引き分けのはなし


東京とはいえ、畑なんかもポツポツとあるような、のんびりした土地に住んでおります。
それでも宅地化は進んでいて、気がつくと、畑や駐車場が一戸建てやマンションに変わっていたりします。

我が家の隣は40台くらい停められる広めの月極駐車場だったんですが、そこも宅地化で一戸建てが何件か建ち、ちょうどうちの玄関を出た右側が、その中の一件の、リビングに面したお庭という配置になりました。

ほどなくして、そのお宅にご家族が引っ越していらっしゃいました。
丁寧にご挨拶を頂戴して、とても感じの良いご夫婦です。
お子様はなく、可愛らしいヨークシャーテリアを飼ってらっしゃいます。

自分は犬が大好きです。
物心ついた時には犬と一緒に生活していました。
散歩で引きずられて泣いて帰っても嫌いになる事はありませんでした。
かたや、妻は犬が大嫌いです。
元々嫌いなのではなく、自分と結婚した後に嫌いになりました。
これについては、いつか書ける時がきたら書きますが、今はまだ思い出しただけで鬱です。

引っ越していらしたご家族のヨークシャーちゃん、とても可愛いのですが、凄く吠えるんです。
縄張り意識の強い動物ですから、中にはよく吠える子もいます。
そういう子は番犬に最適ですが、侵入者ではなくても、目についた者に吠えるので、つまり、玄関がリビングのお庭に面しているために、自分や妻が外に出ると、速攻で吠えついてきます。

自分は、まあそういう子もいるわな。と、気にしませんでしたが、犬嫌いの妻は、すぐに文句を漏らし始めました。
犬が嫌いなわけですから、気持ちは分かります。
ただ、バカ犬だ、躾もできないバカ飼い主だ!と、娘にもそんな言葉を聞かせるので、当時、言葉を話し始めた娘が、バカという言葉を使い始めてしまいました。
犬嫌いが故、その状況に必要以上に反応して、子供に悪い影響を与えているのは問題だなと、娘の前では言葉遣いに気をつけるよう、お隣さんを無駄に敵視しないよう諌めました。
それからは、自分の前では汚い言葉遣いを慎むようになりましたが、おそらく自分の目の届かない所では、変わりなくバカ犬バカ飼い主と言っていたと思います。娘が真似するのでバレてます。コソコソしやがって。

日常の中で、思った事を口にできないのは、結構なストレスではあると思います。
ヨークシャーちゃんに吠えつかれても、自分がいると、思ったように感情を口に出せないという事で、結構なストレスだったのかもしれません。知らんけど。


で、ある日、
妻が郵便ポストを見に行くか何かで玄関を出る機会があって、ああ、また吠えられるな、妻の機嫌が悪くなるな、めんどくさいな、と思っていると、何故かいつまで経ってもヨークシャーちゃんが吠え止まないのです。
そして、ほんのちょっとした用事で出たはずの妻が戻ってきません。
妻とヨークシャーちゃんは、一触即発の状態でしたから、胸騒ぎがして、様子を見に行きました。

玄関を開けるとそこには、リビングのガラス越しに吠えまくっているヨークシャーちゃんと、それを物凄い形相で睨みつけている妻がいました。
え、、、何してんの(絶句
吠えられるのが嫌なら、さっさと家に入ればいいじゃないか!!と思いつつ、瞬間的に状況を理解しました。

眼力という言葉、ありますよね。
妻は、眼力でヨークシャーちゃんを服従させようとしていたのです。
睨み合う両者、あまりにも想定外の事で、妻の背後で動けなくなった自分、そして、ヨークシャーちゃんの後方には、お隣さんの奥様、、、

自分も、奥様も、妻の気迫というか形相に度肝を抜かれて、身動きが取れなくなったまま、状況を見守ります。

睨みつける妻、吠えつく犬。
さらに睨みつける妻、さらに吠えつく犬。

全くの膠着状態、どれほどの時間が経ったのか、おそらくは20秒程だったのではと思いますが、自分には10分にも感じられました。
すると、妻がクルッと犬に背中を向けて玄関を開けて家に入りました。
それを見て犬も、ふん!てな感じに、テッテケと部屋の奥に戻って行きました。
奥様と自分は、お互いに申し訳ございませんの表情で会釈をして、自分も家に入りました。

試合の結果は引き分けです。
さながら、奥様と自分は試合を見守るセコンドでしたが、妻にナイスファイト!と声をかける気には毛頭なれませんでした。

数日後、お隣さんのリビングのガラスには、ちょうどヨークシャーちゃんの背丈の高さくらいの、ステンドグラス風の目隠しが貼られました。
奥様も自分と一緒で、再戦は望んでおられないんだなと確認できて、ほっとしました。

犬猿の仲という言葉がありますが、あれは犬とゴリラの対決。恐ろしい出来事でした。

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