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緑色の彼女をさがして vol.35


二人は笑っていた。

私がトイレから戻ると、テーブルに運ばれたクリームソーダを見ながら友達が笑っている。

「すごい、こぼしたよね。」

二人はテーブルにこぼれたソーダを見て笑っていた。私がいない間にクリームソーダが運ばれて、店員さんは、こぼしたことには何も触れずに去っていったらしい。

私も一緒に笑いながら、白くて細いストローをグラスに入れた。とたんに勢いよく緑色の泡が沸き上がり、グラスの淵から流れ落ちていく。それを見て、私たちはまた笑うのだった。


20時、神保町の喫茶店。
神谷町の愛宕神社で初詣に行った後、御茶ノ水の楽器街で楽器を見て、御茶ノ水から歩いていたら神保町に辿り着いた。

神保町といえば喫茶店ということで、私たちは路地裏の喫茶店に入った。神保町の喫茶店は、お酒が充実しているイメージがある。純喫茶ではなく、喫茶店の古めかしい雰囲気でありながら、飲み屋のような気楽さが混在している。

私たちが入った喫茶店ラドリオもまた、その神保町らしさがあった。


去年、トリプルギターガールズバンドを結成した私たち。
見事にアー写だけが増えていった。

私は一人地道に曲を増やし続けているものの、一人はトランペット、一人はドラムに転身しようとしていて、もはやトリプルギターですら無くなってしまった。

挙げ句の果てに、こうなったらアー写だけを撮り続ける「アー写アーティスト」になろう、と言い出す。それはそれでかなり面白い。

でも私は「バンド」がやりたかったなぁと思うのだった。

クリームソーダを飲み終えて、たわいないことで声を出して大笑いした後、喫茶店を出た。


一人の友達と神保町の交差点で別れた後、もう一人の友達と来た道を戻り、御茶ノ水駅から中央線に乗った。


友達は「東京行き」私は「高尾行き」に乗るはずが、別れが惜しくなって、私は東京行きの電車に乗り込んだ。


電車の中で、ひどく落ち込んでいた話しが口からもれていく。クリームソーダのグラスから流れ落ちる泡みたいに、一度話し始めたら止まらなくなってしまった。


電車は、終点の東京駅にあっという間に到着した。東京駅に着いたアナウンスが聞こえても、私たちは座ったまま、電車から降りることをやめて話を続けた。

「東京行き」だった電車は、そのまま「高尾行き」の電車になって、また走り出した。

「居場所がない気がするんだよね」


電車に揺られながら話しをする。友達は否定も肯定もしない。


「頼れる存在とか、支えって、やっぱり恋をしないとダメってことなのかな」と、友達は言う。


「なんだかそんな気がしてきたんだよね、最近は」

電車は御茶ノ水駅に着いた。
私たちは顔を見合わせて、少し間を置いて「新宿に着いたら電車を降りよう」と言い合った。 新宿駅で電車を降りたものの、やっぱりさみしくなって、私はまた友達の乗る「東京行き」の電車に乗り込んでしまった。


神田駅で降りるはずの友達も、神田駅に着くやいなや「また終点の東京駅まで行ってから神田駅に戻ろう」と言う。


そうやって私たちは、
中央線の新宿~東京間を行ったり来たりし続けた。


電車に座ったまま「何回、行き来してるのかな、私たち」と言って笑った。本当に何回、中央線の上りと下りを往復したのだろうか。

渋々、私たちは神田駅で電車を降りた。そこで、友達は山手線に乗り換える。私は中央線に乗ったままでよかったのに、やっぱりさみしくなって、不要にも山手線に乗り込んだ。

もう笑うしかなかった。

私の往生際の悪さに、友達は「好きな人の前でもこの感じで行けばいいんだよ、ななえちゃん」と笑う。「好きな人には『ここでいいよ』とか言っちゃうよね~」と言ってまた笑った。


山手線 日暮里駅のホームに降りて、ようやく友達を見送った。エスカレーターから、走り去る電車に手を振った。

友達は笑っていた。



私は東京駅まで戻り、再び中央線に乗った。最寄り駅までの30分あまり、読みかけていた、よしもとばななの「キッチン」を読み始めた。

家族をなくし、唯一の肉親だった祖母が死んでしまった主人公。その女の子の前に現れる、祖母と親しかった青年。家族も家もなくした女の子は、その青年の家で暮らし始めることから物語は始まる。


青年が女の子に言う。

「おばあちゃんはいつも君の心配をしていたし、君の気持ちがいちばんわかるのは多分、ぼくだろう。でも、君はちゃんと元気に、本当の元気を取り戻せば、たとえいくらぼくらが止めたって、出て行ける人だって知ってる。けど君、今は無理だろう。無理っていうことを伝えてやる身寄りがいないから、ぼくがかわりに見てたんだ。利用してくれよ。あせるな。」



私は思い出した。
去年、違う、もう年が明けてしまったから一昨年、父と別れたあとのこと。

去年の春、隣の家の同級生と歩いて帰っていた時のこと。
「なんかさ、ななちゃんのお父さんの笑顔が忘れられないんだよね」と彼は言った。

「大丈夫」よりも「元気だして」よりも、割れ物のように扱われるよりも、その言葉には気持ちがあったこと。
家族じゃない友達が、家族である私と同じ目線で、悲しいと思っている、それがとても嬉しかった。嬉しいという表現は少し違うのかもしれない。

父の姿、声、思い出をいつか忘れていくのではないかと考えては、いつも怖かった。

同情ではない友達が感じた悲しみに、私は不意に安心して「自分がこんなに寂しがりやだとは思わなかったんだよね」と弱音を吐いたことを覚えている。

父がなくなってしばらくしてから、母に「あんたにも、弱音を吐けるような支えになる人が、今、いてくれたら良かったって思う。そしたら安心だった。だから、そういう存在が居なかったことは、可哀想だったなって思うよ」と言われたことがあった。

父がなくなって、仕事を辞めて、引越しをして、追われるがまま生活をして、変化した生活に慣れ始めた今、前よりもさみしくなってきた。前よりも一層、孤独が浮かび上がってくる。

キッチンを読んでいたら、自分が訳もなく落ち込んでいた、その理由に気づいてしまった。私が探していたのは、青年の台詞のような存在だったんだろうと思う。

母がいる。
でも父をなくした母の悲しみは、私には計り知れないし、母や家族とは悲しみを共有することしか出来ない。

さっき友達に話していた、「居場所がない気がする」という漠然とした不安も、そういうことだったんだろうと思う。

その気持ちにハッとしていたら、電車は最寄り駅に着いた。文庫本を閉じて電車を降りる。


頭の中には「キッチン」の台詞と、さ電車から手を振っていた友達の笑顔が回っていた。

駅からアパートまでの道のりは、いつも音楽を聴くけれど、今日はそれすら不安な気持ちに拍車をかけていく気がして、なんとなくカーペンターズを聴いて帰った。

「A Song For You」少しナイーブで、いつも少し切ない音がしている。誰もいない夜道で少しそれを口ずさんだ


悲しみとも違う、悔しさに似た感情が消えなかった。自分を責めることしか出来ないこともまた悔しかった。


この前まですぐ近くにあった希望みたいなものが、急に遠ざかっていくのがよく分かった。


今回の緑色の彼女

神保町 ラドリオ

クリームソーダ 650円

薄い黄色をしたバニラアイス、微炭酸。

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