Cage. #2【現場(二)】

上山、走って現れる。

岡嶋「主任!」

上山「大輔! お前どうした?」

岡嶋に駆け寄る上山。立ち上がろうとする岡嶋を抑える。

上山「バカ動くなじっとしてろ!」

岡嶋「え、いや大丈夫です。これはその」

上山「どこへ行った?」

岡嶋「あ、あっちに。警備員の制服でナイフ持ってます」

少し遅れて走って来た橘香。

橘香「岡嶋くん!」

岡嶋「相澤さん!」

上山、立ち上がる。

上山「相澤、お前はここにいろ。大輔を頼んだ」

橘香「え? でもさっき無線で機捜の到着を待てって本庁から指示が……ちょっと上山さん!」

橘香の話を聞かず、銃を取り出して確認しつつ早足で去る上山。

橘香「もう! また勝手に…」

振り返って岡嶋に駆け寄りながら慌ててイヤフォン無線に向かって叫ぶ橘香。

橘香「負傷者1名、7階東側エスカレーター付近、至急担架を!」

岡嶋「相澤さん相澤さん違いますこれ、ケチャップです!」

橘香「は? ……ええ!?」

驚いた橘香、指で触って匂いを嗅ぐ。

橘香「なんで?」

岡嶋「いやまあその、話せば長いっていうか」

橘香「じゃあケガはどこにも?」

岡嶋「ありませんすいません」

橘香、岡嶋を睨みながら彼のシャツで指を拭き、無線へ喋る。

橘香「申し訳ありません、先程の7階負傷者の件は誤報です」

岡嶋「すいません」

あきれるのを通り越して感心するようなため息をつく橘香。

橘香「ホント、あんただけはわかんないわ……なんていうか、意味が」

岡嶋「ミステリアスってことですか?」

橘香「バカ」

岡嶋「あっ!」

橘香「?」

警備員、ゆらりと現れる。

岡嶋「相澤さん、あいつです」

橘香を目にした警備員、満面の笑みを浮かべる。

警備員「みぃつけた」

警備員、橘香の方へ歩を進める。

橘香「止まりなさい! ……あ、あれ?」

岡嶋「相澤さん?」

橘香「どうしよう」

岡嶋「どうしました?」

橘香「拳銃忘れた」

岡嶋「え!? どこに?」

橘香「たぶん署の休憩室……ゴメンこの傘借りる」

岡嶋「あ、はい」

橘香「岡嶋くん下がってて」

岡嶋が持っていたビニール傘をつかんで立ち上がった橘香、素早く息を吸い、吐くと同時に正眼に構え直す。
動きを止める警備員。左右に動いて隙を窺うが前には出られない。

岡嶋「出た! 相澤さんの鉄壁の構え、通称ATフィールド! 右拳を中心とした半径1メートル20センチ内は完全に聖域!」

橘香「岡嶋くん」

岡嶋「驚異的な先読み能力によってどんな攻撃だろうと繰り出す前に動きを封じられる…こうなったら核でも持ってこない限り傷ひとつつけられないぞ!」

橘香「岡嶋うるさい!」

岡嶋「すいません」

橘香「ヤムチャかお前は」

岡嶋「古谷さんのことは尊敬してます」

振り向いて傘で威嚇する橘香。
黙る岡嶋、再び集中する橘香。

空気がじわりと密度を増すような緊迫。
沈黙の間。
警備員、ナイフを捨てて腕を広げる。

警備員「一緒に来い」

橘香「?」

警備員「あの男は死んだぞ」

橘香「え?」

警備員「もうお前を縛りつけるものはない」

橘香「あの男って誰? 上山さん?」

警備員「わからないのか?」

橘香「何の話よ?」

岡嶋「相澤さん! 打って!」

腕を広げたまま足を踏み出す警備員。後退る相澤。

警備員「……カゴから出してやろう」

橘香につかみかかろうとする警備員にタックルする岡嶋、素早く警備員の背後に回って羽交い絞めにする。

橘香「岡嶋くん!」

岡嶋「相澤さん! 手錠!」

傘を捨て、慌てて手錠を出そうとする橘香。
警備員、両掌で岡嶋の頭部を挟む。

岡嶋「うわああああああ!」

警備員を放し、頭を押さえて苦しむ岡嶋。

