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未経験・無関心の相手へ学びを届けるには

学習教材、研修教材、そして今はeラーニング。
教育・研修コンテンツ制作に携わるにあたり、「どうしたら内容が伝わるだろうか」ということを改めて捉え直そうとしています。

もしかしたら、学びを届けるというその行為自体がお節介なのかもしれないとも思いつつ。
今回は、
自身(教え手側)が、ある知識を伝えようとするときに…
・相手(学び手側)が、その知識にさほど興味を持っていない場合
かつ
・相手(学び手側)が、その知識を使うべき場にまだ遭遇したことがないor遭遇しても気づいていない場合
どのようにコンテンツを設計していくのが望ましいだろう?と考えてみました。

■学び手側が、その知識を使うべき場にまだ遭遇したことがない場合の対応

試行錯誤の途中ではあるのですが、最近思っているのは下記のようなことです。
1.「役立ちそうだ」と学び手に実感させることを敢えて手放し、知識を引き出しやすい状態づくりを優先するのも、教え手としてあり得る選択かではなかろうか。
2.それでもなお実感させることへの注力を諦めないとしたら、未来の可能性の1つとして設計することだろうか。

1.実感を敢えて手放すという選択


「これから教えることは、こんな場面で使えます」の具体例。
教え手として工夫はすれど、学び手としては、まだ体験していない事象にどうしたってピンとこない。
また、「将来こういう時に伝えるだろう」と情報提供はできても、将来相手が全く同じ状況を経験するとも限られないし、逆に、教え手の意図せぬ場面で知識が役立つこともあるかもしれない。

それならば、教える側としては
・純粋に知識が増えた喜び
・未知の何かを知った衝撃
・話題のインパクト
・印象に残る話術
といった「記憶に残りやすい状態づくり」の工夫に力を注ぐのも、1つの選択かもしれません。
記憶に残っていれば、いつか何かのきっかけで出てくるかもしれない。

私自身の事例だと、少し前に受講したSDGsの講義が当てはまるでしょうか。
ワークショップなどのない座学形式だったけど、講師が印象に残る話し方をしており、具体例も衝撃的なものがあったりしたので、頻繁に思い出します。

過去、研修がプレゼンっぽくなることに悩んだりもしたけれど、明確な意図さえあれば、それはそれでアリだったのかもしれません。

2.未来の可能性の1つとして経験させる


ロールプレイングや経験学習。
もし学び手がまだ経験したことがない状態で、こうした体験的な学びを実施するとしたら。
「この場面で、これと同じようにしましょう」という結論の持っていき方をしないことかなと思います。
パターンを唯一に絞ることで選択肢を狭める可能性もゼロではないし、現在教える「最適な振る舞い」が、将来には最適じゃなくなっていることもあるかもしれません。

結論を絞らない設計をするなら…
学校教育の場合だと、ワークショップで正解を1つに絞らないことでしょうか。
成績の付け方が難しいところですが。

社会人向け研修の場合は、残念ながらちょっとまだ思いつきません。
結論を放棄したとも捉えられかねず、教育や研修の提供者として低評価になりかねないのが悩ましいところです。

■わずかな変化を詳細に想像する

今回は、
・これから教えることを実際に使う場面に遭遇したことがない(=未経験)
・興味を持ったことがない(=無関心)
の相手に対する、研修設計上のアプローチを考えてみました。
経験や興味の有無を問わず、知識が増える(可能性のある)瞬間との出会いというのは、学び手側に何かしらの変化をもたらすものと思っています。
その変化を詳細に想像しながら、引き続き試行錯誤を続けてみます。

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