睡眠時無呼吸症候群(SAS)の話 「元気があればなんでもできる」
ポケモンスリープが世に出たあたりから、SNSで自分の睡眠について考察する人がちらほらみられるようになった。「朝早く目覚めてしまうのがバレている」「いびきをかいているらしい」など。
私は過去に睡眠時無呼吸症候群(SAS)と診断されて治療を受けた。その結果びっくりするほどQOLが上がったことを実感しているので、自分の睡眠の質向上へ意識を向ける人が増えることはとても良いことだと思っている。まずQOL云々じゃなく単純に元気になった。そして、元気があればなんでもできる。これはほんとう。おもしろネタのように扱われているけれど、アントニオ猪木はまじめにそう思っていたのかもと思う。マジで元気があれば、なんでもできる。
生まれてこのかたいろんな病気やケガをしているが、SASについては特にもっと治療が広まってほしいと思っているので、いつか自分の体験を書きたいと思っていた。病気の概要はこちら。公的な情報が欲しかったので厚生労働省のリンクにしました。
体にいろんなセンサーをつけて実際に一晩寝る検査をして、10秒以上の呼吸停止が1時間に5回以上あると軽度、20回以上あると中等症・重症と診断される。私は平均して1時間に15回程度の呼吸停止がある軽度のSASで、治療法は就寝時のマウスピース装着を選択している。書いてしまえばあっさりしているが、ここに至るまで、つまり私が元気に過ごすことができるまで、長い長い長い道のりがあった。以下、病気の情報ページではないので日記的に書きました。とても長い。
寝ているときに呼吸が止まるのは子供のころからだったらしい。小さいころ、隣で寝ていた姉から言われたことがあった。いびきをかいていて急に静かになったかと思ったら、ガガッ、と呼吸を始めるが、その音がすごく苦しそうだ。ということを言われた気がする。
ただ自分では特に困ってなかったし、なんなら寝付きバッチリ、朝はしゃっきり起きてもりもり食べる系キッズだった。姉も良く寝る子供だったので、うるさくて寝れない!なんとかして!みたいな本気のクレームではなかったように思う。だからこのころ特に治療しようという気にはならなかった。寝たらいびきはかくものだ、くらいに思っていた。
問題になったのはずっと大人になってからだ。社会人になり付き合い始めた人(現在の夫)に、やはりいびきをかいている、呼吸が止まっていると言われた。それはもう猛烈に言われた。夫は夫で睡眠があまり得意なほうではなく、そこにさらに私という阻害要因が現れたことで問題は急務となり、なんとしてでも早急に何とかせねばという感じになった。
まず相談したのは近所の耳鼻科だった。何をしたらいいかわからなかったので、いびきの症状に対してどんな治療法があるのか聞いてみた。耳鼻科の先生は困ったような表情を浮かべ、「とりあえず副鼻腔炎っぽいからアレルギーの薬で様子見て」と言った。医者にとっては症状を確認できず、問診もできず(私に自覚症状がないから)ということで厄介だったのだろう。薬であまり効果がなくて…と泣きそうな顔で再診に来た私に、「まあいびきかくのはね、普通の人もかくから。支障が出てないならそんなに気にしなくても」となだめに入った。
だけど、私は困っていなくても、夫が困るのだ。この問題が解決しなかったら?という未来を考えたら…やっぱり治療しなくちゃいけない。
近所のクリニックがダメでも、それ専門でやってるところなら診てくれるはずだ。いびき外来とかで検索して、行けそうなところをいくつかピックアップした。夫にいびきの録音データを持たされて、県を跨ぐなどして目的のクリニックに辿り着いた。
私は基本的に医者は信頼しているほうだと思う。いびきの悩みだなんて本当はとても恥ずかしいし他人には知られたくないけど、相手は医者だから、きっと治療としてしっかり話を聞いてくれるはず。そう思って頑張って症状を説明した。
そのクリニックは、先生が大きい声を出せば待合室まで内容が聞こえるような構造だった。残念ながら嫌な予感は的中した。私の持ってきた録音データを爆音で流し、それなのに「まあ~録音じゃわからないですから。検査受けないと診断できないので~」と言って、また大きな声で私を諭し始めた。ひどい人はもっとひどい、必ずしも治療が必要とは言えない、気にしすぎだ、云々。看護師さんもあらあらまあまあみたいな顔でこっちを見ている。当時20代の女となれば、別に重大な生活習慣病や肥満などは治す必要がないわけで、医者として真剣になれなかったのかもしれない。それにしてもだ。
