スクールカースト最下層という肩書きの傷は自分の中で一生消えないが当時の経験は今ワリと役に立っている

こんにちは!

ゴミオンラインサロンみたいなタイトルで失礼します!

会いに来てくださっている方はご存知かもしれませんが私は自己肯定感皆無ライバーです。

ライバーやるにあたって良くないらしいですねー私なんか~って言うの。

気をつけるようにはしてるんですけどね。


タイトル通りなんですが、私は学生時代からの友達はほとんどいません。

地元の同級生で集まるときは一応声がかかるし行きますが、友達と呼べる人は0に等しいです。


まずここが問題です、もしかしたら地元の同級生たちは私のことを友達として認識しているかもしれませんが、私にはその自信がありません。

烏滸がましいと思っちゃうんですよね。

でもみんな優しいし、友達と呼んでくれるはずなんですけどね。

そこがまた自分で人との距離を作っています。

わかってるんだよ…


そして今でこそ皆大人になり、精神的にはもちろん、アルコールというフィルターもあって許容される部分が大きくなったので楽しくお話出来ているのですが。


学生時代リアルタイムではそれはそれは孤独で、人との距離を上手に取れない人間でした。

ルックスも最悪でした。


明るく接しようとすると

うるさい、何笑ってんだよ

じゃあ大人しくしていると

機嫌悪いの?

たぶんこれを読んでくださっている方は

いるち辛かったね😭

って言ってくれると思うんですけど、これは私が悪かったです完全に。

明らかに極端だったので。


そして見た目も陰キャ中の陰キャだったのでそれも相俟って、ついたあだ名は雑巾でした。

本名尖ってるからあだ名って付けられたことあまりないんですけど、今考えたら付けられたことありましたね、雑巾でした。


放課後誰と遊ぶこともなく、まっすぐ帰宅し1人で過ごす時間に、私を支えてくれていたモノについてお話させていただきます。


クラスに一人ぶっちぎり絵が上手い人いませんでした?

それ、私。

休み時間は自由帳に絵を描いていたかったのですが、子供は外で元気に遊べハラスメントにより、たかだか20分の休憩で恐怖のドッジボールに参加させられて突き指をしたり地獄でした。

なので、雨の日が大好きでした。

ここ半年間でペイントソフトの使い方を覚え、アイコンなども自分で作れるようになりました。

今は絵を描いていても誰にも外で遊べと言われないので幸せです。


音楽

家族にギターとベースを買ってもらい、好きなアーティストの曲の聴いたことのあるフレーズを弾けた日の感動は忘れられません。

私には時間があってたくさん練習したので、校内でFが押さえられる数少ない精鋭になれました。

(当時はゆずブームでみーんなアコギ持ってたし挑戦してた)


お笑い

学校で笑うことのない私に夢と元気を与えてくれました。

単純に面白くて頭が空っぽになれるのはもちろん、私がこんな人気者だったら…という妄想もよくしていました。

笑い声を浴びるって麻薬らしいですよ。

それを一度でも経験してしまうと芸人辞められないって聞いたことがあります。

売れなくても続けてる芸人さんが多いのはそこですね。

人前に出てみたいかも…と思わせられました。

あとはお笑いではないですが、天才てれびくんにめちゃくちゃ憧れました。

子役たちが華やかな衣装を着て、CGに塗れて歌やダンスをしている姿はとても眩しかったです。

前述の通り、画像の加工くらいは出来るようになったので、憧れのCG塗れの夢は叶いました。

でも未だにてれび戦士になる夢は捨てきれていません、デンリキっ!

北海道 専業主婦(34)


ゲーム

結局支持されるのはどこに行っても若くて可愛い女の子だと思っていたのですが、同世代や年上の方がいらっしゃる場所では、当時のゲームやアニメの話に需要があって、自身も楽しいのでとてもありがたいです。

小中学生の頃はトイレ以外立たないくらいゲームをやっている日もよくありました。

そして20歳頃、ニコニコ動画ブームにより、レトロゲーが着目されるようになり、エモと笑いの融合の虜になりました。

接客業だったとき、お客様は理系男子大学生やサラリーマンが多く、こういった類の話は得意だったので、とても可愛がっていただけました。

でもストIIの話をしてる大学生客に


ストIIキャラの中でイチバン高学歴なのって誰だか知ってます?

ベガ?皆さんそうおっしゃるんですよ!

実はザンギエフなんですよ!

彼モスクワ大学出てますから!


って突如話しかける焼き鳥屋スタッフのギャルってなかなか怖いですよね。

(地味な学生時代の反動で高校卒業後はギャルだった)



でも大人になるにつれて、自分の時間が取れなくなり、この辺の趣味にはだんだん触れられなくなってきました。


中学の国語の先生の言葉が衝撃且つ納得で未だに忘れられないのですが


文化という言葉について説明するなら、言わば

「生きていく上で必須ではないもの」


とおっしゃっていました。

シニカルな先生だったので、当時は刺さったもののまーたコイツ斜に構えやがってくらいにしか思ってなかったんですけど。

人生の先輩であり、言葉を教える立場の方の、重みと説得力のあるさすがの一言だったと思います。


まさに「生きていく上で必須ではないもの」になってしまったものたちでしたが、今こうしてライバーをやるにあたり、財産になりましたって話でした。

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