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特別インタビュー 「DOOR」シリーズ第2弾『DOOR2』が奇跡の復活。VHSのみ発売された幻のフィルム撮り作品が初の劇場公開。原版ネガの発掘経緯を配給会社の生駒プロデューサーに伺う

タイトル写真『DOOR2』より ©株式会社エルディ

  80年代の日本。スプラッター映画が一大ブームだった時代に、一本の映画が誕生した。1988年5月14日に公開された、高橋伴明監督の『DOOR』。池田敏春監督の『死霊の罠』と2本立てで公開された。両作品とも、ディレクターズ・カンパニーによる製作。『太陽を盗んだ男』の長谷川和彦を中心として、高橋ら若手監督たちが、自分たちの望んだ映画を撮るという理想の下、立ち上げた映画会社だ。設立された1982年から、休眠会社となった1992年までの間、『人魚伝説』(1984)や『台風クラブ』(1985)などの娯楽要素を持ちつつも作家性が強い映画が作られた。『DOOR』もその突出した暴力描写と恐怖演出で、当時の観客を圧倒した。

『DOOR デジタルリマスター版』メインビジュアル ©エイジェント21 、ディレクターズ・カンパニー

『DOOR』は、マンションに住む平凡な主婦・靖子(高橋惠子)が、ある日を境に、変質的なセールスマン(堤大二郎)に狙われるスリラー映画だ。執拗な嫌がらせを続ける男はついに靖子の部屋に上がりこみ、平和な家庭を侵略しようとする。夫(下元史朗)が不在の中、自身と息子の命を守るため、靖子は刃物を手にし、男と凄絶な死闘を繰り広げる。

『DOOR』より。1枚のドアが平穏な日常と狂気の世界を隔てる ©エイジェント21 、ディレクターズ・カンパニー

 刃が人体に深々と突き立てられ、チェーンソーがうなり、噴き出す鮮血が部屋じゅうを真っ赤に染め上げていく。Jホラー(厳密にはジャパニーズ・ゴア・ホラー)の原点とも呼ばれる本作が、令和の時代によみがえった。発見されたオリジナルネガを基に、撮影監督・佐々木原保志の監修で2Kレストアされた『DOOR デジタルリマスター版』は、昨年の第35回東京国際映画祭・日本映画クラシックスに正式出品され、大いに話題を呼ぶ。今年2月からは東京・ケイズシネマ他で全国順次公開中だ。

『DOOR』より。鮮烈な暴力描写が当時の観客の度肝を抜いた ©エイジェント21 、ディレクターズ・カンパニー
東京・ケイズシネマでの『DOOR デジタルリマスター版』舞台挨拶の様子。(左から)高橋伴明監督、高橋惠子、堤大二郎、下元史朗

 そして、「DOOR」シリーズの二作目『DOOR2』も復活を果たした。『DOORⅡ TOKYO DIARY』の題で1991年にVHSのみでリリースされた、この幻の作品が32年の時を経て、初の劇場公開となった。

『DOOR2 デジタルリマスター版』メインビジュアル ©株式会社エルディ

 高橋伴明監督、水谷俊之脚本の『DOOR2』は前作とは直接のつながりはないが、共通したテーマ性を持っている。どちらも、扉を隔てた向こう側に待ち受ける未知、それと遭遇する人間が変化していく様を描いた作品だ。前作では、恐怖のストレンジャーがもたらす、圧倒的な暴力に抗う主婦の物語だったが、本作ではコールガールで数々の男たちと出会う、あっけらかんとした女子大生・アイが主人公。日活ロマンポルノの時代が終わり、90年代初頭を席巻したトレンディドラマの流れの中、都会の片隅でつむがれる男女のエロティックな物語だ。
 主人公のアイ役に、高橋監督の『ネオチンピラ 鉄砲玉ぴゅ~』に出演した青山知可子。アイを翻弄する謎の男にジョー山中。他、風見しんご、山田辰夫、大杉漣、峰岸徹、犬塚弘、寺田農らが集結。前作で主人公を演じた高橋惠子も貫禄ある凄みを見せる(役柄は別のキャラクター)。
 男たちとの性体験と、時に暴力による血まみれの戦いを経て、アイは誰に依存することもなく、自らの意思で“ここにいること”を選択し、自己を確立する。徹底して他者を拒絶した者だけが目にする新世界に到達したアイを祝福する清々しいまでのラストシーンは、『新世紀エヴァンゲリオン』を想起させ、90年代の“個の時代”と、ゼロ年代のサブカルチャーで見られるようになる、“セカイ系”を結びつける特異点と言ってもいい映画だ。
 3月31日に東京・池袋HUMAXで上映された際の舞台挨拶で高橋監督は「エロティックですけど、爽やかさみたいなものもある」と言い、本作がある種の青春映画でもあることを説明した。そして、「実際にこういう仕事をしている人に取材もしました。当時の若者の心情みたいなものを、ある一面かもしれないけども、正直な若者の生態を描いたと思っています」と語った。高橋の眼差しは温かく、人生の大海を不器用ながらも必死で体をバタつかせて泳ぐ若者に、エールを送るかのようなラストシーンは感動的だ。

