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エンジニアのみなさんにも知ってもらいたい出版業界のこと

皆さんこんにちは!
これは株式会社FOLIOのアドベントカレンダー12月21日の記事です!

私は金融戦略部という部署に所属しております設楽幸生と申します。

今の仕事は、弊社のサービスを使ってくださるユーザーの皆様や、これから使って頂ける方に向けて様々なコンテンツを執筆・編集する業務を任されています。

ひょんなことからこのスタートアップのフィンテック業界に潜り込んだのですが、それまでは約25年間、出版業界で色々な書籍の編集業に携わり、時には編集部長職になったり、フリーランスのライターやエディターをやっていたこともありました。

そんな私が、「ちょっと本でもチョロっと書いて夢の印税生活を送りたいんですけど」と企んでる人たちへ向けて、最低限知っておくべき出版業界のことや本の制作の流れについてお話したいと思います。

印税でタワマン買うで

なお、私はすでに出版社を離れて5年ほど経っており、情報が古い場合があるかもしれませんがご了承ください(でもこの業界結構レガシーが残っているので[まだ請求書は紙でと言われることが常]、多分そんな古くないはず)。

  • これから本を書いてみたいと企んでいる人!

  • 出版業界ってどうなってるの? と純粋な疑問をお持ちの人!

は是非ご一読ください。

印税の仕組みを知っておこう

本を出す目的は人それぞれだと思います。社会的意義や自分のアイデンティティのために執筆する人、自分の「名刺代わり」に本が出せたらいいなと願っている人、そしてもちろんベストセラー作家となって印税生活を夢見てる人など様々でしょう。

ということで、まず最初に多くの方が気になるであろう印税の話をしましょう。出版業界において基本的に印税というのは、

部数×定価×印税率=ギャラ

で計算されます。(以下の話は消費税及び源泉徴収は考慮していません)

印税率の話

部数の話は少々ややこしいので後回しにするとして、まずは印税率の話からします。よく「印税率って10%が普通なんじゃないの?」と言われますがそれは出版業界が景気良くってウハウハだった昔の話です。

もちろん今でも売れっ子作家や条件がいい企画などは印税10%(時にはもっと)支払われますが、過去に出版実績のない新人の方とかは5〜8%位という話を多く聞きます(印税3%なんていう話も聞いたことあります)。

これは考え方の問題で、たとえば執筆を生業としている人は、印税率は生活にかかってくるわけですから、高いに越したことはありません。
しかしたとえば本を書く、本を出すという行為が生業というよりも宣伝だったり副業だったりする場合は、「ギャラは二の次」となるはずなので、そんなにこだわらなくてもいいかもしれません(まあ多いに越したことはないですが)ので、出版社側から5〜8%ぐらいの提示があったら、まあ妥当だろうと考えるのが通常です。

また、極稀にありますが、初版の時は原稿料として50万円、重版後は印税5%、みたいな契約もあったりしますので、その辺は担当の編集者から執筆前に聞いておいて言質を取っておくことを強くおすすめします(後出しジャンケンで揉める話はよく聞く)。

メールとかLINEに証拠を残しておかないと揉めます

私の場合は、ライターとして仕事を受ける時は、絶対にメール等の記録が残る方法で最初にこの辺の条件を詰めてから仕事に取り掛かります(何度か泣きを見た経験あり)。

部数の話

さて、次に部数の話です。これもギャランティに大きく関わって来る話なのでとても大切です。
最初に刷る書籍を「初版」と言いますが、この初版の部数は多くの出版社において「部数決定会議(部決会議)」と呼ばれるお偉いさん方が集まる会議にて決まることが多いです。
初版の部数は、事前の注文状況やその作家の人気度、その企画のジャンルの類書が過去にどのぐらい売れたのか? などなど色々な特徴量を元に決められることが多いですが、時には社長の鶴の一声で「俺の企画なんだから1万部刷れ」という理不尽な展開もあります(出版社あるあるです)。

