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REVIEW『戦慄のリンク』Jホラーの父・鶴田法男が幽霊を認めない国で如何にして戦ったか?

「Jホラーの父」こと鶴田法男が中国で監督したサスペンス・スリラー。日本屈指の心霊表現に長けた鶴田がメガフォンをとりながら、本作は建前上、幽霊ホラーではない。
 中国では幽霊が出てくる映画は作れない。中国共産党が幽霊を非科学的な迷信と見なし、その存在を否定しているからだ。映画作りも企画段階からチェックが入る。そこでNOが出れば、その映画は作れない。OVA『ほんとにあった怖い話』で、その後のJホラーの礎になる幽霊表現を生み出した鶴田にとって、この状況は極めて不利なものだった。
 プレスに収録された詳細な製作日記によれば、鶴田のもとに「中国でJホラーを撮ってほしい」と依頼があったのは2016年9月。中国では『ほん怖』はおろか『リング』ですら劇場公開されていないが、ネットによって若い観客がJホラーを熱心に観ているとのことだった。世界を席巻したJホラーが彼の国ではアンダーグラウンド・カルチャーだったことにも驚くが、中国のホラー映画ファンが幽霊の出てくる映画を愛好していることで『戦慄のリンク』は企画されたのだ。
 依頼の段階で原作は決まっていた。当時、中国で話題になっていたネット・ホラー小説『彼女はQQで死んだ』(QQは中国の大手SNSのこと)だ。同年10月に本作を製作する大盛映画社の社長が来日、原作者自身が『おろち』のファンであり鶴田の監督を望んでいると説得され、鶴田は監督を引き受ける。その時点で「中国では幽霊が存在する設定で描くことはできない。幽霊が出ても夢オチ、幻覚扱いになる」と聞かされ、以後、この縛りは鶴田を悩ませることになる。
 2016年12月、鶴田は中国に入り、『戦慄のリンク』の製作はスタートする。ところが脚本家が『サイコ』や『悪魔のいけにえ』『サスペリア』も観ていない。「ホラー映画の共通言語が少ないので打合せは難航」する。また脚本の縛りとして「LGBTQに触れない」「最後は警察が解決する」といったルールを守らないと、国家電影局の審査を通過できないことも判明。帰国して後、鶴田はプロット作りを始めるが、会社の決めた脚本家と意見が合わず、これを交代して仕上がった最初の内容はVRを扱う内容だった。しかし当局より最先端技術を悪用する内容は許可できないと没をくらう。そこで原作に準じて改稿するが、主人公に霊感があり、幽霊らしき存在が登場するため、再度の没に。書籍は大丈夫でも映画はダメという独自の審査基準に、温厚な鶴田もキレかかったという。そこで製作会社社長が中国でも社会問題になった「ブルーホエール事件」をヒントにしたらどうか、と案を出した。
「ブルーホエール事件」とは2017年にロシアから始まった自殺勧誘ゲームのこと。SNSを介して50日間、毎日異なる課題を出され、その内容が次第にエスカレートし、最終的には自殺させられるという危険極まりないものだ。日本では問題化しなかったが、ヨーロッパや南米では大騒ぎになった。首謀者のひとりフィリップ・ブデイキンは逮捕時21歳だった。ブテイキンは法廷で、自殺は犠牲者が選択したもので自分は強制などしていないと主張したが有罪判決がおりた。鶴田は「実際に起きた事件をもとにするなら審査も通るかもしれない」とプロットを全面改稿、2017年8月に審査を通過する。同月9月、鶴田は3人目の脚本家ヤン・ヤンと打ち合わせをする。日本から持参した『エクソシスト』のDVDを渡すと「これが観たかった」と言うヤンは信頼できると感じた鶴田は脚本の最終的な仕上げを彼女に委ねることにする。
