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“卒業式が無くなった卒業生” が「思い」を全てぶつけます

第23回目の投稿です!

コロナウイルスの影響により、全国の学校で卒業式がなくなっており、とうとう僕の通っている大学でも卒業式が中止となりました。
僕の大学では、最初は後輩や保護者が来場禁止、卒業生のみで、全員マスク着用で開催される予定でしたが、最終的には中止という措置がとられました。
 
今回は、そんな卒業式中止となった卒業生を代表して(?)僕の思ったこと、感じたことについて書いていこうと思います!

 
 
 
 
 
まず最初に思ったのが、「無くなったのか、、」ということ。

 
 
特に、卒業式を楽しみにしていたというわけではないんです。
卒業式なんて皆で集まって、椅子に座って、喋ったこともない学長やら偉い人が話をして終わるものであって、ただの “形だけの式” だと思っていました。
偉い人の話は「自分」ではなく、「全員」に向けているので、ありふれたものとなりやすく、あまり面白いと今までは思えなかったから。

さらに、大学は小中高校と比べ、制限が少なく自由なため、“所属している感覚” が薄いですし、学校の繋がりというより、友達との繋がりでできている感じがします。
なので卒業式といっても、あまり感慨深いものであるとは思ってませんでした。

卒業式が終わったあとに、友達と一緒に話している時間は楽しいのですが、ぶっちゃけそれ以外のものには「価値」を見出だせなかったのです。


  
しかし、それでも、
ただ何となく「無くなったのか、、」と思ったんです。

  
楽しみにしていたわけではないにも関わらず、卒業式が無くなったと聞いて、自分の中に、何か “腑に落ちない感覚” が生まれたのです。
 
それがすごくもやもやするんですよね。

でも、何で “もやもやする” んだろう、、

 
  

僕は、その腑に落ちない原因を、
もやもやの正体は何なのかを考えました。

 
卒業式は無くなりましたが、学位授与式というものがあり、学科の友達とは会えるので、友達と会えなくなったから “もやもやしている” というわけではありません。
もともと親が来るわけでもなかったし、サークルには所属していないので、後輩が来るわけでもありませんでした。

 
  
あれ?待てよ?

卒業式が有ろうが無かろうが、人と会うことに関しては何も変わってないぞ?

 
  
ということは、“卒業式” そのものが無くなったことが原因なのでは?

 
 
 
大学は卒論発表や卒論を提出したら終わります。
終わってから教員や同級生と、卒業に関して深い話をするわけでもないし、成績発表はネットでサクッと確認だけして終わりです。
特に何事もなかったかのように、残すは卒業式のみとなるんです。

 
なので卒業式までは何もないお休みの期間です。
旅行や飲み会をして、学生生活の最後の時間を、気の合った友達との時間に使います。その後、卒業式、引っ越しを経て、就職先に入社という流れになります。
ですが、その流れの中の卒業式が無くなりました。

 
つまり、卒業式が無くなったということは、“学生” を終える「節目」が無くなったということです。

 
 
そう、僕はその「節目」が欲しかったんだと思います。

 
あなたは “学生としてはこれで終わりなんですよ” と伝えて欲しかったんです。

 
 
僕は元々、切り替えが得意なほうですし、入社したら、嫌でも会社のことを考えるので、“社会人なのに学生が抜けていない” といった、切り替えができなくなるというわけではないのですが、それでも、卒業式を行い、“学生生活の終わり” を告げてほしかったのです。

 
 
正直、今の生活が楽しすぎるし、幸せだから、学生である “今の現状” に甘えていたいというのも事実です。
自分の好きなことをできるし、好きな人と居られる。
なによりお互いに夢を語り、高めあい、ふざけあえる仲間がいる。
この先も、富山で「見届けたい」と思ってしまっているから、自分の目標や仕事に集中できるかわからないのです。

 
だからこそ、“学生の終わり” を自分だけではなく、他者からも告げてほしかった。

これからの「未来」を作っていく僕たちに、“それぞれの人生にそれぞれの覚悟を” 与えて欲しかった。

 
 
卒業式を行うことで、それらを与えて欲しかったのです。 
 
でも結果、卒業式は無くなりました。

 
 
 
だから僕たちは、
“自らの手で、自らに覚悟を” 与えなければなりません。

 
普段、強気なことを考えていたり、言ったりしている僕でも、大切なものから離れることは辛いです。
離れるためには覚悟が必要です。

でも、これは “僕の選んだ道” だから、“僕の進むべき道” だから、信じて、覚悟を決めて、歩もうと思います。

いつかまた皆が揃い、笑いあって話せるそのときまで、、

 
 
 
 
 
以上、卒業式が無くなった卒業生が思ったこと、感じたことでした!
意味がないと思っていた “形だけの式” にも、意味があったんですね。無くなって初めて気がつきました。(笑)
卒業生の人は共感してもらえたりするのかな?
コメント貰えると嬉しいです!

 
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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