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vol.5 0歳さんからの鑑賞は可能か?

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日本の美術教育では、長きにわたって
「美術教育は最低でも3歳からが研究対象。0歳はさすがに早すぎるよ。」
が、スタンダードでした。
「教育」と考えると、そうかもしれません。
0歳〜2歳くらいは、全てが刺激的です。
美術の他にも遊べるものがいっぱいあります。
だけど美術で出来ることを、ステージを下げて細かく見ていくと、乳児さんにとってはこれもまたひとつの刺激的な「体験」になれるのではないか。
保育園に勤務するようになって、そう感じ始めました。
なぜなら0歳さんは、本当にいろんなものをよく「見る」ことをしています。それはそれは、とても一生懸命に。
これってとても「鑑賞」に近い行為ではないのか...?
私の一挙一動にものすごく興味を示して、しっかりと目で追い、小さな頭で考えているのです。


0歳の鑑賞体験

そんな疑問を持って調べていた折に、武蔵野美術大学芸術文化学科で教鞭を持たれている杉浦幸子さんと出会う機会がありました。
きっかけは、こんな公開講座です。


「越境し、拡張する美術鑑賞Ⅱ」
武蔵野美術大学 デザイン・ラウンジでは、1月26日(日)に「越境し、拡張する美術鑑賞Ⅱ」を開催します。
第4回の講座は、昨年好評だった“ 作品を見ること ”を通して、今日の鑑賞のあり方を問い直す講座の第2弾です。講師の杉浦さんが現在取り組んでいる「乳幼児の美術鑑賞の研究」や「保育園美術館」の実践、そして、小中高大の学校教育から一般の人々の鑑賞活動について、今まで蓄積された様々な知見から“ 作品を見ること “を再考いたします。...

https://designhub.jp/events/5679/

ご紹介いただいた取り組みの中で、何より驚いたのが「0歳児のための鑑賞プログラム」。
赤ちゃんと、お父さんお母さんたちで、ゆっくり美術館内を見て回れるという企画です。

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写真は
https://www.bajibunka.jrao.ne.jp/keiba/event/event_20190628_2.html
より

その時の様子を映像で見せていただくと、お母さんに抱っこされた赤ちゃんたちが、興味津々で、いろんなものを凝視しています
当たり前、といえば当たり前の反応です。
でも今の日本で、こんなに赤ちゃんがゆっくり美術館のなかを見て回れることは滅多にありません。限られた時間です。
これは赤ちゃんのためだけでなく、出産直後で子育てに不安をもつお母さんにとってもサポートになります。公共の文化施設に外出し、ゆっくり我が子とコミュニケーションを取れる機会です。

0歳の赤ちゃんたちが興味を示すような作品選びには、発達心理学の先生の助言を参考に、以下のような特徴を基準にしたそうです。

・目があるもの、白黒のはっきりしたもの。
これについては、私も目の前でお絵かきを見せていてそう感じています。月齢が低いほど、色のついたペンより黒いペンの線の方が、反応が良い印象です。鮮やかな色に興味を示すのは、微妙な差ですが、その次の段階のような気がします。
赤ちゃんは、自分が生きるために、人を頼りにします。そのため、顔、その中でも目を素早く認識するそうです。そこから黒と白のコントラストにはよく反応するのだとか。

・色が鮮やかなもの
コントラストの強いものや、彩度が高いもののほうが注意を引きやすいというのは、大人の視認においても同じ特徴が言えます。安心できる色ということも、理由のひとつだろうと思われます。

・光るもの
キラキラしたもの、ラメも興味を示すそうです。これもやはりコントラストが関係するのでしょうか。パッと突然光るものは、大人でも反応してしまいます。

このような条件のほか、私が思いつくものには「動きのあるもの」も良いような気がします。
赤ちゃんの玩具であるモビールがまさにそれです。
モビールといえば、この人、アレクサンダー・カルダー(Alexander Calder)の作品は、見せてみたい。

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「赤いモビール」1956年
塗装した金属板と金属棒。モントリオール美術館所蔵

大きな屋外彫刻作品のこんなのも、きっと楽しんでもらえそうです。

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「L'empennage」1953年の制作。スコットランド国立近代美術館蔵。



この講座を受講してから、私は自分の保育園での取り組みには、まだまだ伸び代の可能性があることを思い、反省しました。
そこで「子どもたちの作品を、全年齢の子どもたちと保護者が見れる場をつくる」ことを構想し始めました。

それまで、私たちは子どもたちの作品を天井付近に洗濯紐のように吊り下げていました。
空間は賑わいますし、一見子どもたちの作品を大切にしているように見えるのですが、湿気や絵の具の乾燥に伴って、クリンと画用紙が、ぶら下がっている下から丸くなってしまう悩みがありました。
何よりも、視線も子どもの身長からしたら、随分高い位置にあります。
これでは、触らせないように、しているかのようです。
大人達の美術館も、絵画の設置位置は、大人の平均身長を元に算出されています。私はそれを知っていたのにも関わらず、子どもたち自身に見せることをすっかり忘れていたのです。


まだまだ定点観察中
 「こども・びじゅつかん」 の取り組みの紹介

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こども びじゅつかん

こどもたちの作品を
もっとみんな(こども・保育者・保護者)で味わいたいな

という願いを込めて、始めてみます。
これまでも、大人目線の場所に作品を飾って
楽しんでいました。
こども達の目線に合わせると、どうなるのか?
あえて低い位置に飾っています。

本物の美術館みたいに
作者と、作品によっては題名もつけています。
みんなで味わって、おしゃべりが広がれば嬉しいです。

館長 みき まあや(アトリエスタ)

まだ美術館や博物館などミュージアムを知らないこども達に、その存在に触れてもらいたいという想いも重ねて、このネーミングに踏み込みました。
作品のそばには、美術館の展示にならって「キャプション」も添えました。

初めて1ヶ月。まだまだ定点観察が必要です。
これは0歳児さんのお部屋ある、目の前の通路ですので、彼らが目にする機会にもなっています。

先日、3-4歳のこども達が少し言い争いをしていました。
「触っちゃダメなんだよ!」
と注意をしてくれていたのです。
何でもかんでも触りたがる年齢のこども達。それは好奇心の証です。
それでも、ちょっと考えて、一息置いて
「もしかしたら、これは大事なものかもしれない」
と考える余裕がこども達の中に生まれていることに、嬉しく感じました。
隣でみていた私はすかさず
「優しく触ってあげれば、大丈夫なんだよ。裏面はどうなってるのかな?って。気にしてくれて、ありがとうね。
これはドーナツなんだって!大きいドーナツだねぇ!こっちには小さいドーナツがあるよ。あ、これ本当は指輪なんだって。」
という具合に、お友達の作ったものを巡って、会話が生まれています。

これを設置してから、こども達の工作コーナーの利用率と、日を跨いだ継続制作率は確実に上がっているように感じます。これは子どもたちの記憶の継続能力を考えると、すごいことをしているのではないか、と密かに思っています。

今は作品の入れ替えタイミングが、館長悩みの種。ものすごい勢いで、日々こども達の作品が仕上がってくるからです。嬉しい悲鳴ですね。

こども達の心にどのような影響が現れてくるか、保育者の先生方との連携をしっかり図り、見守っていこうと思います。






最後までお読みいただき、ありがとうございました。いただいたサポートは、試作材料費に使わせていただきます。