待合室に戻るとき、誰も私を見ませんようにと祈りながら、できるだけ小さくなって歩いた。いびきの音や、先生の声は待合室まで聞こえたはずだ。なんで、こんな思いをしなくちゃいけないんだ。
いびき症状の治療が進まない原因のひとつはこういう恥ずかしさにあると思う。酒飲みの人とか怠惰な生活とか、そういう描写にいびきが使われることが多いせいか、いびきは恥ずかしいものということになっている。でも決してそうではない。顎が小さい人、痩せ型で喉自体が狭い人もいびきをかくことがある。
血液の酸素飽和度はコロナで有名になったが、これが94%を下回ると入院だのと言われていたと思う。実はSAS患者の酸素飽和度はときに80%台になる。高地トレーニングかよ。だから、そんな状態で睡眠がちゃんととれているわけがないのだ。睡眠がしっかりとれればそれだけで身体も心も楽になるはずで、健康な生活のために一生懸命になることは何ら不思議ではない。
医者には、持病のある人の治療だけじゃなくて、QOLを上げるために治療したい人の声も届いてほしかった。まあこれは10年以上昔の話なので、今は少しは違うのかな。わからないけど。
話は戻って、恥ずかしさで消えそうになってすごすごとかかりつけ医のところに戻ってきた私は、なんとかなりませんか、他に方法はないんですか、と必死で先生にすがりついた。
医者は患者を拒否できないというのは大変だと思う。先生は渋々大学病院への紹介状を書いてくれた。確定診断を出すには時間もお金もかかるし、それでも思ったようには解決はしないかもしれない、と付け加えて。
私は紹介状を握りしめ、当時住んでいた関東某県からはるばる都内の大学病院に出かけた。そこの耳鼻科の先生にまた同じような説明をし、ひととおり「検査も一発だからうまくいかないこともあるし、何か治療しても望んだような効果は出ないかもしれない、もし自分が困ってないなら絶対治療しろとは言わない」という趣旨の話を聞き流して、検査の予約をした。一泊の検査になるので時間の捻出も大変だった。確か有休を使った気がするし、入院の手続きもいろいろやった。検査であっても入院だからな。
検査の当日はヘッドギアのような脳波を測る機械をつけ、呼吸を検知するカニューレ(鼻から酸素吸入する人がつけるようなの)を両鼻の穴の入り口に固定し、血中酸素濃度を測るやつで指の爪をうっすら圧迫し、体の向きを検知するセンサーをつけて、など人体実験のようにゴテゴテと装着してから、「じゃあ、あとはいつも通り寝てくださいね~!(午後9時)」と言われた。いやこれでいつも通りは無理だろ。ただでさえ服もベッドも枕も違う、慣れない環境だというのに。あと当然ながら消灯が早い。小学生か。
結果的には検査はうまくいった。ちゃんといつも通り寝たらしい。1時間あたり15回程度の無呼吸がみられたので、軽度のSASという診断だった。
そこからが長かった。診断は出たけれど、治療をどうするのかだ。無呼吸というのは単に症状であって、そうなる原因は人によってさまざまである。というのも、治療し始めてから初めて知った。要は空気の通り道のどこか(鼻の穴、鼻の奥の喉との境目、口の奥、喉)が狭くなり、狭くなった部分が振動することで音が出るのがいびき。完全に空気が通らなくなったら無呼吸になる。
ということで、重度のSASではCPAPと呼ばれる装置をつけて寝ることで、強制的に空気の通り道を確保する方針をとる。パワーだ。あと、痩せる余地がある人は真っ先に減量を勧められる。それだけで治る人もいるとのことだが、痩せなさいと言われて痩せるのは簡単ではないだろうな。
私の場合、重度SASではないのでまずCPAPは適用にならなかった。他の治療法としては、鼻の粘膜のレーザー治療、扁桃腺の除去、マウスピース装着、あと最近では軟口蓋(喉と鼻のあいだ)をレーザーでひきしめるといった治療もあるらしい。
検査を担当してくれた大学病院の先生曰く、私は骨格的に喉の奥行きが狭いらしかった。それで少しでも舌根が落ちると空気の通り道が塞がれて無呼吸になると。
耳鼻科でできる範囲の治療として、まず最初に鼻の粘膜部分をレーザーで焼いて鼻腔を広げる治療をやった。痛いよと聞いてはいたものの、まあ舐めてかかっていて、しっかり痛かった。あと施術中、肉を焼いている匂いがした。鼻腔を焼いているのでそれはそう。ウケる。ダイレクト焼肉。でもとにかくメチャクチャ痛かった。麻酔はしたが、気休めすぎた。さらにダウンタイムは鼻腔が腫れてほとんど塞がれるせいでより息苦しくなり、なんなら寝られなくなった。
ダウンタイムを経て大きなかさぶたを2~3回鼻腔からひっぺがした後、まあ多少鼻の通りは良くなった気はしたが、肝心のいびきは改善がみられなかった。え、マジ? あんなに痛かったのに??