もし印税契約が「刷り部数」で契約している場合ですと、初版の場合は

初版の印刷部数×定価×印税率=初版のギャラ

となります。

たまにある保証部数方式

たまにある契約のスタイルで、
「原稿料で50万円は保証で、印税は5%でいかがですか?」
という契約条件を提示されることがあります。
これはざっくり言うと、初版は何部刷るかわからないけど、50万円は原稿料として最低限必ずお支払いしますよ、そして重版かかったら5%の印税を払いますよ、という契約です。
また、たとえば、発売前から話題で、初版の刷り部数が1万部刷れて、定価が1,500円だったとしましょう。すると初版では

10,000部×1,500円×5%=750,000円

の印税が頂けることになります(保証の50万円を超えているので)。
逆に、あまり評判が芳しく無く初版の刷り部数が2,000部で、定価が1,500円だっとします。こうなると初版では

2,000部×1,500円×5%=150,000円

となります、が! 保証の原稿料は50万円なので、15万円でなくて50万円は初版部数が低くてももらえますよ、という契約となります。

この契約条件は、初版部数の決定は発売の1か月ほど前でないと見えてこない一方で、本の執筆には3か月〜1年程かかりますから、半年かけて必死に書いて、初版の部数が決まったけれどたった2,000部で、初版時には15万円しか払えない、という悲しいことにならないように、出版社側が最低は原稿料としてこのぐらいは払います、という保証をつけてくれるものです。

なお、この保証の契約の場合、たとえば編集者に「初版は原稿料50万円は保証」と言われて、初版の時に先の計算のように、

10,000部×1,500円×5%=750,000円

のように1万部刷ったら50万円でなくて75万円支払ってくれる出版社と、「いや、初版は原稿料の50万円だけで、印税方式は重版からです」と言われる場合があるので、ここも事前に言質を取っておくことが大切です。

刷り部数印税と実売印税

記憶があまり定かではないですが、15年程前から「実売印税」という制度が出版業界に広まりはじめました。

それまでは、初版時でも重版時でも

印刷した部数×定価×印税率=ギャラ

というのが当たり前でしたが、本が売れない時代が到来し始めると、出版社側も刷ったものの、実際に売れるか売れないかわからない分に対して作家にギャラを払うのはどうなんだ? ということになり、「実際に売れた部数に対して印税を払います」という実売印税を導入し始めました。

うちは上が厳しくて実売印税ですすいません。。。

実売印税の場合は、以下の様に条件提示されることが多いです。

印税ですが8%で、初版は3000部保証で、定価はまだ未定ですが1,500円〜1,800円位を考えています。重版以降は実売印税で、半年ごとにレポートを提出してそのレポートを元にお支払いします。

これを翻訳しますと、「初版時には定価×3,000部×8%の額は保証でお支払いしますよ。もし重版したら、重版分に関しては実際に売れた部数を算出してレポートを出して、その数字を元に印税を払いますよ」ということになります。

さて、ここで問題になってくるのが「実際に売れた部数っていうのはどうやって算出するのか?」という問題です。
いや、それって書店とかAmazonでレジを通過した数=売れた数なんじゃないの? と思う方もいるかもしれませんが、実際はそう一筋縄ではいきません。

出版業界の流通には、独特の「委託制度」というものがありまして、それと深く関係してくるのですが、これを話し出すと記事1話分になってしまうので割愛します。

ポイントは、もし「重版からは実売印税です」と言われたら、どういう計算方法で実売部数を出しているのか?を聞くことが大切です。この算出方法は、倉庫から出て本屋に流通した数だったり、流通した数に年月などの係数をかけてその出版社独自で算出してたりするので、会社によって違う場合が多いです。

契約書の話

出版業界の常識は世の中の非常識というのが色々ありますが、その最たるものが契約書でしょう。
著者と出版社が締結する、いわゆる「出版契約書」というものがあり、そこには印税のことや守秘義務などなどが記載されているものなのですが、この契約書はほとんどの場合、本が出来てからもしくは本ができるギリギリのタイミングで交わされる場合が多いです(例外もあります)。

通常の商習慣なら、本を書く前に条件を擦り合わせて……契約書を交わしてから実際の作業に入るのが常ですよね。でも出版業界は本が出来るタイミングで契約書が交わされるのが一般的です。

