見出し画像

映画で世界に挑戦した旅の記録『世界で戦うフィルムたち』が公開。監督の亀山睦木が深田晃司と対話し、日本映画の現状を語り合った

タイトル写真
フォトセッションにて。(左から)深田晃司、亀山睦木、岡田深

 亀山睦木監督の『世界で戦うフィルムたち』が東京・池袋シネマ・ロサで5月20日より公開中だ。いまよりコロナ禍の状況がはるかに厳しかった2021年、SF長編作品『12ヶ月のカイ』(7月22日より公開予定)を手にした若手監督の亀山が、海外の映画祭へ挑戦した記録と、国内外で奮闘する映画人たちの言葉を集めたドキュメンタリー映画。その記録から見えてくるのは、国際映画祭における日本映画の立ち位置や、日本人監督が海外に挑戦することの難しさ。さらに、コロナ以前から日本映画の制作現場が抱える数々の問題点。だが、映画は問題提起に留まらず、どうすればフィルムで世界と戦えるのか、そして、そのためには何を変革すればいいのかまで踏み込んでいく。
 公開初日の上映後、亀山と深田晃司、『12ヶ月のカイ』に出演した岡田深が登壇。コロナ禍で映画を作ること、日本映画をめぐる現状について、忌憚のない意見を交換しあった。

『世界で戦うフィルムたち』ポスタービジュアル

 亀山睦木は、日本大学芸術学部映画学科を卒業後、映画やドラマ、広告などの様々な映像作品の場で活躍。『マイライフ、ママライフ』は第14回田辺・弁慶映画祭コンペティション部門で観客賞を受賞し、2022年に単独公開された。近未来の東京を舞台に、人間の女性とヒューマノイドの男性との間に生まれた命をめぐるSFサスペンス『12ヶ月のカイ』が海外の映画祭で高い評判を呼ぶ。その挑戦を克明に記録した『世界で戦うフィルムたち』が最新作となる。

上映後トークショーの様子

 初日を迎えたこの日、映画を観たばかりの観客を前にした亀山は「これまではフィクションを作ってきて、こうしたドキュメンタリー映画は初めて。劇映画ではない作品をどうやって観ていただくかを作っているときから悩み、編集の過程がしんどくもありました。やっと皆さんに、お届けすることができて非常に感慨深いなと思っております」と満足げな表情を浮かべ、思いを口にした。
 亀山が苦心した結果は、作品に表れている。本作の構成力には目を見張るものがあり、アニメーションも駆使したテンポのいい編集や章立てしたわかりやすさによって、観客を飽きさせることなく、テーマを理解させるつくりとなっていた。海外パートに差し込まれる映画人たちのインタビューは、ひとりで海外へ赴いた亀山が現地でぶつかる難題を前に、その場で証言者たちが一緒に思い悩んでいるように見えてくる。ベテラン勢からの助言と同世代の共感を受けて、亀山が突き進んでいく過程は、ひとつのロードムービーとして純粋に楽しめるエンターテインメント性に富んでいた。

亀山は110ヶ所以上もの海外の映画祭に応募した

 インタビューに答えるのは、映画監督の北村龍平、清水崇、戸田彬弘、片山慎三、石橋夕帆ら。俳優の立場からは寺島しのぶ、中屋柚香、祐真キキらが率直な意見を述べた。海外の映画祭を席巻する者や、ハリウッドを拠点として活躍する者、国内で奮闘する者など様々な顔ぶれだ。さらに、歌人・社会学者のカン・ハンナや元キネマ旬報編集長・掛尾良夫も独自の観点から日本映画の現状を語る。

寺島しのぶは、日本における表現者の立ち位置について自らの経験を話す
『岬の兄妹』『さがす』の片山慎三は、韓国と日本の映画制作の違いを語った

 そして、『淵に立つ』が第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門の審査員賞を受賞し、最新作『LOVE LIFE』が第79回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品された深田晃司も、海外で感じた日本映画の課題に鋭く言及していた。
 深田がインタビュー出演した2021年当時について、「コロナが現在より大変だった時期ということもあり、若手と呼ばれる監督さんたちが本当に悩んでるんだなということは、オファーからも感じました」と振り返った。
 亀山は「コロナ禍で、映画興行をどうやって盛り上げていったらいいのか、その狭間にいらした方々の苦しさ。我々も同じ映画制作者としてそれを引き受け、つないでいかないといけない、責務みたいなものはあった。あの時期に苦しい思いをした人たちだけのものにはしたくなかった」と作品に込めた思いを真摯に語った。
 映画人の誰もが苦境に立たされたコロナ禍において、特に若手と呼ばれる映画制作者たちが置かれた状況は厳しかった。本作には、ベテラン勢以外の映画人たちの証言も記録されている。深田はそこに着目。「すごく貴重な証言だと思ったのが、コロナゆえの大変さとコロナ前からの大変さの両方が記録されている。どうしてもこういう映画って、大御所の監督さんたちの証言が残りがちですけど、若手と呼ばれる監督たちの言葉が残っていて」とコメント。続けて、「亀山監督だからこそ、皆あそこまでガードを下げてしゃべってるんだな」と亀山の人徳に言及した。
 その言葉どおり、本作の魅力は亀山自身のキャラクターが担っているところが大きい。初のSF長編がアメリカの映画祭に入選したはいいものの、そこではオフラインでの開催のみだった。コロナ禍の状況、英語力、会社の仕事の調整など不安要素は限りない。暗中模索しつつ、準備を進めていく亀山。そして、ワクチン接種も完了し、カメラを手に単身、渡米。未知の世界へ向かっていく、バイタリティあふれる亀山に魅了されて応援していた観客は、『12ヶ月のカイ』が、ワールドプレミアとなったアリゾナ州のフェニックス映画祭・国際ホラー&SF映画祭で、最優秀SF作品賞を受賞した瞬間、心の中で拍手喝采したであろう。

