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続:ポストコロナの大学ーテレワークで生き残りをかける

1 私立大学経営はレジリエンスからレジームシフトへ

1.1 私立大学のレジリエンス

レジリエンスという用語は、元々は18世紀頃の物理学分野で「復元力」という意味で使われ始めたようである。しかし、今日においては、レジリエンスは「環境変化に対する耐性」という意味で使われている。その適用分野は広く、最初は生態学で使われていたものが、やがて、災害のような社会事象から看護における個人的な事象に至るまで様々な領域で用いられるようになった。

日本の大学のレジリエンスについて言えば、日本の私立大学は高いレジリエンス能力を持っているとする研究がある。ジェレミー・プレーデン、ロジャー・グットマン『日本の私立大学はなぜ生き残るのか』(中央公論新社 2021/9/8)によれば、日本の私立大学は、20世紀の終わりから続いている18歳人口の長期的な減少という大きな環境変化にさらされながら、今日に至るまでほとんど倒産を見なかった。これこそが私立大学のレジリエンスであるとする。同書によれば、日本の私立大学のこのようなレジリエンスを支えているものが二つある。一つは、政府による護送船団方式であり、もう一つは、家族経営的な独占的意思決定プロセスである。この二つの機能がある限り、日本の私立大学のレジリエンス能力は十分に高いというのが同書の結論である。実際、日本の大学は、今日の新型コロナウィルスパンデミックに対してもレジリエンスを発揮し、対面授業をオンライン教育に切り替え、業務はテレワークでしのぐことによって現在の環境を生き延び続けている。

護送船団方式と家族的経営は、かつての日本的経営を支えた構図である。しかしながら、今日の日本企業においては、政府の護送船団はリーマンショックなどを通じて機能しなくなり、家族的経営も次第にその姿を見なくなってきている。日本でさえもとうに時代遅れになった古い体質の機能である。今日の私立大学のレジリエンスは、そのような古い日本的経営の構図によって支えられていることになる。そうであるならば、日本の私立大学が護送船団方式と家族経営という古びた制度によって今後いつまでも守られているという保証はない。それどころか、今日の新型コロナウイルスパンデミックによって、日本の私立大学は大きな転機を迎えることになるかもしれない。

1.2 レジームシフトへ向かう大学経営


レジリエンスが限界に達し、組織や人がついに環境変化に耐えられなくなった状態は、レジームシフトと呼ばれる。レジームシフトは大きな災害などで観察される。大災害の後には、それまで当然のように機能していた社会環境が突然機能しなくなることで、レジームシフトが起きる。一般に、レジームシフトが起きると、古い体質の組織はそれを契機に滅びて行くが、反対に環境変化を糧にして大きく成長する組織も誕生する。そこにK字型と呼ばれる二極化が起きることが知られている。

今日の新型コロナウィルスパンデミックで言うならば、パンデミックがやがてエンデミックとなりポストコロナの時代が訪れることが、レジームシフトの契機となるだろう。新型コロナウィルスパンデミックは二年を越え、その間に様々な社会的機能が失われ、減衰していっている。そのため、ポストコロナでは、限られたリソースを活かすことのできた組織は大きく成長する組織一方で、旧来の体質から脱却できない組織は経営に失敗して滅びてゆくことになる。

大学もまたポストコロナにおいてK字型回復の命運を共にせざるを得ない。第一に、護送船団方式は、新型コロナウイルスパンデミックによって現在の政府の財政事情は深く傷ついている。大学の護送船団方式のための財政支出がどこまで可能かは不透明になる。第二に、昨今の大学のガバナンス改革への関心の高まりから、大学における家族経営に対する批判が高まってきており、今までのような理事長や総長による独占的な意思決定が難しい状況が生まれようとしている。大学経営のレジリエンスを支えてきた護送船団方式と家族経営という二本の柱が揺らげば、ポストコロナにおいて私立大学の経営にレジームシフトが起きてもおかしくはない。ポストコロナを見通した適切な大学経営が、今問われている。

