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町山智浩単行本未収録傑作選31・漫画編2日本にカルト・ファシストが生まれる『ジャパッシュ』&『ワイルド7』『俺の新選組』 望月三起也のイカし(れ)たヤツら!

文:町山智浩
初出:『まんが秘宝』Vol.2 1997年
 
 望月三起也の『ワイルド7』。1969年から11年間にわたって『週刊少年キング』(少年画報社)を支えた、文句なしに日本一の男泣き漫画である。
 今、通して読んでみて気づくのは、スクリーントーンを断固として使わず背広のガラまで点描で表現するアシスタント泣かせのガンコ職人ぶり、ではなくて、妙にムチムチとした女体がからむのに飛葉ちゃんだけは最後まで童貞くさい、ひょっとしてヘボピーとゲイ? でもなくて、悪役に大物がいないってことである。『ワイルド』の悪党どもは、どいつもこいつも東映系。つまり悪人ですよと顔に書いてある、明快かつギャラの安そうな役者のような奴ばかり。
 もちろん、デモ隊の火炎ビンで親兄弟を殺された復讐に左翼活動家を次々に処刑するゲリラハンターのユキは、『あの胸にもういちど』のマリアンヌ・フェイスフルや峰不二子と並ぶ世界三大革ツナギ女王サマだけど、彼女は後にワイルドの仲間入りするので別格。とすると、『ワイルド』史上、飛葉ちゃんとタメ張る敵役は、第16章「熱砂の帝王」の帝王(カイザー)しかいない。
「熱砂の帝王」は、アメリカはテキサスに出張した飛葉ちゃんが、武装したバイカー九百人に包囲された西部の田舎町を七人の用心棒とともに死守するという現代版『荒野の七人』。その町の住民から、帝王(カイザー)と呼ばれ崇拝されている日本人がいた。彼の本名は秋戸十次郎。日本の首相を三人連続で刺殺したテロ集団「昭和暗殺隊」(左翼か右翼か識別不能)の首領。飛葉ちゃんの当初の目的は、彼の処刑だった。
 ところがカイザーは巧みな話術で飛葉をさんざん利用した挙げ句、ハッタリかましてまんまと生き延びてしまう。結局、続く「超高層の決闘」でやっととどめを刺されるのだが、二章続けてキャスティングされた悪役は『ワイルド7』史上、カイザーが最初で最後。
 それにしても、天才的戦術家で剣の名手、おまけに歌舞伎の女方のような美青年でアメリカ娘も皆メロメロというこのカイザー、主役の飛葉ちゃんを圧倒するカッコよさ。ここでは、カイザーのような「冷たい目をした野心家」を主人公にした一連の望月三起也作品について書いてみたい。
 望月漫画って、飛葉ちゃんも、『秘密探偵JA』も『最前線』も全部同じ顔じゃん、とよく言われるが、そんな「ドングリまなこの熱血漢」を望月一座の表看板とするなら、カイザー系の「役者顔の男」たちは「裏の系譜」。なかでも『ジャパッシュ』の主人公ヒカルは、最も強烈なダークサイドである。
 
