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自己紹介 小児障がい児専門鍼灸マッサージ師になるまで

この記事を読んでいただきありがとうございます。
あなたにとって、少しでも何かの学びや発見のある時間となれば幸いです。

初めてのnote投稿になりますので、自己紹介させていただきます。


1、ごあいさつ

はじめまして。
僕は、大阪にて、脳性麻痺・PVLなどの小児障がい児専門の鍼灸マッサージ師(はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師の略語)として活動しています、辻瑛一(つじえいいち)と申します。

僕は現在、小児障がい児専門の訪問鍼灸マッサージ 「つじラボTouch」(旧はなまる治療院) を自営で運営しています(2024年10月末で独立して丸7年になります!)。

治療院ホームページ
https://tsujilab.jimdofree.com/

1984年生まれ、今年40歳。
現在、小3、小1、年少、1歳児の4児の父です。

趣味はゲーム、アニメや映画鑑賞、ミニ四駆やガンプラも好きな、いわゆる「オタク」なタイプの人間です。

2、独立開業までの簡単な経歴

高校卒業後、現役で大阪の鍼灸マッサージの専門学校に入学。2007年、21歳の時に卒業し、はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師の国家資格を取得しました。
 
資格取得後は、鍼灸接骨院、リラクゼーション店などを転々とした後、2011年、25歳の時、偶然、高齢者向けの訪問マッサージという業種に出会い、一人ひとりの患者さんに集中できる訪問マッサージというスタイルと自分の性格の相性が良かったようで、それ以降は、現在に至るまでずっと訪問鍼灸マッサージに携わっています。
 
2017年、33歳の時、独立し訪問鍼灸マッサージ治療院を開設。

独立当初も、高齢者への訪問施術を主として行い、今も子どもたちへの訪問施術をメインとしている、現場一筋の鍼灸マッサージ師です。

3、高齢者から小児障がい児への転機

独立当時、高齢者への訪問施術を頑張っており、当時は今のように小児障がい児に携わることになるとは、全く考えていませんでした。

ところが、とある50代の女性の患者さんとの出会いが大きな転機となりました。

その女性の患者さんは、50代前半という若さで脳出血を発症。数週間意識不明という重篤な状態から奇跡的に意識が回復したものの、起き上がることも、座ることも、喋ることも難しく、一生寝たきりと言われ、突然の事に困ったご家族は、病院の勧めるまま、50代という若さでいわゆる老人ホーム(正確にはサービス付き高齢者向け住宅)への入居を決めました。そこで、たまたまその施設に訪問していた僕が担当するようになりました。
 
訪問施術をスタートし、会話は比較的で早い段階きるようになったので、意思疎通がスムーズになりました。
施術しながら、たくさんお話ししました。
 
脳出血で倒れるその日まで、普通に生活し、お仕事も楽しく頑張っておられたこと。
一方で、ご自身の体の状態に、すべてを諦めているような言動が多くみられました。
 
僕は、なんとかならないのかと、必死で勉強しました。

病気のことだけでなく、介護保険の仕組み、障がい福祉の仕組み、老人ホームに引きこもらず、社会復帰できる道はないのか・・・
 
そして、機能訓練も諦めずに頑張りました。
患者さん自身も、ご家族も、最初は「余計な期待を持たせないでほしい」と消極的でしたが、それでも、僕の母親より若くして寝たきり老人としての扱いを受けているこの患者さんをなんとかしたいって、強い思いがありました。
 
というのも、これまで、受け持つ患者さんのほとんどは75歳以上の後期高齢者で、積極的な治療、というよりは現状をいかに維持していくか、という「守り」施術方針であることが多く、50代というのはすごく若い方に入る患者さんでした。
 
だから、これから平均寿命まで老人ホームで寝たきり老人としての扱いが続くのかと思うと、いたたまれない気持ちになりました。
 
1年、2年と地道に機能訓練を続け、起き上がれるようになり、座れるようになり、不安定ではあるものの車椅子へ移乗ができ、3年ほど経ったころ、最終的には歩行器でなんとか歩ける、というところまで来ました。
 
