ライトノベル感想『Vのガワの裏ガワ1』

昨今、Vtuberを題材としたライトノベルが刊行されることが増えてきましたね。
配信者として活動する中で起きる事件や面白おかしい出来事を物語として綴り、読者を魅了する作品が次々と世に放たれる中、先日MF文庫さんからまた新たな形のVtuber小説が出版されました。

それが今回紹介する『Vのガワの裏ガワ』です。
多少のネタバレを含みますので、お手数ですが嫌な方はブラウザバックをお願いします。

作者:黒鍵繭先生 イラストレーター:藤ちょこ先生

さて、先ほど私はこの作品を異色のVtuber小説と評しましたが、どういった点が異色なのかを説明させていただきます。

まず第一に、主人公がVtuberではないということ。
主人公・亜鳥千景は高校生にして神絵師『アトリエ』として活動する大人気イラストレーター。
そんな彼の下にヒロインである海ヶ瀬果澪から『私のママになってくれませんか?』というメッセージが送られてくるところから物語は始まります。

Vtuberに詳しくない方に向けて説明すると、この場合のママというのはデザインを担当するイラストレーターを指します。
果澪は千景に「Vtuberとしてデビューしたいからそのデザインを担当してくれ」と頼んだわけですね。

これまで刊行されてきたVtuberライトノベルでは、基本的に主人公は配信者、Vtuberとして活動している人間でした。
しかし、この作品では主人公はVtuberではなく、その活動を応援する裏方としての立場に在る人間なのです。

この設定を活かしたもう一つの異色な点として、本作のメインとなる物語が配信部分ではなく、そのデビューまでの準備期間にあるというものが挙げられます。

これまでのVtuber作品では、主人公は既にVtuberとしてデビューしているorデビューを目前に控えたキャラクターであることが大半でした。
上で述べた通り、そういった立場の主人公が配信者として活動する中で起きた出来事を物語として描いてきたわけです。

しかし、この『Vのガワ』では違います。
イラストレーターである主人公をはじめとしたメインキャラたちが、完全にゼロの状態から果澪を新人Vtuberである『雫凪ミオ』としてデビューさせるために奮闘する……この部分が前半の肝となるわけですね。

本作の非常に優れた部分として、複雑なVtuberの設定等を物語の中でスムーズに説明しているというところを挙げさせていただきます。

上のイラストレーター=ママという説明であったり、Vtuberとしてデビューした人間が背負うリスク、さらには表情や動きをトレースする仕組み等が本当に自然な流れで解説されてあり、しかもそれがお話に組み込まれているため、説明っぽさがとても薄いです。
そのお陰で物語への没入を妨げられることなく、楽しくお話を読み進めることができました。

ストーリーの前半部分は、果澪がVtuberとしてデビューするまでのお話……千景が発足した『雫凪ミオプロジェクト』のメンバーが奮闘する様子が描かれます。
澪の要望を元に千景が雫凪ミオのデザインを作り上げ、それを2Dモデルとして落とし込むと共に動きや表情を作り込んでいく。
それと並行して先輩Vtuberの配信から様々な学びを得つつ、交流を深めたりしながらデビューに備える。

裏方である千景の目線から描かれる果澪が雫凪ミオになるまでの物語は仲間たちが一致団結して一つの目的を果たすべく尽力する、お仕事ものにして青春ものとでもいうべき王道なストーリー。
その努力の結晶とでもいうべき雫凪ミオのデビュー配信やそこからの快進撃は、読んでいて本当に爽やかな気分になれました。

……ですが、そんな単純なだけの物語で終わってしまうほど、この小説は甘くありません。
雫凪ミオがデビューするまでで物語は七割ほど進んでいるのですが、ここからの三割はとても衝撃的で重い展開が待ち受けています。

どんな展開が待ち受けているかはネタバレになるのでここには記しませんが……前半の王道であり、爽やかでもあった青春ストーリーからの落差によって、私はとても強い衝撃を受けました。
ある程度、Twitter上で情報を仕入れていた私ですらそうだったのですから、全く前情報を持たないままこの小説を読んだ方は凄まじいまでのショックを受けたことでしょう。

この部分が人を選ぶ点であり、この展開を素晴らしいと思う方もいれば、捻らず前半の青春ストーリーで締め括ってほしかったと望む方もいらっしゃると思います。

私個人としては、その両方の気持ちがちょうど半分ずつ心にある状態です。
Vtuberを題材とした作品として、配信者としてのガワの部分だけでなく、そのガワを被る中の人間の心情やそこにある背景を描写するというのは本当に素晴らしく、私もそういった部分にこそVtuber小説の魅力があると思っています。
しかし、あまりにも前半部分のストーリーが明るく王道であったため、この展開のままお話を進めても良かったんじゃないか……と思ってしまったことも確かでした。

しかし、後半に待つ重く苦しい物語では、キャラクターたちの様々な想いが描かれていました。
その想いが物語に深みを作り出している。あとがきで黒鍵先生が仰っていた、「Vtuberの中身というセンシティブな部分を描くからには、それを通して自分の描きたいテーマやキャラクターを明確に表現する」という想いが確かに伝わってくる、素晴らしい作品だったと思います。

この作品をまとめると、

Vtuberのデビューまでを描く青春物語とそこから続く人の感情を描いた二面性のある小説

ということになると思います。

正直に申し上げるならば、ストレスのない展開やラブコメを期待している方にはあまりおすすめできないかもしれません。
公式サイトに掲載されている可愛い女の子キャラたちと主人公とがイチャイチャする展開を期待している方が読むと、肩透かしを食らったような気分になる可能性もあります。

ですが、私個人の感想では間違いなく面白い、名作と呼ばれる作品だと思っております。
終盤の展開に向けての伏線も丁寧に張り巡らせてありましたし、やや唐突な印象も覚えましたが、それは作中キャラクターと読者との心情をリンクさせる仕組みだったのかもしれないと、少し間を空けて考えるとそう思ったりもしました。


主人公やヒロイン、そして雫凪ミオのデビューや中の人である果澪を見守り続ける人々の想い、感情、それを生み出す背景……青臭く爽やかなだけではない、簡単には表現できない複雑なものが、この作品では描かれています。
藤ちょこ先生のイラストも素晴らしく、特に表紙イラストは深く心に刻まれる美しいものでした。

Vtuberを題材とした小説がもっと広まってほしいと考える者として、また一人のライトノベルファンとして、是非ともこの小説は続きが読みたいです。
物語を通じて黒鍵先生が表現し続けてくださるであろうテーマやキャラクターに期待させていただきながら、第二巻の発売を楽しみに待ち続けようと思います。

※初めての感想投稿で読みにくいところ、ご不快に思わせるような内容の文章があったかもしれません
これから内容を改善していくために、よろしければご意見を頂けると幸いです。



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