M&A仲介における利益相反問題の考察

M&A仲介業務の利益相反についてしばしば批判が為されます。個人的な意見としては、「M&A仲介業務に利益相反が発生するから仲介業者に問題がある」というよりは、「買い手と仲介業者が引き起こすモラルハザードのリスクを売り手だけに負担させている現状を、資源の再配分を担うべき行政が放置しているのが問題なのではないか」と考えております。この記事ではM&A仲介業務の利益相反の問題点について深掘りいたします。


未上場企業の第三者承継では、対象企業の創業者であるオーナー経営者にとって事業承継M&A自体が人生初の体験になることがしばしばあります。一方で、買い手になれるだけの多額のキャッシュを持つ企業は業界大手企業であることが多く、同時にM&A仲介業者のリピーター(=ロイヤル顧客)であることが多いです。名目上は中立であるM&A仲介業者が公正な視点で対象企業のバリュエーションをしてくれたら良いのですが、買い手側の意向を組んだ結果として売り手に不利なバリュエーションがM&A仲介業者によって為されるリスクが存在する訳です。売り手が知らず知らずのうちに。


そもそもM&A仲介業者が売り手に提供する付加価値とはなんでしょうか? 売り手から見たM&A仲介業者の付加価値は、業者を通さなければ廃業に至っていた対象企業の買い手を見つけ出してくれるマッチング力にあります。そういう意味では、(M&Aがクロージングすれば)M&A仲介業者は売り手へマッチング機能という付加価値を提供していることになります。一方で、株主の利益を守るための善管注意義務を取締役が負う上場企業のM&Aでは、ファイナンシャルアドバイザーが対象企業のバリュエーション/ストラクチャリングを合理的に行うことで、取締役が株主から訴訟を受けるリスクを防いでおり、これが付加価値となっています。未上場企業の事業承継M&Aは、その点が上場企業のM&Aと決定的に異なります。


では、M&A仲介業務にかかる高額なコストは正当なコストなんでしょうか? 数多い未上場企業のオーナー経営者の中には藁にもすがる想いで対象企業の存続を願ってM&A仲介業者へ業務委託される方もいるでしょう。例えるならば、治療困難な病に侵された患者が自らの意志で高額な治療費を払って医師から延命治療を図ってもらうようなものです。この場合、元々困難な治療なので高額なコストが発生するのは仕方ないと思います。M&A仲介業者も自らの業務で発生するコストを買い手と売り手に折半させる形で両者の負担を軽減させる工夫をしています。しかし、その高額なコストをM&A仲介業者が確実に回収するために、買い手の都合に合わせた、売り手の望まない対象企業の廉価なバリュエーションを行い、クロージングさせることで、彼らの成功報酬を確実なものとすることはやはり許されるものではありません。その行為が許されるとすれば、M&A仲介業者から提供されるマッチング機能に対して支払うコストについて、売り手であるオーナー経営者から予め了承を得ていることが絶対的に必要です。しかしながら、今の事業承継M&Aマーケットは、売り手が事業承継M&Aについて事前に知り得る情報量が圧倒的に少なく(仲介業者のバイアスがかかったポジショントークは豊富)、また事業承継M&Aで不利益を被った際のセーフティネットが十分ではありません。それでは売り手が十分に納得してM&A仲介業務を仲介業者へ業務委託するための必要な環境が整っているとは言えません。


もちろん、仲介業者が営利企業である以上、法に違反しないのであれば、その経済活動を悪く言うことはできません。であれば、外部不経済※とも言えるこの現状を放置している行政にこそ問題があり、これこそがM&A仲介における真の問題ではないでしょうか。対策として例えば、買い手や仲介業者から行政が税金を徴収してそれを不利益を被った売り手に補填するのも良いでしょう。或は、仲介業者を使わず廃業に至るケースの収支(廃業後の生活費用含む)と、仲介業者を使って事業承継を成功させるケースの収支を、冷静に売り手が比較できる程度の事前情報を行政が充実させるのも考えられるかもしれません。仲介業者ごとに異なる仲介手数料の比較情報の普及も必要でしょう。また、売り手企業が投資分析・意思決定のできるCFOやFP&A組織を内製化し、資本収益性・成長性・社会的付加価値といった指標をベースに(カーブアウトを含む)事業ポートフォリオ管理することを促していくという視点もあります。資本市場のプロであるM&Aアドバイザーの言うことを売り手企業が鵜呑みにしていては、いつまで経っても買い手と売り手の情報格差は埋まりません。こちらについては、そうしたコーポレートファイナンスに長けた人材の雇用が解決策になり得ることを官民学で協力して社会に浸透させていく必要があると思います。いずれにしても、不慣れな売り手が納得してM&A仲介サービスの提供を受けられる仕組み作りが急務ではないでしょうか。

※M&A仲介の累積成約件数が増加するほど、固定化された買い手と潜在的売り手の情報格差が大きくなる。

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