初戯曲『ホテル・マーズフロンティア』序文
20年前、私が生まれて初めて書いた脚本『ホテル・マーズフロンティア』。
書き方もわからないまま、ほとばしる創作意欲のままに勢いで書き始めたが、ふと途中で読み返して気付いた。
「あれ? …コレ、小説じゃね?」
そんな若気が至り散らした文章も残したままの台本を読んで、劇団員は誰一人ツッコミを入れなかった(ように記憶している)
今となっては恥ずかしさも通り越して微笑ましく思えるので、ここに公開してしまうことにしましたよ。読む方が恥ずかしくなるかもですがね!
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地表から約400mの距離を置いて居住区全体を覆うPPC(プラズマ・パネル・キャノピー)が、限りなく薄くクリアでいてしかも深さーー上空だから高さか?ーーを感じさせるシアンを映し出している。疑似天候調整システムの年間プログラム予定では、昨夜から三日間は雨のはずである。システムを預かる区の環境課がプログラムを変更したのは、各区独立行政移行の立役者、クライフ・サブライミが逝去した時以来、実に十四年振りのことだ。
ここは火星第一記念居住区のほぼ中心に位置する記念公園。
4ケ所あるゲートでは噴水がアーチを造り、そこから中央の広場に向かって並木通りが続いている。
いつもであればこの時間、朝靄のベールで覆われた閑静なブールバードを行き来するのは、朝食前のランニング=スピードは歩くのと変わらない=を日課とする初老の夫婦か、低血圧の主人をおかまいなしに引っ張りまわす犬くらいのものなのだが、ここ数日は違っていた。
沿道には露店が肩を並べ、搬入トラックがせわしなく出入りしている。
朝靄は人々の熱気でかき消され、活力に満ちた様子はさながら生鮮市場であった。
中央の広場には、仮設というには洒脱な、しかしそれでいてどこか場違いな違和感を漂わせる半円形のステージが鎮座している。ステージのバックには巨大なモニターが設置され、カラーチェックの帯がまるで舞台の緞帳の様に迫り出して見える。
さらに見上げるとその後ろ、まさに記念公園の中心つまり居住区のど真ん中にあたる位置に屹立するスカイスクレイパーが、ホテル・マーズフロンティアである。
数カ月前までその維持費に窮し、取り壊してスタジアムにするだの、簡易指定文化財として一般開放されるなどというブッ飛んだ噂までささやかれていた建物とはとても思えない輝かんばかりの外観。それもそのはず3日前に最新建築技術の粋を集めての全面改装工事が終わり、30余りの清掃業者が不眠不休で行なったクリーニング作業が今日未明にようやく終了したところでまだ一度も雨にさらされていない。
周囲の喧噪を跳ね返すかのように燦然とそびえ立つ摩天楼の冠頂には巨大な鐘が2つ吊るされている。指定文化財になるとすれば対象はこれだろうということからか、全面改装で唯一交換されなかった部位である。このホテルで行なわれる披露宴の最初と最後に10回づつ鳴らされる名物の鐘であるが、最後にその音を聞いたのはいつだったか誰も覚えてはいないだろう。
足早に登る朝日が並木の間から束になってこぼれ出し摩天楼の外壁を照らす。
新たなる誕生、そして最大の試練の日を迎えたホテル・マーズフロンティアは真実その身を輝かせ始めた。
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イメージ的には、映画「スターウォーズ」の最初の宇宙に流れていくテロップ的なカンジだったのですが、特に舞台上で表現することはありませんでした。だって、読み合わせたら本編で2時間半あったので、制作から大幅カットを要求されましたのでね……。
この後に続く、実質のプロローグ部分もなかなかシュールなシーンなのですが、それはまた反響があれば別の機会に。