4. スーパー・タヌキ・レッスン

工場のただならぬ匂い が鼻の上を通り過ぎる

体が無視できずに 目を覚ます

わたしは いま山の上であくびをした猫

白くてふさふさの毛が自慢の猫

山の麓を見ると、

坊さんが うとうと 夢と仏道を行き来している

まどろむ坊さん いつも和尚に怒られてる、まど坊

チャリやら 朝の騒音の方へ目をやると

秋の乾いた風は落ち葉を押して 寺の門をくぐらせている


昨日は知り合いのタヌキが夜の散歩で通りかかり、

いつもの話をしてくれた


彼は人生の先輩で、いろいろ胃がキリキリする話をするから

彼の姿を見るだけで食欲がなくなることもしばしば

でも まだ山をあまり降りたことのないわたしにとっては

いろいろと将来のことを真面目に考えるきっかけになる

タヌキ「よお」

私「どうも」

タヌキ「今日は夜風が心地いいね」

私「昼間は暑いのであまり動けませんでした」

タヌキ「動く必要がないのなら、それでいいんだよ」

私「はあ」

タヌキ「きみ、そろそろ山の下へ降りることは考えたかい?」

私「わたしなりには」

タヌキ「まあ降りる必要がないのなら、無理に降りることはないのだけど」

私「はあ」

タヌキは話すとき、だいたい私のことは見ない

どこか遠くを見つめながら話す

夜の街は 遠くからだと まとまって綺麗に見える

昔連れられて歩いた時は 臭いしうるさいしここには住めない と思った

タヌキがこちらに顔を向けた

珍しい

タヌキは 私の顔を見て そして次に私の目に映るタヌキ自身を見て

私の静かな動揺を感じ取っているのだろうか

タヌキ「そうか」

さっきまで涼しかった風が、無情さを示すように冷たく感じる

タヌキ「以前、ここに住んでいたやつにね、相談されたことがあったんだ」

山を降りて街で、やりたいことがあるんだそうでね。

でも、街で、そのやりたいことで生きていけるかどうかはわからないんだとね。

別に、才能がないわけじゃない。

その世界で戦えるかどうかの自信がなかったんだ。

だから彼女は諦めて山に篭ろうとしていた。

でも私は、できる限りもがいてみたらいいと思った。

うまくいかなくてもいい、また山に戻ってくればいい。

戦えるかどうかを考えずに、ただ、いけるとこまで戦うべきだと伝えたよ。

おまえさんが何かやりたいことがあるかどうかはわからないけどね。

もしね、やりたい、だけじゃなくて、やらなきゃいけないって思うことがあるなら、やるべきさ。

やりたいことなんて無限に出てくるし、欲しいものなんて無限に出てくる

ポコポコ 脳みその原っぱに生えてくる

気づいたら足の周りは欲望キノコでびっしりだ

伝えたいのは、欲望キノコよりももっと大事なものがあるってことだ

おまえさんにとって やらなきゃいけない って思うことはあるかい?


この山からは全てが見える

壊れた学校

人の住まない部屋

ミツバチのデモ

先週の晩御飯

夢に出てきたでっかい松の木


そこに私という猫は街を歩いているだろうか


影の中で蠢く 土にまみれた かかとが

浮かんでは、草を踏み

浮かんでは、草を踏む

浮かぶと、地面と足の裏の隙間に

太陽を吸い込んだ空気が滑り込む

そうして私は山を降りていく

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