橘香「岡嶋くん! 何? どうしたの?ちょっと……ねえ! 岡嶋くん!」

橘香、もがく岡嶋の体を必死に抑えようとする。
警備員、その様子を驚きと恐怖の入り交じった表情で見つめたまま動かない。銃を構えた上山が警備員の背後から現れる。

上山「よーし動くな!」

橘香「上山さん? 生きてる!」

上山「なんだそりゃ……おい相澤! 大輔どうした?」

橘香「わかりません! 急に苦しみ出して」

ゆっくり振り返る警備員。上山、銃を突き付け直す。

上山「おいおいおい、動くなっつってんのに……まーいいやホラ、そこに膝をついて両手を頭の後ろで組むんだ」

警備員、緩慢な動きだが言われた通りの姿勢を取る。
岡嶋、ようやく落ち着いて起き上がる。
上山、警備員の背後に回り手錠を掛け、銃をしまう。

岡嶋「すいません……もう、大丈夫、です」

橘香「何? 何かされたの?」

岡嶋「……耳を」

橘香「耳を?」

岡嶋「こちょこちょって」

橘香「こちょ、こちょ?」

岡嶋「俺、耳すごく弱いんですよ。触られただけでファ~って」

橘香「はあ!?」

岡嶋「それなのに耳に指突っ込んでこちょこちょですよ? もうちょっとで狂い死にするところでした…あ、でも相澤さんなら俺平気です! 息吹きかけられても耳たぶ噛まれても」

橘香、岡嶋の頭をシバく。

上山「お手柄だな相澤ぁ、被疑者1名確保だ。一報トバせ」

橘香「イヤです」

上山「あ? 何言ってんだお前?」

橘香、ポケットからハンカチを出して床に落ちているナイフを拾い上げる。

橘香「私は何もしてません。捕まえたのは上山さんじゃないですか」

上山「おいおいおい、こいつで憧れの本社行きチケットが買えるかもしれないんだぞ?」

橘香「本庁から所轄は現場(げんじょう)待機って言われてたんですよ? まるであたしが命令無視ったみたいじゃないですか。面倒押し付けようったってダメです。ご自分でどうぞ」

橘香、ハンカチでナイフをくるんで上山に差し出す。
仕方なく受け取る上山。

上山「あーあ、ったくどうやったらそんなに人を疑いの眼差しで見れんのかね……」

上山、無線のマイクに向かって喋る。

上山「こちら上山、7階にて被疑者1名確保。使用された凶器と思しきナイフ、刃渡り5センチ弱1本を押収。これより被疑者を連行する。出口及び動線の指示を請う。以上……さてと。相澤ぁ?」

橘香「残って現場保存、ですか?」

上山「さっすが勘がよろしくって感動するね。嫌なら手柄を引き受けるんだな」

橘香「結構です残ります」

上山「フン……」

上山、ナイフをくるんだハンカチを橘香に差し出す。

上山「鑑識が来たらこのナイフと一緒に引き渡せ。もし本社の連中が来ても同じだ。丸投げして帰っていいぞ」

無言で受け取る橘香。

上山「大輔、悪いが休暇はここまでだ。一緒に来い……っていうかお前ケガは?」

岡嶋「え? いえ別に」

上山「その腹大丈夫なのか?」

岡嶋「腹? ああっ! いたたたた!」

慌てて腹を押さえて痛がる岡嶋

橘香「何してんのバカ。ケチャップでしょ?」

上山「ケチャップ? どういう事だ? 状況が全く飲み込めん」

岡嶋「さあ、俺にもさっぱりわかりません」

上山「ハァ……なあ相澤、こいつここにいなかったことにできねえかな?」

橘香「無理ですよ」

上山「だよなー」

上山の携帯が鳴る。

上山「あ、署長だ……はい……ええすいません、たまたま鉢合わせちゃったもんだから成り行きで……あーそうですか。はいはいそりゃ何より。……ええこっちも岡嶋巡査がケチャップまみれになったくらいで……いえいえなんでもありませんただの冗談で……え?いますよ、替りましょうか?……そうですかわかりました。じゃすぐ降りますんで。はいどーも」

