しかし、そんな彼にも仲間たちと過ごした青春があった。ブルーとのライバル関係やピンクとの淡い恋模様、本気で世界平和の実現を目指す純真さ。幾たびも繰り返される過去の記憶への逃避は、『うまれる』での娘との幸せだったいつかの日々の中にしか居場所を見いだせない母親と重なる。

あどけない顔の訓練生時代

 リアルを追求したのはドラマだけではない。アクションも本気だ。『うまれる』でもアクションコーディネーターを務めたハヤテが本作でも、ヒーローたちの格闘を指導。ハヤテも自身の監督作『ファーストミッション』(2022)でヒーローものを演出しており、その経験はここでも存分に活かされている。精神の未熟な者が、常人を超えた力を持ってしまうことの危うさと、その暴力がもたらす悲劇。それがギリギリでオーバーすぎない表現により、地に足のついた本作の世界に違和感なく定着している。

ヒーローの面影など微塵もない元レッド(演:松澤仁晶)

 主人公の元レッド役に、入江悠監督『あんのこと』にも出演している松澤仁晶。生気のない抜け殻のような表情の中に、怒りと悔恨、浅ましさと自己憐憫、かすかな希望、そして闇黒の絶望を顔の皮膚の微妙な変化で使い分けて見事に表現。
 元イエロー役には、小路紘史監督『辰巳』の三溝浩二。レッドと同様、その日を必死に生きる、酒に溺れた労働者を好演。
 誰よりもレッドと因縁を持つ元ピンク役に『あんのこと』や内藤瑛亮監督『毒娘』など出演作が続く金谷真由美。凄味の効いた怒声で元戦隊ヒロインのなれのはてを演じた。
 インディペンデント日本映画を支える役者たちのアッセンブルが楽しめるのも本作の魅力だ。

贖罪の旅を続ける男と相対する元ピンク(演:金谷真由美)

 何をしても過去は修復できず、贖えないことはわかっているが、それでも男の旅は続く。昔、その手を血で染めた元レッドが行き着く場所の景色は何色か……。

フォトセッションの様子。(左から)田中聡監督、松澤仁晶、三溝浩二、金谷真由美

 舞台挨拶に登壇した元レッド役の松澤は「多くの方に守られ、支えられ、この作品はできました」と感無量の面持ち。元イエロー役の三溝は「カレーはまあまあ好きです(笑)」と軽快にジョークを飛ばしながら自己紹介。元ピンク役の金谷は「くすんだピンクを演じました。戦隊ものも初めてなんですが、まさかのピンク! 最初で最後のピンクだと思います」とあいさつ。
 監督の田中は「最初は松澤さんと自主映画で始めた作品なんですけど、ここまで大きく育っていただけるとは……。自主映画の未来も明るいんじゃないかな。ひどいシーンもたくさんあったと思うんですが(笑)」と笑いを交えつつ、晴れて一般公開として作品が披露できたことを喜んだ。
 本作はなぜダークな戦隊ものになったのか。そこには田中のアメコミへの思い入れがあった。「アメコミの『ウォッチメン』(アラン・ムーア原作/ザック・スナイダー監督で映画化)がすごい好きで。ヒーローたちが実は悪いやつだったりするんですけど。あと『ザ・ボーイズ』(ガース・エニス原作)というアメコミ原作のドラマがあって、それもヒーローなんだけど悪いやつが出てくる」とアメリカではヒーローの裏の側面を描いた作品が多くあることに触れ、「日本もヒーローはいるけど、そんなに大人向けはないなと思っていて」と、そこから本作の構想が広がっていったそう。続けて、「東映さんにOKは取っていないので(笑)」と冗談めかして言うと客席からも笑いが漏れた。

夕日と血でスーツを赤く染めるレッド

 撮影はコロナ禍による厳戒態勢の中で行われ、無事に撮り終えることができたが、松澤は田中組の優秀な仕事ぶりのおかげだったと語る。また、松澤はそのスピード感にも驚いた。「とにかく早いんです。”来週、撮影します。これからキャストとはスケジュールを調整します”と言われて(笑)。本当に短い周期でバタバタと準備をしてあっという間に撮影をしちゃう」と振り返る。
 田中は「普段はCMディレクターをやってまして。CMってやっぱり、1、2か月くらいのサイクルでぽんぽこ撮るんですよ。そのリズムでやってみたらどうなるんだろうと」と慣れた独自のやり方を映画の現場でも通したことを明かした。

田中ワールドでは怪人もえげつない目に遭う

 壮年期のレッドが見せるアクションについて金谷は「松澤さんが本当に強そうに見えた」と感嘆する。三溝は「めちゃくちゃ練習しましたよね」と松澤のバックステージでの奮闘に言及。「コロナ禍だったので、全員マスクをする中でアクションシーン(の練習)をするわけですよ。それもヤバかったんですが、本当にそのあとヤバくなりましたから……」とぼそり口にする松澤。ここで驚くべきことが明かされる。あるワンシーンの撮影を残して待機していた期間に、松澤が心筋梗塞で倒れてしまったというのだ。松澤は「笑っちゃいますよね。バターン!と倒れたんですよ」といまだからこそ笑って話すが、これには観客もどよめいた。
 当時、田中は相当に心配したが、意外やすぐに松澤は復帰。「これを残したまま死ぬわけにはいかないという思いだけで、帰ってきました」と松澤はそのときに抱いていた強い意志を思い返すように語った。
 話はこの日の舞台挨拶で松澤が着用しているビシっと決めたスーツに及ぶ。その高級そうな服は5年前に買ったきりでずっとしまわれていたのだとか。「俳優ですから、こういう舞台に立ちたいと思うじゃないですか。かといってアテはなく。ただ、このスーツを売っているのを見たときに、これだ!と。買ったままずっとしまってありました。今朝、仕付け糸を抜いて(笑)」と松澤から明かされた観客の多くは、彼が登壇時に見せた感無量の表情を思い出していたことだろう。

少女の無垢な笑顔が意味するものは?

 最後に田中は「自主映画から始まり、いろんな映画祭をまわりました。(映画祭をまわる間に一般公開中だった)『うまれる』のほうをよく話題にされたので、もうちょっとこっちを見てと思っていましたが、ようやく『ひどくくすんだ赤』も日の目を浴びました。引き続き応援よろしくお願いします」と今後の作品の広がりを願った。【本文敬称略】

『ひどくくすんだ赤』は、東京・テアトル新宿で上映中。8月2日より大阪・テアトル梅田、京都・アップリンク京都で上映予定。ほか全国順次公開。

監督・脚本:田中聡
出演:松澤仁晶、三溝浩二、金谷真由美、小島怜珠、末次寿樹 岡崎愛莉、大藤瑛史、東遥貴
撮影:松石洪介/照明:竹本勝幸/録音:ムラカミックス/美術:高橋努/アクション監督:ハヤテ/
企画製作:棘棘<トゲトゲ>
配給:ニチホランド
©TogeToge

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