 こうして『戦慄のリンク』撮影が始まる。中国製ホラーを何本か観た鶴田は撮影、照明、編集は日本人が必要と判断、中国サイドを説き伏せて、撮影・神田創、照明・丸山和志、編集・須永弘志の布陣が組まれた。撮影は上海ロケ。この時点で鶴田は「映画そのものが心霊写真のような効果を施したい」と考え、場面が人の顔のように見えるトリックアートを取り込むことを提案。中国サイドにも好評に受けられた。劇中に登場する幽霊(らしきもの)については『リング』の貞子ルック、長髪で顔を隠した白い服の女が作られた。製作会社社長の「Jホラーの父に本格的なJホラーを作ってもらいたい」という意向があったのに加え、斬新な表現にしてしまうと「新しいことをやろうとすると審査でダメ出しが出る」との読みがあった。
 システムの違いから初日こそ難航した撮影も2018年1月7日に無事撮影終了。仕上げは日本で行い、音響効果・大河原将、音楽・小畑貴裕が加わり、試写チェックもかねて鶴田と編集の須永は東京と北京を往復する。こうした苦労を重ねて『戦慄のリンク』は2019年9月に上映許可証を獲得、2020年10月30日に中国で無事に公開された。
 水面に反射する光が髑髏のように光る不穏な風景から『戦慄のリンク』はスタートする。ネット小説『残星楼』の最終章を読んだ者が不気味な女から追われ、自ら命を断つ事件が次々と起こる。事件で従姉妹を失ったヒロインの大学生ジョウ(スン・イハン)はジャーナリスト志望のマー(フー・モンボー)と共に事件の真相を追う。しかし、そのため『残星楼』を読んでしまったジョウにも不気味な女が迫る。ネット小説の呪いからジョウは生還できるのか?
『リング』の「呪いのビデオ」がネット小説に置き換わり(モニターに映し出された文字が「呪いのビデオ」のように蠢くショットにJホラーの矜持がある)、ネット小説の最終章を読んでしまうと現れる白い服の女も、『ほんとにあった怖い話』の名編「夏の体育館」に登場する赤い服の亡霊(黒沢清を戦慄させた)を彷彿とさせる。白い服の女はとある仕掛けによって召喚されるのだが、その仕組みは樋口尚文が指摘するように『怪奇大作戦』を連想させる仕掛けとなっている。それ故、本作は心霊ホラーではなくサスペンス・スリラーと細かくジャンルわけされることになるが、それは度重なる中国の映画システムの中でそう呼ばざるを得ないのであって、『戦慄のリンク』が見せる恐怖表現はJホラーとして一級品だ。犠牲者たちの目の前に現れる白い服の女が出現したその瞬間、幽霊が醸し出す不気味さに満ち溢れている。
 ジョウとマーのコンビが危機を顧みずに事件の真相に迫る活躍は、鶴田が著するジュブナイル『恐怖コレクター』『怪狩り』を彷彿とさせる。連続自殺事件の裏にある陰謀に、危険に身を呈しながら迫る命がけの冒険の面白さは『戦慄のリンク』の恐怖を加速させる。一種の謎解きものでありながら、スクリーンに登場する怪異の圧倒的な強さをもって、本作は“仕掛けられたトリック”を超える恐怖感情を観客に抱かせる。
「幽霊は存在しない」。この縛りを逆手にとって、映画に霊的モードを生み出したのはトリックアートの起用だ。先述したように、映画そのものを心霊写真にするというアイデアを鶴田が発案した時点で、『戦慄のリンク』は見事な幽霊映画となっている。人の顔が浮かび上がるような演出がそこかしこに仕込まれているが、その一瞬に立ち上がる「何かを見てしまった」感覚が、映画に幽霊を降臨させている。その錯覚は、かつて昭和の時代に中岡俊哉が3つの点が人の顔を錯覚させる写真を「心霊写真」と呼んだのにも通じている。このトリックアート演出は「心霊写真」文化を持つ日本の観客にとってリアルな幽霊表現になっている。Jホラーの父は強烈な縛りを逆手にとって、幽霊を中国の映画に降臨させるのに成功した。【本文敬称略】
(編集部・田野辺)

『戦慄のリンク』は12月23日より新宿シネマカリテほか全国ロードショー
公式HP senritsu-link.com

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