この頃には、ご本人もご家族も、「希望」を持った前向きな言動が増えてきました。
 
この間、ケアマネや施設には、デイサービスや就労支援など、施設外での活動を検討してもらうよう、何度も掛け合いましたが、「安全面」を理由に断られ続けたので、どうすれば安全に動けるか、どうすれば施設の外に出られるかを必死で考え、工夫し、ケアマネや施設の出す条件を一つ一つ、クリアしていけるよう頑張りました。
 
そして、ある程度、条件が整ったと感じたタイミングで、改めて施設に相談しました。
 
すると、施設長からの答えは、
「就労支援やデイに行くなら退去になります」
 
でした。
そうです。最初からその患者さんに施設外サービスを受けさせるつもりは無かったんです。その瞬間、この3年間の頑張りは何だったのかと、怒りがこみあげてきました。
 
まず第一に、老人ホームは主に80代や90代といった高齢者を預かることを前提としています。つまり、施設内はとにかく安全優先です。積極的に何かにチャレンジしてもらうというよりは、究極は自室でベッドにずっと寝てもらっていることが、最もリスクが低い状態となります。そして、老人ホームの中でも「サービス付き高齢者向け住宅」は、自社の訪問介護サービスを受けてもらうという形であり、施設内にいる職員さんは、施設職員ではなく、訪問介護のヘルパーさんという位置づけです。
 
つまり、施設外のサービス、特に一日施設を空けることになるデイサービスや就労支援などに毎日のように出られると、自社の訪問介護サービスを減らすことになり、収益が下がります。
 
「安全面が」とか、いろいろ条件を付けていたのは表面上の話であり、本音のところは経営上の都合です。
 
後から冷静に考えれば、これは施設長やケアマネ個人の責任ではなく、制度つまり構造の問題です。
 
とはいえ、経営上の都合だったとしても、それで入居者の自由を制限することは、人権侵害であり、虐待であり、こんなことがまかり通る介護業界に、関わるべきではないと感じました。(もちろんすべての介護施設がそうではない・・・と思いたい。)
 
それ以来、老人ホームとは関わらない、と決意しました。
 

4、GLITTER式プログラムとの出会い

独立から2年後の2019年、35歳の時、たまたま参加した大阪のセミナーで、名古屋にある

一般社団法人日本小児障がい児支援協会
https://support-child.org/

の代表である青山かほる先生が講師として招かれており、そこで小児障がい児のための施術である「GLITTER式®プログラム」と出会いました。

ちょうど、老人ホームでの訪問施術の意義について悩んでいたタイミングでした。
 
最初は、興味本位というか何か新しいことを学びたいなと考えていたぐらいのノリでしたが、2020年、36歳の時、名古屋で開校されたGLITTER式®マッサージ、GLITTER式®はり治療、GLITTER式®自宅ケアの養成講座を受講し、そこから小児障がいの世界に飛び込みました。
 
小児障がいの分野は専門性と個別性が高く、非常に難しい分野ではありましたが、一方で高齢者と異なり、お子さんやご家族と直接つながることができたことで、お子さんの変化にご家族と一緒に一喜一憂し、施術家としてのやりがいを強く感じたことで、その後、どんどんのめりこむようになりました。
 
2022年、38歳の時、それまで高齢者と小児障がい児を並行して訪問していましたが、新規の受付を小児のみとし、小児障がい児専門の鍼灸マッサージ師として活動をスタートし、現在に至ります。

5、なぜnoteを始めたのか

小児障がいの分野は、専門性が高く、そしてニッチな分野です。

当事者ご家族も、小児に携わる専門職も、学べる知識や得られる情報が限られます。

しっかりと、専門的に学べる機会もあまりありません。

小児については、僕自身もまだまだ勉強中です。
だからこそ、学んだことをシェアしていきたいと思いました。
 
障がいを抱えるお子さんや、そのご家族。
一緒に成長できる施術家を目指して頑張っていきますのので、今後ともよろしくお願いします。

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