1.3 テレワークがもたらす大学の変革

レジームシフト後の新しい環境に適応できる組織は、パンデミックの間も環境変化に適応し、その間に新しいリソースを活用する術を手に入れた組織である。大学の例で言えば、そのようなリソースは、オンライン教育とテレワークであると考えられる。パンデミックの下では、対面で行われることが当然と思われていた授業と業務は、オンライン教育とテレワークで行うことを余儀なくされた。それは仕方なく始められたものではあるが、ポストコロナの時代になれば、オンライン教育とテレワークは、新たな戦略的なツールとなる。そのツールを巧みに利用することのできる大学だけが、レジームシフトを乗り越えることができる大学となる。

レジームシフトでは、小さな差が大きな結果を生む事が知られている。このため、今の時点での小さな差異は、将来の大きな差を生む可能性がある。オンライン教育は、パンデミックの中で教員がその価値に気づき、今後も広がりを見せて行く可能性が高い。各大学は、大きな差も無く受け入れて行くかもしれない。一方で、テレワークは、大学から消え去ろうとさえしている。それだけに、テレワークをうまく活かした大学は、大きなアドバンテージを手にすることができる可能性がある。テレワークは、大学の命運を決定づけることになる。

2 テレワークで組織改革

2.1 働き方の多様性

テレワークは、ポストコロナにおける大学の浮沈の鍵を握っていると言って良いが、日本では、企業も大学もテレワークを快く思っていない。その理由は、テレワークの二つの性格に起因する。第一は、組織が働き方の多様性を受け入れることができないことにあり、第二は、一緒に働く人々を信頼できないことにある。

働き方の多様性が受け入れられないのは、IT化が今日のように進んでおらず手作業に頼っていた時代の労務管理の面から見れば、労務管理コストを上昇させる要因となるため、受け入れられないという事には合理性がある。しかし、今日のようにIT化が進んだ社会においては、働き方の多様性を受け入れる労務管理コストは最小化されており、多様な働き方を認めないことは、むしろ労働生産性向上の機会を奪うことにもなっている。しかし、日本の組織では働き方の多様性を認めるという意思決定はなかなかできないでいる。

これを大学の例で見てみよう。大学の中には、教務部門のように学生や教員と常に対面を求められる業務と、対面せずに業務が遂行できる管理部門などが混在している。仮に管理部門がテレワークに効率性を見いだして実施しようとしても、対面を避けることのできない教務部門などから強い不満がでてくる。テレワークのできない部門が組織全体の「空気」を決定づけてしまう。このような横並びを重視する組織文化が、テレワークに否定的な意思決定を生む。

第二の問題は、 管理監督者が共に働く部下を信頼できないという点にある。部下は期待通りの仕事ぶりで仕事をしているか、怠慢な仕事をしていないかを目の前で確認しないと安心できない管理監督者が、日本の企業や大学内には多くいる。上司は、仕事ぶりや情実を重視するという組織的な文化がある。

この二つの課題は、日本的な組織体質に根ざしている。そのためには、従来の人事制度を根本的に見直す必要がある。

2.2テレワークが大学を変える

テレワークを成功させるためには、「空気」を読もうとする横並び体質を改め、アウトカムを中心にした人事管理を行うことに尽きる。どちらも技術的には困難なことではない。IT技術を活用することに加えて、組織文化のあり方を見直すことに尽きる。しかし、日本の私立大学が、ジェレミー・プレーデン、ロジャー・グットマンが指摘するような護送船団方式の文化的背景を持っているとすれば、テレワークの実現には大きな困難がある。そしてまた、だからこそ、テレワークは、ポストコロナを見据えた時に大きなレバレッジを生むともいえる。大学は、そのためにIT化と組織文化の見直しに努力すべきである。

2.2.1 ITが支えるテレワーク

テレワークのための個々の職員のアウトカム(成果)はITを活用することによって乗り越えることができる。上司が部下を信頼しきれない根本的な理由は、部下の成果を信頼できる形で測ることが出来ないことにある。一般に事務的な仕事に成果を求めることは困難と言われている。しかし、毎日の仕事には必ず区切りがあり、その区切りは、多くの場合、職員は無意識にせよ、自らが自分で目算し、その区切りを目処にするというセルフマネジメントを行うことによって業務を達成しているはずである。そこに着目すれば、細かい粒度の目標を見える化することで、部下への信頼関係は大きく変化する。ただし、何のツールも利用せずに、そのような細かい粒度の進捗を管理することになれば、今度は管理業務が破綻してしまう。しかし、テレワークの元では、今日では優れた進捗管理システムが数多くあり、IT技術によって容易な管理が実現できる。

