vol.7 「見える」と「見えなくなる」の、間に立ち会う。

線一本が、電車になる。
それが、子どもの見ている世界です。

いつから現代人は「具体的に、カメラで撮影したように描く」ことに、憧れてしまったのでしょうね。
(そもそも一点透視図法的な写実的な絵画表現だって、西洋絵画から来ているものなのに。)

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想像の世界の住人と、認知する世界の住人

シンプルな形が何かに見えてくる時期は、ちいさな人の特権です。もう私が見たくても、寂しいかな、どうしたってその世界は見えない。
大人たちはつい、具体的なものが描ける小さな子どもたちの能力に驚き、つい笑みを溢します。多くの大人たちは、早くから具象絵画がかけることを素晴らしい才能のように感じているからです。

でも、ちょっと想像してみてください。
一本の線は、電車、線路、道、飛行機、お花、木、りぼん、雨、お姫様、ママ、パパ、ばあば、じいじ、ぼく、わたし...そうここは何にでもなれる世界。
シンプルな形からあらゆるものを想像できることは、私たち大人が経験と知識を得ることで手に入れた内面の豊かさと、何が違うのでしょうか?
価値基準のちがうところで、脳は大人以上に豊かな活動をしているのではないかと、私は思えてなりません。


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これは、LEGO社の広告です。SNSでも話題になったので、ご存知の方もいるかもしれません。
この時間を大切にしたい、と思います。
いやでも、いつか「具体的なものを描きたい」という気持ちが芽生えるのですから、その人のスピードで、気持ちは発芽すれば良いのです。

シンプルな形の組み合わせで、自分の知っているモノに結びつけることは、次に望まれる成長段階から見ると「細かな形を見分けることは、まだ難しい」という解釈もできます。
「線だけでなく、◯や□、点の組み合わせが、絵に現れるようになる」と、いうことはつまり、(複合的な能力の発達があってのことですが)自分のいる世界を認知する力が高まってきたことを示します。

しかし、ぴゅっと引いた線が、その時々の気分でいろんなものに変化し、さらにそれを言語化できること、つまりこれらの一連の活動は、生まれて数年間の経験をフル回転させ、呼び起こし、言葉にするという作業が、小さな脳の中で行われています。これは、記憶や想像の能力の成長・刺激を示します。

どちらが優れている、成長が早い、ということではありません。
私たちは何かの能力を手に入れるとき、それを補っていた何かを置いてくる、それだけのことなのです。

さて、この “線に物語がある期” (勝手に命名)ですが、この時期は意外と短い
「自分の身体の軌跡が線として色がつく=「描く」面白さ」に、心が奪われている段階は、記憶を呼び起こす力、想像する力は、まださほど働いていません。身体の動かし方と感覚を確かめている段階であり、これはこれで大切にしたい時間です。
描くことに慣れたころ、おしゃべりが弾んできた時期であれば尚のこと
「これはなに?」
を聞くのは、けして悪いことではないと、私は思います。
心得ておきたいのは、何でもないこともある、という聞き手の余裕です。
「〇〇かとおもった!違ったんだね。」
「こんなふうに私には見えたんだよ、ほら、どうかな?」
と、読み取り手(鑑賞者)の想像を伝えてコミュニケーションを弾ませることは、描く遊びを一緒に楽しむ方法であり、かえって描き手の背中を押すことにもつながります。
そうこうしている間に、◯が描けるようになり、□が描けるようになり、線は複雑に重なるようになり、物語は具体的になり、世界観に説得力が増すようになり......もう、あっという間です。

”間(はざま)”に立ち会った、ふたりと私

私が受け持っている個人のクラスで、年齢の近い二人が、好き好きに絵を描いていたときのこと、興味深いやりとりをしました。
一人は、まだまだ抽象的な形がいろんなものに見えており、似たような丸たちは船や池や卵であり、描き進むにしがたってストーリーは変化し、幾重にも重なっていることを、達者なおしゃべりで私たちに説明してくれました。

方や、虹、お花、顔などが、色も形も実際の見ている世界に近く、記号的な表現を取り入れながら具体的なイメージを抱いて描けるようになってきており、それが本人の自信にもなっているようでした。描くことで大部分の状況説明ができているので、作者の解説ストーリーもぶれることがなく、本人の中でしっかり世界観が定まっています。

お互いの話を聴きながら、二人がさほど不思議な様子を浮かべず、興味深そうに距離を保って耳を傾けていたは、彼らがちょうど”間(はざま)”だったからでしょう。
互いが絵を説明するあいだ、描く手は一旦とまり、ワクワクしているようでもあり、自分たちの絵の違いにも少し気がついたようでもあり、ちらちらと絵を見比べる姿が印象的でした。

ちょっと先に、あなたは大人になるのね。
そしてあなたは少しゆっくりなのね。
嬉しいような、寂しいような気持ちで、私は二人を見守りました。




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