対象とするテキストについて (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ・はじめに・1)

(2018年11月13日 [日本時間14日]:公開,2019年8月25日:少し追記,2022年2月8日:全体的に加筆・修正,2022年3月15日 [日本時間16日]:両形式のローマ典礼についての説明をいくらか修正,註を追加,2022年6月2日:聖務日課用聖歌も本シリーズで扱うことにしたことに伴い加筆・修正)


 グレゴリオ聖歌は,カトリック教会の標準的な典礼である「ローマ典礼」で用いられる聖歌である。典礼には主にミサと聖務日課とがあり,本シリーズでは当初ミサ用聖歌のみ扱っていたが,現在では聖務日課用聖歌も扱うことにしている。
 なお,現在のローマ典礼には「通常形式」と「特別形式」との2形式があり,ミサに関していえば,前者は第2バチカン公会議 (1962–65) 後の大改革 (※1) を受けて出た1970年版ミサ典書 (およびその改訂版。最新のものは2002年版) に基づいて行われているもの,後者は公会議前の最終版である1962年版ミサ典書に則ったものである (※2)。ほとんどの教会で行われているのは前者なので,本シリーズでは前者を単に「現行典礼」,後者を「旧典礼」と呼んでいることがある (これは記事の執筆時期によっていろいろであり,現在 [2023年1月] の方針ではむしろこの言い方は避けている)

※1 もともとここは「第2バチカン公会議 (1962–1965) による大改革」と書いていたのを,このたび (2022年3月15日)「第2バチカン公会議 (1962–65) 後の大改革」と改めた。典礼が現在のような形になったことは必ずしもこの公会議自体には起因しない,いや起因しない部分のほうがはるかに大きいだろうとの認識に基づく変更である。

※2 両者の間に,実は1965年版ミサ典書というのも存在する。公会議の結果を反映してはいる (各国語の許可など) が,1970年版におけるほど劇的な変更は行われていないらしい。私はまだ内容を直接見たことはない。

 ミサ用のグレゴリオ聖歌はGRADUALE ROMANUMという本に収められており,現行「通常形式」典礼用のそれは1974年版である。そこに古い (主に9~10世紀の) 聖歌書に記されたネウマの写しを加えたGRADUALE TRIPLEXという本もあり,現在では (少なくとも私が見てきた範囲では) むしろこちらのほうが広く用いられており,私もこれを参照し,テキストは原則としてここから書き写している。
 
ここ数十年の研究で,古い聖歌書によるとグレゴリオ聖歌の本来の旋律はGRADUALE ROMANUM / GRADUALE TRIPLEXに載っているものとは異なるところが多々あるらしいということが分かってきて,その研究成果のひとつとしてGRADUALE NOVUMという本も出ている。

 ミサの式文には,大きく分けて,どのミサでも用いられる「通常文」と,それぞれのミサのための「固有文」とがある。グレゴリオ聖歌にかかわるもので通常文にあたるのは,Kyrie,Gloria,Credoなどである (一般に「ミサ曲」として知られるもので歌われているあれ)。
 固有文でグレゴリオ聖歌が担当するもの (固有唱) は,司式する司祭やしゃが聖堂に入ってくる間に歌われる入祭唱 (Introitus),第1朗読後に歌われる昇階唱 (Graduale),福音書朗読前に歌われるアレルヤ唱 (Alleluia) または詠唱 (Tractus),聖体祭儀の準備 (聖変化するパンとぶどう酒の準備) の間に歌われる奉納唱 (Offertorium),聖体拝領中に歌われる拝領唱 (Communio) である (日によってはまだほかにもある。聖木曜日の洗足式中に歌うアンティフォナなど)。これらのうち,当面まずは入祭唱を訳してゆくつもりだが,余力などの状況次第でほかのものも時々訳すかもしれない。
 
なお,固有文がどういう考えのもとに定められているのかについては,「教会暦,聖書朗読箇所の配分,グレゴリオ聖歌の配分について」をお読みいただきたい。

 (2022年6月2日追記) 聖務日課用聖歌も本シリーズで扱うことにしたので,これについても触れておく。聖務日課の式文にもやはり通常文と固有文とがあり,前者の代表的な例としてはルカによる福音書第1–2章から取られた3つのカンティクム ("Benedictus", "Magnificat", "Nunc dimittis") や聖母マリアのアンティフォナ ("Alma Redemptoris mater", "Ave Regina caelorum", "Regina caeli laetare", "Salve Regina", "Sub tuum praesidium"。季節により変わる) が挙げられる。固有文はなんといっても各詩篇唱につけて歌うアンティフォナや,短い聖書朗読の後に歌う小応唱 (Responsorium breve) で,それぞれの日の性格や記念内容をミサ固有唱よりさらに直接反映していることも多い。


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