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西洋医学から手を引いたわけ

現在、西洋医学的な検査や薬を使わず、
動物とヒトの双方を観察・分析することをしている私。

獣医として、獣医学を学んだものとして言えば、
西洋医学は必要なものではある。

※注意
この投稿で指している「西洋医学」は
いわゆるアロパシー(逆療法)に主軸を置く
今の日本で主流の医療のことです。

動物たちは、具合が悪くなったという身体表現を
極力しない。
自然界に居れば、それは淘汰されることに繋がるから。
動けなくなれば獲物として狙われる。
仲間との行動は難しくなれば、群れから離れざるをえず
やはり強いものに狙われる。
生存するために、調子の悪さを見せないものだ。

動物たちは、
死ぬことは自然の流れのひとつということを
身をもって知っているからか、
それに無理に抗わないのものでもある。

だが、人間と暮らすとなると話は変わる。
人間は共に暮らす動物が少しでも長生きして欲しく、
少しでも病気でないことを望みがちだ。
早期発見早期治療して、なるべく病まないことを
望んでしまう傾向が強い。

それでも動物たちは具合が悪いという表現は
身体の限界が来るまで隠すから、
調子が悪そうだと動物病院に連れてくる時には、
大体簡単には済まない。

そんな動物たちの身体の状態を引き上げるには
西洋医学の力を借りるしかない場合も多い。

ではなぜ私は西洋医学から距離を取ったのか。

理由のひとつはとても簡単だ。

私が苦手だからだ。
自分の調子が悪くても、極力薬に頼らず治るのを待つ。
だから西洋医学の薬のありがたさがあまり良くわからない。
加えて、西洋医学的な検査もあまり得意ではない。
外科手術もあまり得意ではない。
16年くらい位動物病院で勤務してきて
必要に駆られて勉強し経験も積んだけれど、
一向に上達しなかった。

せっかく西洋医学を用いるならば、
技術の長けた人に託す方が効果も上がるというものだ。
世の中に動物病院はたくさんあり、獣医師もたくさんいる。
西洋医学的な技術がポンコツな私より、
腕の良い人に任せた方がいいはずだし、
1人くらい西洋医学から離れたところで
受けられるところは数多あるのだから問題ない。

そんなところだろうか。

ここからは理由のふたつめ。

ポンコツなりに16年ほど西洋医学を扱ってきて、
医学的に説明のつかないことが多かった。

〇〇という症状に効果がある
という薬を続けたところで改善がなかったり。

「食事を変えたら良い」を信じて
質の良い食事を与えても病気は一向に減らず、
健康診断をすればするほど病気が増えたり。
その一方で、安価な市販ペットフードを与えて、
健康診断を受けることもなく過ごして高齢になっても
病気など何もない動物がいたり。

西洋医学的な技術はポンコツでも
飼い主さんの話を聞き、動物の様子を観察することが
得意だった私。

日々の診察の中で、獣医学の進歩や新薬の開発や
健康に良いとされる多くの手法とは関係なく、
病気は増える一方だと思えてきて、
次第に私は別の要素を考えるようになった。

そこで行き着いたことの一つが
ヒトと動物の関係であり、
ヒトが動物に与える影響を考えることだった。

例えば、
自分に似た動物を家に迎えることが多い
とか
家族であるヒトと動物が同じ病名の病気になる
だとか。

考えるきっかけはそんな些細なことだったけれど、
「なぜ、そんなことが起こるのか?」
と疑問を持つことで
西洋医学的に動物の症状を何とかしようとすることから
私自身の興味が離れてしまった。

東洋医学的なこと。
量子力学的なこと。
ヒトのココロのこととその分析方法。
食べ物のこと。
環境のこと。
自然療法的なこと etc…。

いろんなものを見聞きして考えた今の所の結論が、
「動物の病気や問題の大半はヒトの影響によるもの」
というところだ。

この結論から動物の健康を考えるならば、
動物の身体や症状を見ているだけでは足りず、
ヒトに積極的に関わっていく必要が出てきた。

有能な西洋医学の獣医師ではないから、
西洋医学的な技術を扱うものが1人減ったところで
まず問題ないよね。という気持ちと、
動物のためにヒトのことを考える獣医師が1人いても良いだろう
という気持ちが合わさって、
自分の肩書きを
獣医師/動物とヒトのセラピスト
と変えて、
現在は1人で仕事をしてる。








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