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新作REVIEW 『異端の純愛』異才・井口昇が吐き出すコンプレックスの“美しさ”

『片腕マシンガール』『ヌイグルマーZ』『デッド寿司』『電人ザボーガー』など、日本のファンタスティック・ジャンル映画の作り手において国際的にも高い評価を得ている井口昇が、敢えてインディペンデンス体制を取って作ったオムニバス恋愛映画が『異端の純愛』だ。映画のテーマは井口自身が抱えるオブセッションをドラマにすることで昇華させること。「一般映画では企画が通らない」と井口本人が語ったように、異様な屈折を抱えた人物たちを描く3本のドラマだ。

『異端の純愛』ポスター

 第1話「うずく影」は小さな職場でパワハラを受けた女性が不気味なイマジナリー・フレンドを生み出し、彼女に嫌がらせをしていた男性上司(『さいならBAD SAMURAI』でカナザワ映画祭グランプリを取り、『辻占恋慕』など監督と俳優の両方をこなす大野大輔が例によっての怪演)に土下座をさせる短編。映画上映後のトークショーで井口は「土下座を撮らせれば自分が一番」と発言したが、「うずく影」では土下座を単に屈辱的な行為とせず、女性と男性が屈折した関係を成立させるものとして描く。劇中登場するイマジナリー・フレンドは女性の裏に姿を隠し、不気味な印象を残す文字通りの「影」だ。この影の登場シーンは、井口が『怪談新耳袋』で監督した「正座する影」を連想する怖さがある。
 第2話は『片腕マシンガール』のタイトル・ヒロインを演じた八代みなせが再び片腕の女性アミを演じる「片腕の花」。主人公の少年は気が弱く2人組の女子高生にいじめられる日々を送っていた。財布を盗まれ喫茶店の支払いもできなくなった少年を救ったのは、いつも窓際に座って本を読んでいる年上の片腕女性アミだった。アミは常にいじめられる少年に復讐を妄想することを教える。徐々に心の中に復讐=暴力への欲望を育てていく少年。姉のボーイフレンドにも反抗的な態度をとるようになる。アミから渡されたバタフライナイフで自分をいじめる少女たちに復讐する妄想を抱く少年だったが、現実はその上を行っていた。姉の旧ボーイフレンドと不良少女2人組は、姉を誘拐しスナッフ映像をネットにばらまくと脅迫してくる。妄想だけではどうにもならない事態にアミは恐ろしいアドバイスを与える。

第2話「片腕の花」より、八代みなせ

 内なる暴力、妄想に引き込まれていく少年も井口の悩める内面だ。この自分にとっての“思春期”は、井口が傑作『惡の華』を撮ることで昇華される筈だったのが、そうは行かなかったという(こうした作品についてのオブセッションは劇場で販売しているパンフレットに詳細に記されている)。井口映画に爆発する突発的な暴力がモチーフとなった「片腕の花」だが、暴力への衝動だけではない。少年が幻視する、アミの切断された傷口から咲く百合の花。この幻視は続く第3話「バタイユの食卓」に連なっていく。 映画を完結させる「バタイユの食卓」で井口が独白するのはスカトロジーの欲望だ。幼少時に排泄行為にトラウマを植え付けられた青年・烈(女優の九羽紅緒が演じる)は食事に対して抵抗感を持っている。自分が食事する姿を鏡に写したり、写真に収めないと落ち着かない。そういう段取りをしないと生理現象としての排泄への抵抗感に屈してしまうのだ。 烈は喫茶店でサンドイッチを食べる。その姿を撮影したことでウェイトレスの珠子(中村有沙)と知り合う。烈は珠子に食事写真のモデルを頼むが、撮影中に珠子は強烈な腹痛に襲われ、外に飛び出す。「信じてもらえないだろうけれど、私のお腹の中には得体のしれない生き物がいる」と告白する珠子。排泄へのオブセッションで繋がれた2人は凄絶な“愛の行為”に耽溺していく。 宇川直宏が主催するウェブ・チャンネルDOMMUNEで月に一回行われる映画合評トークMOVIE CYPHERで、高橋ヨシキ、柳下毅一郎、三留まゆみの3人が『異端の純愛』を選び、その3作の中でも「バタイユの食卓」は最も印象に残ったと評している。スカトロジーというテーマも衝撃的で、3本のうちで最も尺が長い。井口は『異端の純愛』パンフレットで次のように述べる。

 僕の分身ともいえる役を女性に演じて頂くという狙いは、『異端の純愛』がオムニバスの第3話にする事を決めた時点で決断した記憶があります。
 1話は男の欲望の塊みたいな人物が去勢される話、2話は思春期の少年が主人公なので男性DNAが芽生える前の話、そして3話は大人になったのに男性DNAが薄い主人公の話。

 土下座と幻視、暴力衝動、排泄行為への抵抗と興味。井口昇という映像作家は自らの屈折したエロスを様々な形で表現してきた。今回も「大人になれない」辛さ、違和感が様々な形で描かれた。そして井口自身は直接の言葉にしないが、自分の中にある「少女性」が映画の根底にある。第2話で百合の花束を持った八代みなせの姿は、第3話で女優・九羽紅緒が演じる青年に繋がる。敢えて台詞として描かれない、自身の少女性を女優の姿を通して描いた、井口映画の総決算となっている。
『異端の純愛』は6月9日まで新宿K’s cinema、6月19日から下北沢K2で上映、以下全国順次公開される。

異端の映画監督・井口昇 純愛映画の世界

高円寺・シアターバッカスでは6月12日から21日まで「異端の映画監督・井口昇 純愛映画の世界」と題して初期自主映画から2017年の『ゲスに至る病』まで11本が、期間限定で公開される。(本文敬称略/文:田野辺尚人)

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