プレミア取材 浅野いにおの傑作漫画『零落』が竹中直人の手により実写映画化。主演の斎藤工が「自分の出来事としか思えないくらい共鳴した」と役柄に自身を重ねた
※タイトル写真。(左から)竹中直人、玉城ティナ、斎藤工、趣里、浅野いにお
米アイズナー賞の候補に選ばれ、映画化もされた青春漫画の金字塔『ソラニン』で知られる、漫画家・浅野いにおが2017年にビッグコミックスペリオール(小学館)で連載した『零落』(全1巻)。浅野自身の実体験が反映されたという、漫画家が主人公のどろりとした心の旅路を描く物語だ。竹中直人が映画監督作品10本目として、この漫画作品を実写映画化した。
2月8日、東京・テアトル新宿で完成披露プレミア上映会が行われ、監督の竹中をはじめ、キャストの斎藤工、玉城ティナ、趣里、そして原作者の浅野いにおが登壇。即完売したというチケットを入手して集まった観客を前に、感謝の言葉を述べながら作品に込めた思いを語り合った。
『零落』は自堕落で鬱屈した日々を送る元人気漫画家・深澤薫(斎藤工)が、ある日”猫のような目をした女”ちふゆ(趣里)と出会ったことで、人生の岐路に立たされる物語。
この日の舞台挨拶は異色の幕開けだった。通常、舞台挨拶は司会・進行のMCがはじめに登場するが、いきなり竹中がアフロヘアで現れ、即興でのパフォーマンスを見せる。空虚感に包まれた『零落』の世界感とは裏腹に、観客を沸かせて場内を温めた。
スランプに陥り、周囲ともうまくいかず、街を漂流する孤独な漫画家・深澤を演じた斎藤は「何かの役をいただいて、それを演じるという通常の方程式とは違うベクトルで作品に向き合えた」と一筋縄ではいかない作品だったことを明かす。「玉城さんや趣里さん、共演者の方たちに反射して”深澤薫”という人間が描かれているような気がする」と共演者との共作によって、自身の役柄が作り込まれていったと分析。どのような思いで深澤を演じたのかと問われ、「原作に出会ったとき、心あたりしかなかった。ミドル・エイジ・シンドローム、まさにそれだった。近年、スピルバーグですら、自分に起きた出来事を映画にするというか、外から内側に向いてくる矢印の変化も含めて、浅野いにお作品の中で最も内臓を描いてくれた」と映画の描き方の潮流の変化にも絡めて語った。続けて、「心あたりを頼りに現場にいた。つらいような、楽しいような、つらい時間ではありました。でも、それが間違ってないなと、出来上がったものを観て思いました」と完成された作品を見て、確信できたという。深澤の孤独な気持ちについては「痛いほど分かる、自分のことなんじゃないかなというくらい。立場は違えど、共感しかないというか、現在進行形の自分の出来事としか思えないくらい共鳴しました」と相当に深澤と自身が重なり合っていたことを語った。
竹中は「今日はお寒い中、いらしていただいて本当にありがとうございます」と観客へ感謝を捧げたあと、「僕の大好きな方々がこのステージにお並びになっているので、胸がいっぱいで、夢を見ているようで、ものすごく切ないです」と高ぶる感情を込めて言葉を継いだ。
竹中が、斎藤を起用したきっかけについて、当時を思い返す。「工と山田孝之さんと3人で『ゾッキ』という映画を撮って。いつも3人で宣伝してたんですが、そのときは孝之が仕事で来られなくて、工と2人で宣伝した帰りに食事をし、映画の話になって。浅野いにおさんの『零落』を撮りたいんだよと言ったら、工が”(その漫画)大好きです!”と。そのときの工の顔で、一気に映画が進むっていう気持ちでした。その瞬間を何度も思い出すんですが、斎藤工しか深澤は考えられなかった」と、斎藤を主人公・深澤に決めた瞬間を振り返った。壇上でしんみり話す竹中だったが、斎藤は「もし、そのとき、山田孝之さんが竹中さんと『零落』の話をしてたら、ここには山田さんが立っていた」と冗談交じりに言い、笑わせた。
