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プールにて

十八時過ぎ。青白い受付で浅黒いスタッフから何やら蛍光オレンジのストローのような棒をざっと差し出された。
初詣のくじ引きみたいにそこから一本引いて、それを口に運んだ。カリカリとして、少し甘くて美味しかった。私の後ろに並んでいた人が隣の受付でそれを貰うと、左の手首に巻きつけた。ああ、これはリストバンドだったのか。勘違いしていた。浅黒い腕はまだそれを差し出したままだったから、恐る恐るもう一本貰って、左の手首に巻いた。

プールは何十レーンもあった。それでも空いているレーンを見つけるのに少し時間がかかった。
ようやく見つけた空のレーンで私は泳ぎ始めた。最初は歩いて、それから平泳ぎでゆっくりと水に慣れていった。

水中で気付いた。同じレーンに男が泳いでいる。そして、隣でこちらを見ている。男は、水面を境に顔の向きを変える。口の形は変えずに。水中の時だけこちらを見る。ゴーグルの奥は、分からない。
私は怖いというより苛々した。煽られていると感じ、その男に負けたくなかった。だから、途中でクロールに変更して、がむしゃらに泳ぎ始めた。男はそうこなくちゃと言わんばかりに腕の回転を速めた。私も負けじと腕の回転を速めた。もうターンをする必要は無かった。このレーンは永遠まで続いていた。

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