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『映画秘宝』インタビュー傑作選7 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』“ダニエルズ”の共同監督ダニエル・シャイナート前作『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』

初出:『映画秘宝』2020年9月号

ダニエル・シャイナート (モニター越しに『ランボー』の表紙を見て)すごい雑誌だな!
−−『ゾンビ』とブルース・リーと『食人族』を大切にしている雑誌です。
ダニエル おお! でも『食人族』だけは知らないなあ。
−−ぜひ観てください。『ディック・ロングはなぜ死んだのか』も楽しく拝見しました。
ダニエル ありがとう!
−−アメリカ南部の田舎町を舞台にした異様な映画で、『ファーゴ』を連想する人も多いようですが、バンドでつるむ友達のひとりが死んだことから事態が悪い方向にエスカレートする内容は『コンバット・地獄の人間狩り』(76年)を連想しました。
ダニエル その映画も知らないなあ。どんな内容?
−−鹿狩りの最中に別のハンターグループと撃ち合いになって、死んでしまった友達の死体をERの前に放置したことから殺し合いに発展する映画です。ダグラス・フェアベインの『銃撃!』という小説が原作です。
ダニエル もしかしたら脚本を書いたビリー・チューはその小説を知っているかもしれない。今度詳しく聞いておくよ(笑)。でもERの前に死体を放り出す描写はちょっと問題になったんだ。
−−監督も同じことをやったとか?
ダニエル まさか! そこは実話じゃないよ! 僕には医者の友達がいるんだけれど、このシーンのアイデアを話したら「とんでもない!」って言われたんだ。死体をERの前に放り出されると、それで宿直医を起こしてしまうことになるからとても迷惑だって。
−−死体が転がっていた後部座席が血まみれで、主人公のジークとアールが『パルプ・フィクション』の掃除屋(ハーヴェイ・カイテル)の話をするシーンもいいですね。
ダニエル 実際に困った状況に追いやられたとき、リアルに何を話し合うか? 映画の話だよね。あの登場人物の助けがあったらって。そんな切羽詰まった状況を『パルプ・フィクション』のエピソードになぞらえた。実際に起きたトラブルをタランティーノの映画になぞらえてみるとなぜかリアリティを感じさせるんだ。
−−映画の舞台は監督の故郷、南部のアラバマ州です。過去に殺人事件も起こらなかった平和だけれど決して豊かではない田舎町。ところどころに変な人もいる。ジョン・ウォーターズが自分の育ったボルチモアを舞台に映画を作り続けているのと同じ姿勢に思えます。
ダニエル ジョン・ウォーターズ!(笑) 確かにおっしゃる通り。僕は実在する場所を舞台にしていながら、作り手がそこに足を運んだり、住民たちの話を聞いていないような映画が大嫌いなんだ。そういう映画は一発でわかる。たとえハッピーな状況じゃなくても舞台になるその町への愛情が映画の中にしっかり描かれているか、とても重要なポイントだと考えている。
−−それで自分の生まれ故郷にロケした?
ダニエル うん。脚本も最初の段階ではアラバマが舞台じゃなかった。でも作業を進めるうちに、この映画はやはり自分の生まれ故郷、よく知っている町をベースに描きたいと思って内容を変えていった。
−−家族や知り合いがいたりして大変だったんじゃないですか?
ダニエル 全然困らなかったよ。逆に自分が育った場所だから細かい部分まで「実際はこうだ」ってこだわりながら作り込むことができた。例えば主人公一家の台所にどんなものが置いてあるか? そこで僕はおばあちゃんのスプーンのコレクションを飾って置いてみて、台所のリアリティを出してみた。勝手知ったる地元で撮影すると映画に強度が出るんだ。キャスティングも南部出身の俳優を中心に固めてみた。独特の訛りのあるセリフもみんなで練習してアクセントを揃えた。そうやってひとつの町で起こるドラマを完成させたんだ。
−−アメリカ南部を舞台にしたアクチュアルな問題で、『風と共に去りぬ』が配信停止になりましたね。この件についてどう思いますか?
ダニエル まず僕個人の考えとしては、今アメリカ中で起こっている「ブラック・ライブス・マター」運動はむしろ遅すぎたと思っている。それに脚本のビリーは『風と共に去りぬ』が大っ嫌いなんだ。間違いなく奴隷制のあった時代を取り上げて描いているのに、それについて登場人物たちは一言もその話をしないのはおかしい。しかし今でもクラシックとして『風と共に去りぬ』のファンは大勢いる。そんなわけでビリーはあの映画をとても嫌っていて、配信が止まったというニュースが流れたときは大喜びしていた。それにアラバマは保守的な州だけれど、今のアメリカの政治に満足していない人がとても多いんだ。
−−今回の映画にも多様な人たちが登場しますね。
ダニエル 撮影が楽しかったのは、LGBTから他民族までたくさんの登場人物を散りばめることができたからだった。小さな町だけれどいろんな人たちが普通に暮らしている様子を描けてハッピーだったよ。こういう映画作りは偏見に晒されている少数の人たちにパワーを与えることができると思っている。
−−初めての殺人事件解決に燃える女性保安官も性的少数者ですが、それも敢えて強調するような表現はしませんね。
