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ポストコロナの大学ーオンライン授業がもたらす大学の変革ー

オンライン教育は大学経営の鍵であり、同時に、高い教育効果もあげることのできる仕組みである。ポストコロナにおいては、大学経営では重要な位置を占める事になる。このため、オンライン教育の監査は,今後の大学監査にとって欠かせない要素になる.

※このノートは,2021年10月12日の講演のメモである.

1 レジームシフトを迎える大学

新型コロナウィルスのパンデミックは、終わりが見えないまま2年を経過しようとしている。しかし,レジリエンスの観点からすれば、大学は、この時期こそパンデミック後を睨らんだ対応を考えておく必要がある。

レジリエンスという言葉は、もともと生態学で使われていた用語である。例えば、生物が長年平穏に住んでいる池があるとしよう。ある時、その池の水質が変化を始めると、池に住んでいる生物は、その環境変化になんとか順応しようとする。これは順応期と呼ばれている。しかし,やがて、水質の変化がさらに進み閾値をこえると、元々住んでいた生物の多くは死滅し、新たな生物が繁殖し、生態系は大きく変容する。この段階は転換期と呼ばれている。この考え方を社会工学的な意味で導入したものが、社会的な意味でのレジリエンスである。社会的な意味でのレジリエンスを今日のパンデミックに当てはめれば、日本では、2020年3月のWHOのパンデミック宣言の前後から環境が変わり始め、順応期を迎えたという事ができる。しかし、今後パンデミックがエンデミック(周期的な流行)になるなど、新型コロナウィルスの流行の様相が変化する段階になると,転換期が訪れる。

レジリエンスにおける転換期には、レジームシフトと呼ばれる現象が起きることが知られている。生態系で言えば,死滅する生物がいる一方で、栄えてゆく生物がいることにより生態系が大きく変わってゆく現象がそれである。社会工学的にも同じ事が起こることが経験的に知られており、大きな災害の転換期では、転換期を機に成長してゆく組織と、滅びてゆく組織が著しい形で出現することが知られている。

ポストコロナにおける日本の大学においてもレジームシフトが起こると考えることが自然である。日本の政治経済は、パンデミックで大きく傷ついており、従来のように高等教育に対して手厚い支援を行う余裕を失っているからである。大学は、ポストコロナの時代に、自ら道を切り開き新たな道を踏み出さざるを得なくなる。

2 レジームシフトへの備え

レジリエンスにおいては、各組織のレジームシフトは順応期にどれだけの準備ができていたかに応じて決まる。大学で言うならば、今日のパンデミックにおける順応期において、大学が全学的な体制で努力したオンライン教育をどのように活かすことができるかが、レジームシフトにおいて大きな意義を持つ。対面講義に再び戻り、オンライン教育の特性を活かすことができない大学は大きな損失を蒙るであろうし、オンライン教育を上手く利用できる大学は、成長することができる

なぜなら、オンライン教育は、対面講義では実現できない効果を持っていることは、パンデミック以前から日本以外の国々では良く知られていた事実だからである。ただ日本だけが、その事実を受け入れられることができなかったに過ぎない。例えば、2012年にブームとなったMOOCs(Massive Open Online Courses)と呼ばれる活動は、オンライン教育の効果を最大限に活かそうという運動であり米国ではブームとなり、アジアにおいても大きな運動となったが、日本では、多くの人々の努力にもかかわらずあまり受け入れられることはなかった。

しかし、パンデミックの中で、日本の大学はオンライン教育に関して大きな経験をした。日本においても、今後、レジリエンスの順応期に経験したオンライン教育の効果にいち早く気がついた大学は、ポストコロナにおいて、それを有効に活用しようとするだろう。そのような大学がレジームシフトを引き起こし、新たな大学の姿を創り出すことになる。

3 オンライン教育の優位性

オンライン教育に優位性があるという研究は日本では殆ど言及されていないが、米国のでは、周知のことである。例えば、2014年にMoranらの調査では、オンライン講義の経験を持つ大学は、対面授業より優位性を感じている大学は25%にのぼり、対面と変わらない効果という大学を加えると8割以上の大学が、オンライン教育を評価している。反面、オンライン講義の経験を持たない大学は、75%の大学が対面よりも劣っているという評価をしている(図1)。オンライン教育は実施してみてはじめてその優位性に気付くという性質を持っていることがわかる。

図 1オンライン講義は対面より優れているか
出典:”Moran, M., Seaman, J., & Tinti-Kane, H. (2014). Grade change: Tracking online education in the United States. Babson Survey Research Group.”より作成

日本では、パンデミックの中でオンライン教育を強制された結果、その効果に気がつくケースが増えてきた。例えば、関西大学教学IRプロジェクトの2021年9月の調査によれば、オンデマンドの学生満足度は、対面講義を上回る結果がでている。