MCのアナウンサー・堀井美香から「原作から出てきたような」と形容された、ちふゆ役の趣里は自身の役について「いにお先生の原作の女の子を演じられるのはとても光栄だなと思うと同時に、たくさんの原作ファンの方がいらっしゃるので、それはプレッシャーだったんですけど」と不安もあったことを明かしつつ、「現場では本当に竹中監督が導いてくれますし、工さんにゆだねて、空気感に身を置いて。とてもステキな現場でした」と心地よく役に入っていけたという。
斎藤演じる深澤と自身が演じるちふゆとの距離が縮まるシーンが印象的だと振り返った趣里。2人のシーンについて竹中は「クルト・ヴァイルっていうドイツのミュージシャンが大好きで、『スピーク・ロウ』が2人のイメージの曲だった」と言い、その歌を口ずさんでみせる。趣里は竹中から、イメージ曲を送ってもらったそうで、そういった監督からの心遣いもあり、「内側から”ちふゆ”というキャラクターが出来た」と竹中に感謝した。
“猫顔の少女”というキャラクターを演じた玉城は、身勝手だが放ってはおけない深澤の魅力について「才能があるからこその残酷さみたいなものを感じ取ってると思います。深澤から見ての私とか、ちふゆとかって、気持ちが絶対、同じ分量にはならない。どっちかが一方通行で、関係性の終わりもすごく残酷だったりするんですけど。身勝手を自分で許しちゃってるというところが、可愛らしいとも思いました」と自身が演じたキャラクターとの関係性に言及しつつ、複雑な深澤の心のうちを分析。
原作ファンの誰もが知りたいであろう疑問、竹中がこの映画を撮ることを決意した理由とは。「赤坂にある本屋さんで、ふと手にした。『零落』というタイトルと、帯のちふゆの顔。その瞬間にうわーと心に入り込んできた。本を買って読んだら、絶対に映画にしたいと。その瞬間から一気に進んだ」と運命の出会いを感じたという。「とにかくこの世界感。私小説でもあり、純文学を読んでいるような。そんな感じでした」と浅野ワールドに引き込まれた竹中は、「いにおさんと初めてお会いしたときになんか、漫画界の芥川龍之介みたいな。とってもシビれまくって。いにおさんご本人にお会いしたとき、絶対に映画にするって、その思いで突き進んだ感じでしたね」と自身を突き動かした衝動を述べ表した。
浅野は「私小説風な赤裸々な内容だったので、こういう場にどういう顔をして出てくればいいのか」と壇上にいることに戸惑いを見せつつ、映画を観た感想を語りだす。「原作がみんなで観て面白いと思うような性格の漫画ではないので、描いてるときも誰に向けて描いてるんだって気持ちだったんですけど。めぐりめぐって、竹中さんの手に渡って。竹中さんと僕って、まったく別の人間に見えると思うんですけど、根底では近しい部分は必ずあって。たぶん、そこで共鳴したんだと思います」と竹中とリンクする何かがあるとコメント。「竹中さんのフィルターを通した作品になっていて、それでも作品の本質を失っていない、そういうところのよさもあります。竹中さんがいなかったら、映像化はされなかったと思うので、竹中さんの好きなように、思い描いたようにやってくれればいいなと。出来上がりにも満足してます」と竹中へ感謝しつつ、純粋に映画化作品を楽しんだことを語った。
思いを語り合った竹中たちは、観客から大きな拍手を受けながら、場内をあとにした。
『零落』は2023年3月17日(金)より、全国ロードショー。【本文敬称略】©2023浅野いにお・小学館/「零落」製作委員会
(取材・文:後藤健児)
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