発売ギリギリにならないと定価や部数が決まらないから、契約書に盛り込めない。だから発売ギリギリで契約書を交わす、みたいな出版社側の言い分もあるのですが、ちょっと世の中の常識とはかけ離れていますよね。でもこれが結構当たり前です。

もし心配で契約書を先に交わしたいのであれば提案してもいいと思いますが多分「面倒くさいやつ」と思われる可能性が高いです(笑)。だから方法としては、後々こじれそうなお金周りのことやスケジールなどは先にメール等で証左を取っておいて、正式な契約書は後で、としておけば多分大きなトラブルになることはないと思います。

企画からどのように書籍になるのか?

さて、次に企画の話です。アイデアからどのようにして書籍になるのでしょうか? これには色々なパターンがあって、思いつくのは以下のような場合です。

連載から書籍化

作家さんから原稿を頂き、それを雑誌等に一定期間掲載して、纏まったら書籍にするというパターン。

アイデアが書籍化

実用書、ビジネス書などなどのいわゆる「企画もの」は色々なパターンでアイデアが形になることが多いです。作家からアイデアを提案されるパターンもあるし、編集者が流行や時勢などからヒットしそうな企画、読者に求められている企画を立案。売れそうな著者を立てて、その企画を会社に提案・プレゼンして書籍にします。

社長&役員の鶴の一声

会社の経営陣の一言で決まる企画。そして下に降りてきて実働は従業員である編集者がやる、というのが出版社あるあるです。

俺の企画だ黙って通せ

外からの持ち込み企画

フリーの編集者やライター、および編集プロダクションと呼ばれる書籍の制作会社から企画を持ち込まれ、社内で協議の上売れそうな企画は書籍化されます。

いわゆる一般的な出版社の場合、上記のようにして企画が書籍化されることが多いです。
これは私の肌感覚ですが、出版業界の編集者は常に新しいかつ売れる企画を探しています。
というのも、大体の編集者はノルマがあって、怖い怖いへんしゅうちょーに「年8タイトルは絶対出せよ!!!!」
などと圧をかけられていることが多いので、常日頃からいい企画、いい作家を血眼になって探しているものです。
また逆に、売れっ子編集者のところにはいい企画や原稿が舞い込んでくることもあったりします。本を書く側としても当然売れてる編集者に編集してもらったほうがヒットする確率が上がるからです。

意外と大変な出版社の財布事情

さて、このようにして企画から本になるのですが、果たして出版社というのはどのぐらい儲かるのでしょうか? 以下はあくまで目安で、細かい部分を突っ込んでいくとキリがないのですが、大まかな本の原価と売上のイメージです。

仮に256ページ、並製(ソフトカバー)、1500円、印税が10%の場合の書籍の原価を見てみるとざっくり以下のような感じです。

  • 印税…¥750,000

  • 印刷製本…¥900,000

  • デザイン費…¥200,000

  • 校閲費…¥50,000

  • DTP(組版)費…¥150,000

合計¥2,050,000

そして売上ですが、出版社は取次と呼ばれる本の問屋さんに本を卸すのですが、仮に掛率70%(そんな良い掛率で取引してる出版社は少ないですが)だとして、これも100%ないですが、出した本が全部売れて返品がゼロだった場合は以下の売上になります。

1500円×5000部×0.7=¥5,250,000

ということは、大体利益が300万円という計算になります、が! ここには人件費も営業費も宣伝費も計上していない上に、本は委託制度で売られているため返品されるのですが、この返品率の平均が30〜40%(ヤバ)なので、ぶっちゃけ初版だけで終わってしまうと、トントンか赤字になってしまう場合が多いという構造になっているんですね。
だから出版社にとって、ベストセラー、ロングセラー商品というのがとてもとても大事で、そんな書籍達に支えられていると言っても過言ではありません。

いかがだったでしょうか? これから本を出したい、著者になりたい!と思っている方いらしたら、参考になれば幸いですー。

ではまた!

東京都八王子市高尾山の麓出身。東京在住の編集者&ライター。ホッピー/ホルモン/マティーニ/アナログレコード/読書/DJ