図 2関西大学教学IRプロジェクト
「2021年度春学期授業・学生生活に関するアンケート」2021年9月

4 MOOCsの意義

2012年に、米国でMOOCsと呼ばれるオンライン教育の大きな運動が起きた。MOOCsという運動自体は、カナダと米国の一部の州で2008年頃からはじめられた規模の限られた活動であったが、2012年にスタンフォード大学からUdacityとCousera、また、MITとハーバード大学からedXと呼ばれる組織が、大規模な資金を背景にMOOCsの活動に参加したことで、MOOCsは世界に知られることとなった。

ブームの先陣を切ったUdacityのThrun氏は、自らがスタンフォード大学で講義をしていた経験を語っている。その講義ではオンライン講義と対面講義を併用していたが、試験をしてみると試験結果上位の学生のすべてが、オンライン講義の受講者であった。それに衝撃を受けたThrun氏は、大学を辞めて大規模なオンライン教育に専念することにしたというのである。Thrun氏は、オンライン教育が普及すれば「世界には大学は10しか残らない」という大胆な予想まで行い、MOOCブームを牽引したのである。

こうしてThtun氏はオンライン教育の教育効果に着目したが、同時期にCourseraを立ち上げた、Koller女史は、オンライン教育が貧しい人々まで届くことに着目し、すべての人に高等教育の機会を与えるとアピールした。また、edXのCEOであるAgarwal氏は、オンライン教育が時間と場所を選ばない特性に着目し、やがて大学から大教室は消え去ることになる、という予想をした。

三者の視点は、オンライン教育における、高い教育効果、すぐれた経済性、時間と場所からの解放という3つのすぐれた特性を言い当てている。

5 米国大学の変容

オンライン教育の特性を活かせば、大学のあり方そのものは大きく変わることもわかっている。実際、米国ではパンデミック以前から様々な取り組みが行われてきている。ここでは、WGU(Western Governors University)とSNHU(Southern New Hampshire University)の例を紹介する

5.1 WGU

Western Governors Universityは、19の州が合同で設立した大学であるが、以下の特徴がある。

  • キャンパスは存在しない

  • 専任教員を置かない

  • 学生の修業年限は設けない

  • 直接評価方式である。すなわち授業回数は問わない、提出課題だけを評価する

  •  コースはコンピテンシーベースモデルを採用している

WGUには、出席すべき講義はない。教材を学ぶだけなので、教材制必要だが、専任教員は不要である。コースがコンピテンシーベースモデルを採用しているため、自分が既に就職しているスキルについては、改めて修得する必要は無い。学位取得に必要なスキルで欠けている部分の単位だけを修得すれば良い。
「これが大学なのか?」という議論は米国にも存在しているが、質評価を行う機関からは、高等教育としての成果は十分に上げているという評価を得ている。
一定の教育効果が保証された上で、経済性が高く、学生の満足度も高い仕組みだとすれば、ポストコロナ後の大学を考える時の重要なケーススタディとなる。

5.2 SNHU

Southern New Hampshire Universityは、1932年に創立された歴史のある大学で、もともと学生数2万人を超える大学であったものが、2003年頃には学生数2千人程度まで落ち込んで経営危機を迎えている大学であった。その最中に学長に就任したLeBlanc氏は、大規模なオンライン教育によって危機を乗り越えようと考えた。そのポリシーは以下の通りである。

  • コンピテンシーベースモデルのコース設計

  • 安価な授業料

  • 教員のコース単位のノルマ

コンピテンシーベースモデルと安価な授業料によって学生は、短期間に小さな経済的負担で学位を取得できることができるようになり、全米だけではなく世界からも多くの学生が集まった。また教員の給与制度をノルマ制にすることにより大学経営が安定し、教員にとってもテニアトラックにより研究に追われる日々から解放されるというメリットがあるため受け入れられた。

SNHUは、経営的な余裕ができたため、コースは大幅に拡張され、今では、大学のアマゾンと呼ばれるような多様なコースを提供できるようになった。

このような経営戦略も、大学経営に苦しむ日本の大学にとっては重要なヒントとなるはずである。

6 オンライン教育の監査

米国の2つの大学のケーススタディが教えてくれることは、オンライン教育は大学経営改善の鍵となる要素を持っており、同時に、高い教育効果もあげることのできるしくみであるということである。大学の多様性は、日本の中だけを見ているときには気がつかないが、世界を見渡すと、想像以上に豊かであることが理解できる。

ただ、パンデミック以前の日本の大学制度の下では、このような柔軟な大学運営は制度的には不可能であった。しかし、ポストコロナにおける大学も同様であるかどうかはわからない。先頃、文部科学省大学設置基準にけるオンライン教育の修得単位数上限(卒業単位124単位中60単位まで)についての私大連による撤廃の要請が、ニュースで報じられた。ポストコロナにおいては、大学の運営の自由度が加速してゆく可能性がある。それと同時に高等教育の質保証への取り組みも重要性を増してゆくことは当然の流れとなるだろう。

大学の監査部門においても、ポストコロナにむけて、こうした動向を敏感に把握しておく必要がある。

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