『DOOR2』製作当時を振り返る、高橋伴明監督

 今回のデジタルリマスター版を配給するアウトサイドのプロデューサー・生駒隆始氏はディレクターズ・カンパニーの出身。黒沢清監督の『地獄の警備員』ではプロデューサーを務めた。2021年に『地獄の警備員』のデジタルリマスター版が公開された際も、原版ネガの返却交渉から始めたことで公開にたどり着くことができたという。幻の『DOOR2』が息を吹き返すに至った経緯を伺った。

(2023年4月、東京某所にてインタビュー)

−−よろしくお願いします。『DOOR』と同様、『DOOR2』も原版ネガが長らく行方不明だったとのことですが。
生駒 去年の3月くらいに『DOOR』のデジタルリマスター版が完成したんですけど、高橋監督や撮影の佐々木原さんとお茶を飲んでいるときに、僕が監督に何気なく『DOOR2』のことを聞いたんです。監督は「ネガを含めてどうなっているのかわからない」と。当時、担当したプロデューサーの連絡先だけはわかるから、それをたどって探してくれと(笑)。
−−そこから、ネガハントの旅が始まったんですね。そのときはまだ、『DOOR2』の上映が企画されていたわけではなかった?
生駒 素材がどういう状態なのか想像がつかなかったですから。ただ、ネガとポジだけはあるだろうと。16ミリで撮った作品なので、あるのは間違いない。いまはもう倒産した、当時の製作会社ホールマンオフィスの担当プロデューサーである松浦繁治さんに連絡をし、事情をお話して。
−−最終的な現在の権利者は?
生駒 現在はエルディという会社が持っていました。松浦プロデューサーの当時の上司である藤中秀紀さんの会社なんです。藤中さんは僕がディレクターズ・カンパニーに居たことはご存知なかったんですが、ディレカン出身だということをお話したら、共通の知人がいたこともあり、気持ちを許していただいたみたいで。
−−ディレカンがつないだ縁ですね。
生駒 藤中さんが「茨城の倉庫に眠っているので、送るよ」と言ってくださいました。
−−倉庫というのは、会社ではなく?
生駒 藤中さんがご自分で個人的にいろいろ保管している倉庫のようです。それで、送ってきてくれたんですが、到着したのが16ミリのポジプリントだけでした。藤中さんに、ネガを探したいので当時のラボの場所を伺ったんですが、全然覚えてないと(笑)。
−−なるほど……ネガハントの旅が続きますね。
生駒 イマジカ、東京現像所、東映ラボ・テック。この順番で交渉していって。最後に探した東映ラボ・テックが持っていたんです(当時の商号は東映化学工業)。東映化工に預けたのは、高橋監督の会社のブロウアップだったんですよ。それで、ブロウアップから返却願いの一文を書いてくれれば、ネガをお返ししますと。高橋監督に報告すると、「ブロウアップは、惠子が社長になってるんだよ」と言われ、高橋惠子さんにサインを頂いて。
−−ついにネガが戻ってきたんですね。ここからリマスターの作業に入ると。
生駒 クープという、管理や技術、料金の面でもすごく理解のある会社があるんですが、『DOOR』も『DOOR2』もそこでリマスターの作業をしました。『DOOR2』の作業をお願いしたら、担当の方から慌てて電話がかかってきて。「ここまでひどいネガは見たことない」と。
−−それはどういう……。
生駒 ネガで使えない部分があって。退色ではなく、変色して黄色くなっている。苦肉の策で、3分の2を原版ネガ、残りの3分の1を上映用のポジプリント、これらを合わせて完成させました。
−−『DOOR』のときは、撮影の佐々木原さんが監修をされましたが。
生駒 『DOOR2』を撮影した三好和宏さんは引退されて、いまは遠方に住んでいるんです。だから、呼ぶわけにもいかない。実は内々の関係者向けに、国立映画アーカイブの試写室で16ミリの試写をしたことがあるんです。その際、撮影監督は不在というのがわかってて。それで、クープ側でカラコレ(カラーコレクションのこと。映像の色彩補正をする作業)の担当者を立てました。結果、リマスター作業はうまくいきました。高橋監督も、ネガとポジのつなぎ目すらわからないとお話されて。16ミリだとどうしても画面が暗くなるけど、印象が変わるくらいに明るく、いい形で仕上がった。
−−スクリーンで鑑賞した際、とても画質がよかったので、元の素材がいい状態だったのかと思っていました。
生駒 リマスターの技術はすごくて、16ミリのポジプリントでもリマスター作業ができないことはない。でも、やっぱり原版ネガの色がベースになるので。今回は苦肉の策でした。
−−国立映画アーカイブといえば、最近、個人や現像所が、保存し続けられなくなったフィルムを寄贈することが増えています。
生駒 国立映画アーカイブで試写する際、条件を言われました。ネガとポジを寄贈してくれるなら試写室を貸しますよ、と。
−−足元を見てますね(笑)。
生駒 元々、寄贈するつもりでしたから。権利者の藤中さんにも了承してもらっていて。だから、いい機会ではありました。