2021年8月、炎天下のアリゾナ州に単身、乗り込む亀山

 インタビュー撮影をした2021年から2年を経たいまの映画祭について、深田が説明するところによれば、オンラインでの限界を皆が感じており、元に戻ろうとしているという。「映画祭は作品を売るマーケット。魚市場みたいなもの」と語る深田も、オンラインの利便性は認めつつ、現地で偶然に出会い、再会する人とのつながりが生み出すもののかけがえのなさを訴えていた。
 そこから話は”商業映画”をめぐるテーマへと移っていく。この日の司会進行を務めた岡田深が「私も俳優としてインディーズ映画祭などが大事な場所だと思っているのですが、それは商業の映画に移っても変わらないと思いますか?」と質問をぶつける。
 亀山は、商業作品の経験は少ないと謙遜しつつも「作っている段階だと、いろんな方々と知り合う機会が少ないんです。富川国際ファンタスティック映画祭に参加した経験は大きかったですし、国内の映画祭も含めて、こういう監督さんやプロデューサーさん、俳優さんがいるんだ、と知り合ってつながっておいて、遠回りするかもしれないけど、いつか一緒に作るっていう、これが映画の醍醐味」と話す。
 人とのめぐり合わせは『世界で戦うフィルムたち』の中でも感動的なシーンとして描かれた。『12ヶ月のカイ』が受賞したフェニックス映画祭・国際ホラー&SF映画祭には、作家のマイケル・A・スタックポールが関わっていた。彼は、『スター・ウォーズ 暗黒の潮流』や『スター・ウォーズ アイソアへの侵攻』などのスター・ウォーズ小説を執筆しており、亀山にとってスタックポールは憧れの人物だったそう。その彼が亀山のSF映画を評価し、ドキュメンタリーに出演することになった。この導きには、フォースならぬ映画の力を感じてしまう。

フェニックス映画祭の様子

 ”商業映画”に関して、深田は「あらゆるものが商業である」と言い、日本では商業映画と自主映画で二分されている特異性に言及。「イチかゼロかではなく、商業性が高いか、低いかという話。低くても商業映画ではあるんですね。そこが重要で、海外の映画祭で感じるのはお金集めの重要さ。自分のやりたいことをやっていくためにはお金が必要」と資金調達の重要性を訴える。日本にも助成金の制度はあるものの、若手ではそれを知らない制作者たちが多いとのこと。深田も亀山も「学校では教えてもらえなかった」と口をそろえて苦笑いし、かつて自身が自己資金で映画づくりをした過去を後悔。両者ともに「助成金の話は本当に学校でしてほしい(笑)」と笑いを交えながらも、強く訴えた。
 映画制作の技術や演出についての授業が中心になっている日本の映画学校では、制作における資金調達や、その後の公開に関する指導は少ないのが現状だという。その状況において、本作は映画を学ぶ者たちにとって教本となるだろう。深田は「若手の学生さんとか映画を目指したい人には、いろいろ気づきのある作品。観てほしい」とアピール。対して、亀山は「逆の意見を言うようですが……」と前置きしてから、「こういうことに困っている若手がいるということを、若手じゃない方に観ていただきたいので(笑)、若手じゃない方が池袋のシネマ・ロサに来ていただけますようにSNSでの共有をよろしくお願いします(笑)」と苦笑まじりに本音を吐露。
 最後に、亀山から観客に向けて、ある”お願い”が伝えられた。それは、劇場のロビーに設置されている特設パネルに関するもの。「観てくださっている方々が、これから自分がこういうことを叶えたいなという願い事や、あるいは、これ困ってるんだけどなという悩み事を、ポストイットに書いて、神社の絵馬のごとく貼って帰ってください」と、共に願いを叶えるために戦っていこうと呼びかけ、観客からの拍手を受けながら壇上を降りた。【本文敬称略】

『世界で戦うフィルムたち』の出演者
北村龍平 谷垣健治 清水崇 深田晃司 片山慎三 祐真キキ 寺島しのぶ 松本卓也 宇賀那健一 戸田彬弘 野本梢 加藤綾佳 石橋夕帆 田中大貴 皆川暢二 中屋柚香 中垣内彩加 工藤孝生 岡田深 大石菊華 今村左悶 カン・ハンナ Michael A Stackpole Neilson Black Louis Savy 掛尾良夫 矢田部吉彦

『世界で戦うフィルムたち』は東京・池袋シネマ・ロサにて、5月20日(土)~6月2日(金)まで2週間限定上映。©noadd Inc.
亀山初のSF長編『12ヶ月のカイ』は7月22日より、東京・池袋シネマ・ロサにて公開。
(取材・文:後藤健児)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?