ダニエル 彼らの描写は間接的に演出して、それで伝われば十分なんだよ。異なる属性を持っているとわざと強調した演出をする必要はないんだ。だって彼らは普通に存在しているだろう? このスタンスで描き切ったことについて、僕は大いに満足している。
−−『スイス・アーミー・マン』に続いて、映画のフックに死体を使ったのはなぜですか?
ダニエル 『ディック・ロングはなぜ死んだのか』に特化して言えば、死体そのものというより、死んだディックと彼の友人たちがひた隠しにしていた秘密がテーマになる。ディックが死んだ後、彼らが隠していた出来事が瞭らかになっていくことで周りの人にどれだけの悪い影響を与えていくか。それこそがテーマなんだ。ひとりの人間が死に、その結果として隠蔽されていた真実が明らかになり、彼らの家族、友人たちがとんでもない状況に追い詰められるドラマだよ。
−−確かに表沙汰になると困るような事実がどんどん明らかになります。観ていてこちらが困るくらいに。
ダニエル それが何を意味するかというと、ディックというひとりの男の死に対して、彼の友人2人がくだした悪い判断が、結果として家族や町の人たちを苦しめてしまう辛さだよね。ましてやディックの死の原因は、誰にも知られたくないようなアンモラルなものだ。それを観た観客たちが映画の真意をどう受け止めるかにも繋がる問題になるよね。
−−それがはっきり描かれるのは主人公ジークの奥さんを演じたヴァージニア・ニューコムが見せる表情の変化ですね。彼女は町に変態殺人鬼がうろついていると怯え、挙動不審な旦那も頼りない。そして真相が判明した瞬間、ものすごい表情の変化を見せる。しかも凄いアップで。
ダニエル あのシーンを撮ったときは相当に覚悟したんだ。リハーサルなしで一発勝負の撮影をやった。カメラがヴァージニアの顔の真ん前に置かれているから、僕は彼女の表情の変化を直に見ることができない(笑)。だからモニター越しに表情が変わる演技をチェックする羽目になった。この映画で最もリスクが高い撮影だったけれど、ヴァージニアの、まさにあの瞬間を生きているという感覚が表情に表れていた。モニターを見ながら僕も感激したよ。
−−リスキーな描写にはもうひとつ、ジークの小さな娘さんが「お父さん、フェラって何?」と執拗に聞いてくるシーンがありました。
ダニエル フェラ? ああ、コックサッカーね! あれは本当にハードだったよ(笑)。僕だって子供にトラウマを与えるような演出は嫌いだし、そんなことはしたくなかった。映画を観ていても子供が悪い言葉を使うようなシーンになると動揺してしまうんだ。
−−それでも、監督はやり遂げた?
ダニエル 本当にどうしようかと迷った。でもあのシーンは本当にダメなお父さんだけれど娘はパパを愛しているという親子関係と、両親が最悪の状況になっている様子に娘も苦しんでいるかを表現する必要があった。だからやっぱり妥協できなかったんだ。ましてや娘役のポピー・カニングハムはプロの子役じゃない。今まで演技の経験がなかったんだ。
−−大変じゃないですか!
ダニエル だからあのシーンの撮影ではポピーに別の言葉を言わせたんだ。コックサッカーじゃない。ホットハッガーという言葉をね。これなら口の動きはほぼ同じだ。その後で編集の段階に声を入れ替えた。だから安心してほしい。彼女はコックサッカーとは言っていません。
−−映画はA24で製作されました。アリ・アスターの『ヘレディタリー 継承』など過激で一歩先を行くインディーズ映画を多く作っていて、日本でも支持されています。彼らとの仕事は有意義でしたか?
ダニエル 実は……最初にこの映画の企画を持ち込んだとき、A24サイドは「ちょっと考えさせてくれ」と言ったんだ。社内でかなり問題になったようだった。それでも実際に作ると決まってからのサポートは行き届いたものだったし、映画をよりいいものに、よりユニークなものにするように応援してくれた。「もっと凄い内容にしてほしい」と彼らが後押ししてくれたおかげで、僕も「もっとやってやる!」って気持ちになったな。
−−『ディック・ロングはなぜ死んだのか』は2019年の映画ですが、現在進行形のコロナ・パニックに通じるところがあります。根拠のない噂、コミュニティの中で人間関係が狂っていく。何か予言的です。
ダニエル うーん(笑)。撮影した当時と今の自分とでは違う人間になっているからなあ。確実に言えることは、世界中が誤った情報でヒステリックになっているこの状況、人々が恐怖をコントロールできなくなる有様は理解できている。今の質問の答えになると思うけれど、不安で正気を保てないこと、情報をうまく処理できないことが今のコロナ・パニックをより困難なものにしている。ここしばらくの間、僕は感染症を描いたアジア映画を何本も観ていた。それで思ったのは、アジアはSARSを体験した上でそれらの映画を作っている。アメリカは今未知の状況にある。その差異が映画に反映されているのは興味深いと感じている。
−−最後に、今後の映画作りについて聞かせてください。
ダニエル 2本の企画を準備しているけど、両方ともまたクレイジーな映画になるよ。あと『ディック・ロングはなぜ死んだのか』はぜひ映画館で観てほしいって読者の皆さんに伝えてほしい。映画が終わった後、絶対に誰かと何か話たくなるものを作ったから。特にヴァージニアの顔のアップ演技について語り合ってほしいな。

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