『DOOR2』より。本作は女性の自立を描いたドラマだ ©株式会社エルディ

−−リマスター作業もなんとか進行したということで、次は上映へ向けて動かれたのでしょうか。
生駒 そのときはまだ『DOOR2』を公開するか悩んでたんです。劇場側には、もしかしたら『DOOR2』も出せるかもとは話してたんですが、スケジュール的にぎりぎりだった。12月にリマスター作業を開始して、今年の2月頭くらいに完了、3月に封切ですから、出来上がってすぐの公開。
−−しかも、VHSでしかリリースされておらず、初の劇場公開を迎えるフィルム撮りのビデオ作品。異例づくめですね。
生駒 こういう試みは僕以外でも続いてほしいですね。フィルム撮りの作品はいっぱい眠ってます。『DOOR2』もビデオ作品ではあっても、フィルムで撮ってますから、映画の感覚で作ってますし。いまの作品より多くの予算がかけられている。8000万円くらいはかかってるらしいです。
−−豪華ですよね。出演者の方々もそうですし、撮影場所も大きな屋敷や豪華客船とか。
生駒 豪華客船のシーンは一日撮りで大変だったみたいです。あの撮影は監督もハラハラしたらしくて。主人公のアイが海に飛び込むシーン、あそこだけはスタントらしいんですが。たまたま波がない、なだらかな瞬間を狙って。室内でも撮りつつ、海が穏やかなときが来たら、そっちを撮らなきゃって。
−−泳いでる場面は青山さんご本人ですよね。泳ぎながら笑顔を見せて。
生駒 大変だったと思いますよ。
−−前作ほど多くはないですが、本作でも人体損壊のバイオレントなショック描写があります。それと、扉を開いたら、その向こうには水で満たされた空間が広がっているシーンが幻想的で、心に残りました。
生駒 監督に聞きましたが、あそこの水のシーンはブルーバックで撮った合成らしいです。暴力シーンでは特殊メイクも駆使してますし、非常に手間をかけた作品です。
−−ジョー山中さんの髪型もすごかったですね。アイパーリーゼントみたいなガチガチのヘアスタイルで、さらに後頭部からは、部族のように結わえた一本を垂らしているという。
生駒 オープンカーを運転してても乱れない(笑)。 ジョー山中さんのキャスティングは製作会社の了解を元に、高橋監督が希望した配役なんです。内田裕也さんには一応、話を通して(笑)。
−−仁義を切って(笑)。あと、気になっていることがあります。ビデオ発売時には『TOKYO DIARY』というサブタイトルが付いていました。今回それを外したのは?
生駒 僕の判断です。高橋監督や製作会社にも了承していただいた上で。今回、よみがえらせるために『DOOR デジタルリマスター版』、『DOOR2 デジタルリマスター版』と並んでいる方が分かりやすいかなと。『TOKYO DIARY』がアルファベット表記でもあるので、読みづらかったですし。
−−なるほど、「DOOR」シリーズとしてのわかりやすさを重視したんですね。
生駒 実は『DOOR2 東京物語』という新たなサブタイトルも考えたんですが(笑)。
−−東京の話ですし、確かにわかりやすい(笑)。ただ、東京が舞台ですけど、わりと横浜あたりでも撮影してましたね。『DOOR2』は東京での上映をはじめに、関西など他の地での上映も予定されていると聞きます。さらに、一作目の『DOOR』は海外の映画祭に出品されるとか。
生駒 7月に開催される韓国の富川国際ファンタスティック映画祭です。日本国内の上映後に、海外の映画祭の反応で、また国内でよみがえるかもしれません。高橋監督からも「長期戦になるね」と言われました。海外で『DOOR』が広まり、もしかしたら海外からホラー映画のオファーが来るかもしれませんよとお話させていただきました。70歳を過ぎてからのホラー作家(笑)。
−−“ホラーの高橋伴明”に(笑)。
生駒 「ホラーをやるにしても、テーマがないとな」と高橋監督は言ってましたけど、ジョージ・A・ロメロも社会派ホラーを作ってますから。
−−『DOOR』、『DOOR2』ともにさらなる拡がりを見せていくことを願っております。本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。ネガハントの話を伺って、映画の保存に関する問題は、差し迫った重要課題であることをあらためて認識しました。
生駒 国立映画アーカイブに寄贈するにしても、個人の力では限界があります。ですから、国立映画アーカイブと民間との間に入る第三者機関がないとフィルムは生き残れない。ビジネス抜きで、そういうことをする人たちが必要だと思います。それと、フィルムを所蔵する国立映画アーカイブとは別に、ビデオ作品を保存、管理する国立ビデオアーカイブみたいなものも必要かと。これらは今後も追求していくべき問題です。【本文敬称略】

『DOOR デジタルリマスター版』、『DOOR2 デジタルリマスター版』は2023年、全国順次公開中。
(取材・文:後藤健児)

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