●三島事件に呼応する『ジャパッシュ』
 
 ちょっと前、村上龍の『愛と幻想のファシズム』という小説が売れたことがあった。某メジャーアニメの監督がカブれて登場人物の名前を流用したりしていたが、オレはどうもノれなかった。『ジャパッシュ』のデッドコピーにしか思えなかったからだ。
『ジャパッシュ』が『週刊少年ジャンプ』に連載されたのは、1971年に三島由紀夫が右翼集団「盾の会」を率いて市ヶ谷の自衛隊を占拠、自衛官にクーデターを呼びかけるが相手にされず、割腹自殺した直後だったと思う。三島事件と関連する漫画には山上たつひこの『光る風』という名作があるが、『ジャパッシュ』のほうがはるかに「燃える」作品だった(どうでもいいが村上龍は『コインロッカー・ベイビーズ』の発端部も『光る風』そっくりだったりして、どうもオタクくさいな)。
 アレキサンダー、ジンギスカン、ナポレオン……歴代の世界征服者の名前と、その誕生年を予言した石碑が、マヤの遺跡から発見される。そして、ヒットラーの次にはこう書かれていた。
「ジャパッシュ 1956年生」
 その1956年、東京の下町の八百屋に日向ヒカル(光)という男の子が生まれる。その赤ん坊の顔に言い知れぬ恐怖を感じた産婆は産湯で溺死させようとするが、逆に感電死させられてしまう。なんとゼロ歳で殺人デビュー。
 マヤの古代文字を解読したろう考古学者も、小学生になったヒカルを見て「ジャパッシュ」だと直感し、殺そうとして逆に二人目の犠牲者となる。
 1968年、中学一年のヒカルは、勉強もスポーツも全校でビリのいじめられっ子だった。しかし、それは全部演技。鏡の中の、女なら誰でもイチコロと言われる美しい顔(という設定なんです)を見ながらヒカルはつぶやく。
「オレの、この女に対しての魅力、こいつをフルに活用すれば女はすべておれのために命を捨てる。それがどんな権力を生むか」
 柳沢きみおの主人公みたいなセリフだが、ヒカルの野望のほうが一万倍はデカい。街頭でゲバ棒を振るう学生運動家たちを冷ややかに見つめる中学生のヒカル。
「あんなことで権力者は追い払えるものか」
 そのときヒカルの目は、ショーウインドーの戦車のプラモに吸い寄せられる。革命の混乱期に権力を横から強奪したファシスト、スターリンの名を冠した戦車である。
 女生徒たちに金を貢がせていることを知られたヒカルは、不良グループに公衆便所でリンチされる。しかしアイススケート靴(の刃)で乱打され肋骨を折られても表情を変えないヒカルに底知れぬ畏怖を感じた不良たちは、逆にヒカルの舎弟になってしまう……どっかで読んだことない?
 この展開。そう、能条純一の『翔丸』。あれも、きっと『ジャパッシュ』のパクリだよ。
 そして1971年、高校に入ったヒカルたちは、その地域一帯の不良たちとともに総番長から呼び出され、学校の屋上で服従を誓わされそうになる。そこで突然ヒカルは子分の針田にこうつぶやく。
「ここは四階の屋上……。何秒で下へ行けるかな? おれは知りたい」
 針田は無言で屋上の柵を越え、転落。即死。
 戯れの一言にも命を捧げるその忠誠を見て、不良どもはいっぺんにヒカルの軍門に下る。「男一匹ケンカ道に命をはって」などと叫ぶ総番をヒカルが「週刊誌の番長漫画に出てきそうなセリフだな。次元の低い」とあざ笑うのは、同じ『週刊少年ジャンプ』の大人気連載『男一匹ガキ大将』へのあてつけか?(本宮ひろしも『男一匹』の後、『ジャパッシュ』的番長革命漫画『大ぼら一代』を描いているが)。
 ヒカルは配下の不良どもを海運会社や建設会社などで働かせ、その見返りとして企業から得た資金で、「ジャパッシュ」なる集団を旗揚げする。
「日本古武士の伝統である美と正義を貫こうとする青年集団」というジャパッシュの制服は、三島由紀夫がピエール・カルダンにデザインさせた「盾の会」の制服そのもの。ヒカルは三島と違ってゲイではないが、美男子であることはジャパッシュの入隊資格だ。
「美男が資格となればツラに自信のあるやつはだまってても入団しにくる」
 世間は、当然のごとく「軍国主義の復活か」と眉をひそめるが、しょせんジャニーズ系の兵隊ゴッコとタカをくくる。ナチのSS(親衛隊)もまた美男子が条件だったことを忘れて(ただしSSの隊長ヒムラーは不細工だった。ちなみにジャパッシュの宅八郎顔の参謀の名は氷村)。
 ナチは、いかにしてドイツを支配したか。暴力と恐怖によってではない。巧みな宣伝とイメージ戦略によってである。そうして大衆の人気を集めたヒットラーは、選挙という公正なる民主主義の手続きを通して政権を握ったのだ。ジャパッシュも、まず北海道の知事選挙で候補者を擁立、ジャパッシュの応援団で女性有権者の票を集め、当選させる。
 ヒットラーと同じく投票によって独裁者になったナポレオンは、王党派ゲリラの武装蜂起を鎮圧した功績が認められて国軍を掌握した。それに倣ったのか、ヒカルは巧みに左翼過激派を操り、自衛隊武器庫を襲わせ、警官隊との市街戦に誘いこむ。
 そして、警官隊が敗走したところにあらかじめ用意したジャパッシュを投入、いっきに過激派を退治してみせたのだ。これで治安維持能力を認められたジャパッシュは政府から正式に左翼活動を取り締まる警察権を与えられる。
 ヒカルはデモのために集結した全共闘の学生たちの前で壇上に立ち、ロシア帝国軍を演説ひとつで赤軍に寝返らせてしまったトロツキーのごとき弁説で、彼ら左翼青年たちの心までがっちりつかんでしまう。
 こうして巨大化していくジャパッシュを恐れた政府は、ジャパッシュを自衛隊の指揮下に吸収する法案を国会で通そうとする。だが、それを知ったヒカルは、法案を支持する与党議員全員を旅客機もろとも爆殺。しかもその暗殺の濡れ衣を自衛隊幹部に着せて逮捕、監禁、拘束したうえに毒殺。いっきにジャパッシュは首都の自衛権を乗っ取る。
 ところが北海道の自衛隊がソ連と手を結び、ジャパッシュに骨抜きにされた中央政府に反乱を開始。しかたなく総理大臣は反乱討伐の権限をジャパッシュに与えてしまう。そして1976年、北海道独立戦争を見事におさえたヒカルは国民の英雄となり、あくまで民主的な投票によって日本の独裁者となるのである。さあ、次なる目標は世界征服だ!

『ジャパッシュ』単行本(双葉社版)

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