夏目友人帳の感想

アニメ一期から六期まで全部見た。赤ちゃんを抱いたり見守ったりするだけの時間を優しさで埋めてくれた。

人と妖怪という価値観の違う者たちが交わり合うところがよい。一方にとってとても大切なことが、他方にとってそうではない。人の十年はとても長いけれど、妖怪にとってはそうでもない。その極端さが切ない。かなわない約束を十年でも百年でも待ち続けてしまう。人間では決してありえない純粋さに心を惹かれる。

主人公の夏目は妖怪が見えるせいで挙動不審な少年と見られている。親戚をたらい回しにされて、孤独な幼少時代をおくっている。その反動もあって、妖怪の悩みや願いに寄り添おうとする。そうして助けられた妖怪たちは、夏目を助けてくれるようになる。もちろんそういう優しい妖怪ばかりではなく、悪い性質を持ったものもいる。夏目を騙して食べようとしたり、持ち物を盗もうとしたりする。

そこを手助けするのがニャンコ先生。酒を飲み歩いたり、甘いものをねだったり、好き勝手しながらもしょっちゅう夏目についてきて、様子を見守っている。妖怪が絡んできてもすぐ干渉するわけではなく、悪意が見えて一線を超えそうな危険なときに助けてくれる。頼りになる保護者と言う感じ。

二人を結びつけているのが友人帳という時代がかったノート。友人帳は夏目の祖母が妖怪と勝負して勝ち取った名前を残したもの。これを使えば妖怪を使役する事もできるらしいが、夏目はこれを使うことよりも、名前を返していくことを選んだ。そういう決断にも夏目の優しさが出ている。ニャンコ先生は、友人帳をよこせと言い夏目につきまとうが、すぐ用心棒となりどこか夏目を応援しているような振る舞いをする。優しい。

そう、とにかく優しい人物が多い。最後に夏目を引き取った藤原夫妻、特に藤原塔子は目が眩むほどに優しい。帰りが遅い夏目を心配して叱ったり、風邪を引いた夏目を看病してくれたり、おかしなことを言う夏目をバカにしたり怖がったりもしない。微笑み受け入れてくれる。慈愛に満ちている。夏目を引き取るエピソードも泣けるほど優しい。夫の藤原滋も芯があり包容力が凄い。

その他、夏目を囲む友人たちも、それぞれ個性がありながら、一人で暴走しがちな夏目を受け止める優しさが見え隠れする。建前や打算による優しさではなく、そうしたいから、そうする善意。自然な優しさ。そういうところが描かれていると思う。

藤原夫妻の話もとても良いが、他に気に入っているのは三期の第五話「蔵にひそむもの」の会。

まず前提として、特別な場合を除いて、妖怪からは人が見えるけれど、人から妖怪を見ることができない。

そんな世界で、あるおじいさんは妖怪を見る力を持っていないが、妖怪の噂を聞いて、妖怪を一度見てみたいと言って何年も何年も研究している。

おじいさんが熱心に研究するすぐ傍らで、実は妖怪たちは面白がっている。ここにいるぞ、とからかっている。そんな日々が続いて、何年何年も繰り返して、ついには、おじいさんは寿命を迎えてしまう。

残された妖怪は、おじいさんが居ないことに気づく。心に隙間風が吹く。どうでも良いと思っていた人間が居ないだけなのに。

この話の良いところは、おじいさんにとっては、たくさん努力したけれど妖怪には会えず空振りに終わったところ。そして、妖怪にとっては、自分たちに興味を持ってくれた人を好ましく思っていたのに、それと気づかずにすれ違ってしまったところ。それらがどうすることもできないことが、心に来る。

視聴者は夏目の立場になって妖怪を見ることができるし、彼らの言葉を聞いて、おじいさんの残した研究にも触れることができる。けれど、もし夏目がいなかったら、そこには何もない。ただ変わり者のおじいさんが寿命を全うしただけ。それが良い。見かけ上は平凡な出来事のなかに隠された特別なもの。私たちが見落としているものがある。

平凡な日常は、誰かの特別で、それが世界中に広がっている。そういう夢を見させてくれる。


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