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「こだわり」を認識して、一度横においてみる

最近気付いたことを書いてみようと思う。

人はそれぞれ「こだわり」を持っている。

僕は昔とても不思議に思っていた。同じ人間なのに、なぜ同じ食べ物を、美味しい不味いと言うのか。

もしくは、なぜ別の人間なのに、これは良い!という意見が一致したりするのか。

その適切な答えを持ち合わせていないので、これ以上話を広げることはできないのだけども、
人それぞれに出てくる個性には「こだわり」が関係すると思う。

ここでいう「こだわり」は、人によって意見が変わる場面において、自分はこう思う!という考えを持っているということを指すことにする。

好みや、逆に何が嫌いか、何を心地よいと思い、嫌悪感があるのか、そのような漠然としたものも「こだわり」と呼ぶことにする。

国語辞典の内容を借りると
「強い思い入れがある」
となる。


人と人がコミュニケーションにおいて衝突する時に、
この「こだわり」が大きく関係すると思う。


まず自分自身の「こだわり」が何なのかを分かっていない。
そしてその「こだわり」を横に置けない。
だからこそ相手の「こだわり」とぶつかることになる。

人それぞれで変化する「こだわり」をぶつけたところで優劣も決まるはずがなく、
不毛な争いが生まれる。


「こだわり」はどのように生まれるのだろうか。
生い立ちなどの、過去の経験、後天的なもの、
遺伝子レベルでの先天的なもの、
に大きく分かれるのだろうけども、
個人的に大きいと思うのは

「トラウマ」

これには大小があり、トラウマと言うレベルではないのかもしれない。
でもその人が経験して、嫌だったこと、憧れだったもの、寂しい気持ち、悲しい気持ち、心の奥底。
自分じゃ認識できない自分。無意識。

それが人それぞれの「こだわり」を作り出すのだと思う。


だからこそ、自分の「こだわり」を認識するのは、簡単なようで難しい。

自分は何を良いと思い、悪いと思うのか、
自分自身と対話する必要がある。

そしてその対話の方法で一番良さそうなのは、
どの場面でどんな感情になったのか、
ちゃんと認識して覚えておくことだと思う。


昔の恋人に未練があるかどうか、
それを調べる簡単な方法は、
元恋人が違う人と手を繋いで歩く姿を想像した時に、どう思うかだと思う。


そして、その「こだわり」が分かったら、
人と話す時に一旦横に置いてみる。

捨てるのではなく、置いてみる。

そうすると人の話が入りやすくなる。

それをしないと
牛乳を飲んだコップを洗わずに、そのままビールを入れるような状態になる。


これを意識的にできるようになると、
自分を殺さずに、人との衝突を避けることができる。


人との衝突を避けるということは、
自分の意見を一部殺す、
周りに適応するということを意味すると思う。


自分の「こだわり」が何なのかを理解せずに、
これをしてしまうと、
自分迷子になってしまうのだと思う。
いろんな意見に揉まれる中で、
自分の思いは何だったのか分からなくなる。

そして感情のまま、その時の気分のままに暴走してしまう。


それがコミュニケーションを阻害する一つの要因だと思った。



なので結論は
「こだわり」を認識して、一度横に置いてみる。

そうすると、
とても生きやすいように感じます^ ^

久々に書きましたが、思考の整理ができて良いですね。

継続していきたいです。

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