テレワークの障害は、ITを上手く利用する管理体制ができていない組織にこそあると言うことになる。この意味で、テレワークの実現は、ITの活用に長けた大学かどうかを峻別する基準にもなり得る。

2.2.2 組織文化を乗り越える

大学を支える護送船団方式は、大学の外部から大学を守っているだけではなく、組織文化においても大きな位置を占めている。護送船団方式とは、もっとも能率の悪い部分に着目し、そこにフォーカスし、その改善を図ろうとする方式である。人事管理で言うならば、問題行動のある職員にフォーカスした制度設計に陥ることを意味する。通勤手当や出張旅費を職員が瞞着することを恐れて、数百円の経費を節約するために大きな手間をかけて労働生産性を著しく落とすというような例は、各大学の中で未だに見ることが出来る。

一人一人の職員を信頼し、信頼に足りるだけの仕組みを組織として構築することが、最終的には、大学の労働生産性を向上させ、大学を成長させる。

 

3.テレワークを成功させる

3.1多様性を認める

多くの大学の業務は、テレワークが可能であるが、一部の業務にはテレワークが困難なものがある。それは業務の多様性に由来するものである。部署によって出張の機会が多い部署があり、早朝・深夜業務がしばしば発生する部署がある等、従来の業務ごとの固有の特性があることと何も変わることはない。テレワークを通常の業務の中に組み入れることで、生産性が向上するものであれば、積極的にテレワークを導入することを選択すべきである。

3.1.1 テレワークに適した業務

では、どのような業務がテレワークに適しているであろうか。

(1) 一般的な事務

通常の事務は、多くの時間を一人で集中して作業することに費やされている。この様な業務は、自分のペースで集中して行うことが可能なテレワークには最適である。

(2) 管理職業務

管理業務は、指示命令等から成り立っており、その場にいる必要は無い。SNSやオンラインミーティングツールを使うことで十分な成果を上げることができる。

(3) 出張など学外での業務

もともと勤務場所から離れて業務を行う出張業務等であれば、必要に応じてオンラインミーティングなどを利用することで、従来実現できなかった出張中の会議なども実現することができるため、生産性は明確に向上する。

3.1.2 テレワークのためには、工夫が必要な業務

一方、テレワークを実現するためには工夫が必要な業務としては、以下の業務が考えられる。

(1)学生と対面するような接客業務

対面が必須であるような業務は、相当の工夫をしなければ、テレワークでは実現しにくい。しかし、管理業務は、テレワークでも可能であり、さらには対面そのものも工夫次第では、オンラインでの面談も実現可能である。

(2)施設維持管理業務

物理的な施設の維持管理業務やネットワーク機器の物理的な保守などは、テレワークはできないものの、情報システム部門などにおいては、テレワークでの業務指示などは、むしろ昔から行われていた業務形態である。

(3)保健業務

学生教職員の保健業務は、原則的にはテレワークには適さない。それでも限定的な状況では、オンライン診療などを考えることはできる。

3.2 セルフマネジメントを尊重する

テレワークでは、与えられた業務に対して、一人一人の職員が自身のペースで業務を行うことができる。一方で業務指示を行う上司は、指示した業務の成果が出るまで、課題が達成されたかどうかを知ることができないため、最後になって失敗を知ることになるという不安を抱えることになる。

この問題は、先も述べたように業務のアウトカムを細分化することで防ぐことができる。そのためにはITツールが必須となる。そのようなITツールは、プロジェクトマネージメントツールとしていくつか存在している。フリーソフトウエアでは、Redmine™などがあるが、これらのツールはITの開発を意識しているため、一般の業務では使いにくいかも知れない。有償であれば、Trello®は、おそらく最も有名である。ほかにBacklog®,Asana®などはよく知られている。筆者自身は、日本発のツールであるRepsona®をよく利用している。

こうしたツールを利用すれば、部下の残作業は日単位で一覧することができ、一人一人の業務負荷をそこから推定することもできる。部下が目の前にいる必要は全くない。

3.3 仕事を妨げない

テレワークは、一人で業務に集中できる時間を持つことができる。そのためにITツールを活用することが必須となる。その時間を尊重しなければならない。

 