橘香「署長、来てるんですか?」

上山「ああ、助かった。本社の連中はどうもあの人が苦手らしいからな。上手くお茶を濁せそうだ……あ、そうだ相澤、署長があとでお前に電話するって。おい、良かったなお前、これだけ大きな騒ぎ起こしといて、ケガ人は慌てて転んだオバサン一人だけだってよ」

警備員「え? あ……う、ああ……」

まるで理知的な反応を示さない警備員。
浅いため息をつき、連れて行こうとする上山。

上山「そんじゃ、あと頼んだぞー」

橘香「ちょっと待ってください!」

上山「なんだよ。やっぱり手柄が惜しくなったか?」

橘香「違いますそういえばさっき、そいつ誰かを殺したって言いました」

上山「何? 本当か?」

橘香「はい。あ、いえ正確には殺したじゃなくて誰かが死んだ、そう言ってた気がします」

上山「おい、お前やったのか? どうなんだコラ!」

警備員「おお、あ……」

橘香、警備員の正面に立ち、顔を近づけて眼を視る。

橘香「……ダメだ。なんだか抜け殻っぽい。今は何も訊き出せそうにないですね」

上山「見りゃわかるよ。とりあえず俺たちはこいつを下まで連れてったらまた戻る。相澤、お前もここを鑑識に渡したら上のフロアからチェックしてくれ」

橘香「了解」

上山と岡嶋、警備員を連れてエレベーターへ向かう。
見送る橘香。

橘香の携帯が鳴る。

橘香「相澤です。お疲れ様です署長……はい、でもまだビル内に負傷者がいるかも知れないんです。何人か応援を……ありがとうございます……え? いえ、私も残ります。鑑識への引き継ぎもありますし……はい? ……ええ私の父ですが……え、嘘…………わかりました……失礼します」

橘香、携帯を切り、茫然と立ち尽くす。

橘香「……お父さん」

へたり込むように座り、膝に顔を埋める橘香。
そこに黒スーツにサングラスの二人組、松原と里見が現れる。
松原と里見、橘香を見つけ、顔を見合わせると首を捻ってあたりを調べ始める。気づいた橘香、驚いて立ち上がり、鼻を軽くすすり、ほんの少し化粧を気にしながら二人に話しかける。

橘香「あの! ……本庁の方ですか? すいません、所轄の相澤です。あの、まもなくウチの鑑識も到着しますのでしばらくお待ちいただけませんか?」

動きを止める松原と里見。再び顔を見合わせる。

里見「アイザワ?」

松原「アイザワ……」

二人、橘香を見る。

松原「アイザワキツカ?」

橘香「は、はいそうですけど……え! ちょっとあの、なんですか?」

里見、橘香に近づいて周囲を一回りしながら軽く匂いを嗅ぐ。
橘香ドン引き。
里見、松原に向かってうなづく。
松原、少し考え込む。里見、松原の側へ戻る。

松原「ここは俺が。お前はあっちを」

里見、一瞬松原を睨むが、鼻をつままれて、仕方なさそうに走り去る。

橘香「あの、本庁の方じゃないんですか?」

首を振る松原。
橘香の警戒レベルが一気に跳ね上がる。
ほんの少しづつ後退る橘香。

橘香「誰?」

松原「マツバラといいます」

橘香「知りませんなんの用ですか? ここは事件現場で一般の人は立ち入り禁止です」

松原「お父様の事は残念でした」

橘香「!」

松原「……一緒に、来てもらえますか」

橘香「もしかして……アイツの仲間?」

松原「アイツ?」

橘香、松原の後方を指差す。
振り返る松原。
その隙に反対方向へダッシュで逃げる橘香。

松原「アイツって、あ! くそっ!」

慌てて橘香を追う松原。

転換

§

Cage. #2.5【INTERLUDE】へ続く

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