(1)電話・FAXは使わない

電話は、相手の作業状況を妨げてしまう。テレワーク中の電話は、作業を妨げてみ伝えなければならないような、事故など緊急事態に限るべきである。

また、FAXを未だに使っている組織が多くある。官公庁がFAXを多用するので、大学などでも利用から脱却できないという事情があるのかもしれない。しかし、テレワークには最も不向きなツールである。各家庭にFAXがあることはかなり少なくなってきたし、テレワークが外で行われている場合には無力である。

(2)メールは控えめに

電子メールは、便利なツールではあるが、組織内のコミュニケーションに利用すると、外部からのメールと混在することになり、メールの処理だけで多くの時間を費やすことになる。米国では、10年以上前から組織内でのメールの利用は控えることが常識になっており、それが労働生産性を支える要素の一つとなっていることに留意すべきである。

(3)テレワークに便利なツール

テレワークでつかわれる主なツールに以下のようなものがある。

  •  WEB会議システム:ZOOM®、Microsoft Teams®、Google Meet®、Cisco WebEX®などがある。

  • ビジネスチャットツール:Slack®、ChatWork®などがある

  • 情報共有ツール:情報共有ツールは多彩である。

    •  ファイル共有:Dropbox®、Box®、Google Driv®eなどがある。

    •  グループウエア:Google Workspace®、サイボウズ®などがある。

これに先の進捗管理ツールを加えることで、テレワークの生産性は格段に上がることができるはずである。

3.4 セルフマネジメントで場所と時間を管理する

テレワークは、セルフマネジメントで時間と場所を管理することが可能である。いたずらにコアタイムを設けて勤務時間を管理すること、常時自宅にいるかどうかなどの勤務場所を管理することをテレワークで実施することは、働く人のセルフマネジメントの機会を侵害し、生産性を損なうことになる。

勤務時間に関しては、深夜労働などの労働法上の観点から、早朝深夜の時間帯を避けるという指示は必要であるが、労働者がテレワークで働きやすい時間を確保することを妨げる理由はない。

4 テレワーク導入のコツ

テレワークは多様な働き方の一つであり、働く人のセルフマネジメントを尊重する仕組みである。セルフマネジメントをできるだけ尊重することで、生産性を向上させることができる。

4.1組織の中の多様性

テレワークが適した職種と余り適さない職種がある事は、業務の多様性の観点からは当然である。テレワークに適した職種は積極的にテレワークに取り組むべきであり、組織の中でテレワークを行う職種と、行わない職種が混在することは、当選のことである。

4.2チームワーク

同一の職種の中でテレワークを一斉に行うことは、テレワークによる生産性向上が期待できるが、同じ職種であるにも関わらず、ある人は対面で行い、ある人はテレワークで行う、ハイブリッドなテレワークは、中途半端な結果を生み、生産性を落とすことがある。

テレワークを行う場合の業務設計の中では留意すべき点である。

4.3 無駄話を補う

テレワークは、一人で集中して業務を行う場合は、生産性を向上させるが、アイデアを生み出すような業務は、同僚との議論が必要な場合がある。つまり無駄話が生産性に寄与する場合がある。無駄話をすることはテレワークの苦手な部分である。また、対面での無駄話こそ、相手の時間を奪い生産性を落としている隠れた原因でもある。

テレワークの経験上、そう言う場合には、チャットツールなどで、独り言をいうという方法は案外効果がある。独り言は、無駄話のように他者の時間を奪わない。一方、その独り言に気付いた人が、面白い話だと思えば、相談に乗ってくれることがある。

無駄話というような些細な関係においても、テレワークは対面のように他人の時間を奪わず、他人からアイデアをもらうという点で優れていることがわかる。

5 終わりに

テレワークは、大学の業務の生産性を向上させる決定的なツールであり、ポストコロナを迎え、厳しい経営を迫られることになる大学にとっては、無くてはならないものになる。

働く人々に多様性を与え、セルフマネジメントを徹底させることで、個々の職員のマネジメントスキルが向上する機会にもなる。

日本の大学は、テレワークに後ろ向きであるが、日本の大学が生き残るためには、テレワークの価値に気がつかなくてはならない。

 

以上

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