痛さに耐えたからといってご褒美があるわけでもなく、いびきの改善には足りない。そして鼻が通る効果は永続ではない。時間とお金を使って振り出しに戻ってきてしまった。心が折れそう。(鼻の通りが悪いことが原因でいびきをかいている人には、効果があるのだと思います。私はそうではなかったということ)
治療の間一人でできることとして、横向き寝による気道の確保を試してみたものの、もともと持っていた腰痛のせいで横向きで寝続けることができず、結局仰向けに戻ってしまった。ちなみに、うつ伏せになるともっと腰に悪い。ネット検索ではパジャマの背中にテニスボールを仕込んで仰向けになれないようにするという方法もヒットしたが、そもそも横向き寝ができないのだから意味がない。
その時点で手持ちのカードはもうなかった。私の場合は扁桃腺を切ってもいびきの改善が見込めないらしく(口からのどの入り口は別に狭くないので)、あとはアレルギーの薬を出すくらいしかできないよと言われてトボトボと帰った。だめなのか。治したいことがこんなにはっきりしているのに、だめなことがあるのか。出口が見えない治療がこんなに辛いとは思わなかった。命にすぐさま関わる病気ではない状態でこれなのだから、世のあらゆる闘病中の方々の心労たるやいかばかりか。
同じころ、最寄り駅に「睡眠時無呼吸症候群」と書いてある歯医者の広告をみつけた。マウスピースの治療をやっている歯医者が近くにあったのか。手持ちのカードは使い切った後だし、ダメ元で行ってみてもいいかなぁと思い、足を運んだ。結果的にはこれが最終的な治療法になった。寝ている間にあごが落ちないようにマウスピースで固定して寝る。治療とはいっても、マウスピースを更新しながら一生続くケアだ。本当は手術か何かをして、一度治療したら終わり! としたかったが、仕方がない。抜群の効果があったから。
マウスピースは歯型を取るところから始まる。特に矯正もしていない私の歯はしっかり親知らずまで生えそろっていて、型取りも一苦労だ。ピンクのぷにぷにを口いっぱいに詰め込まれ、上の歯、下の歯と順に型をとる。オエーとなりそうなのを必死でこらえてぷにぷにが固まるのを待ち、固まったら外すためにまたグイグイと口の中を押されたり引っ張られたりする。苦行。
仮マウスピースができたら、内科へ紹介状を書いてもらって、ちゃんと無呼吸の回数が減っていることを簡易検査で確認する。自宅でできる検査機器を借りてきて、返して、検査結果をもらいにいく。検査結果を持ってまた歯科に行き、仮マウスピースをしっかり補強してやっとマウスピースが手に入る。マウスピースができた後も、2~3か月に1回は通院することになる。あごに違和感が出ていないか。寝ている間の唾液によるクリーニング効果が働かない分、虫歯のリスクが増えるので衛生士さんによるブラッシング指導とクリーニング。マウスピースが古くなって外れやすくなったり合わなくなってきたら、更新のために型取りから検査から全てやり直す。
ものすごい手間だ。時間もお金も継続してかかる。美容院より通う頻度が多い。それでも続けているのは、手間を上回る効果があるからだ。通勤中やお昼の後に眠くならない。仕事が終わっても体にエネルギーがある。疲れた後、寝ると回復する体(!)。
眠くなるのは怠け者だからだと思っていた。疲れやすいのはそういう体質だと思ってあきらめていた。マウスピースのおかげで呼吸を止めずに寝られるようになって初めて、自分が今までいかに大きなハンデを背負って生きていたかを知った。思考ができること。活動ができること。頭が動き、判断が早い。
憂鬱な気持ちのときに視界に膜が張るような離脱感を覚えることがあったが、あの中の何回かはおそらく眠かったんだと思う。治療したからやっとわかった。私の世界はずっと酸素が足りなかったんだ。
たまに咳が出るようなときにマウスピースをつけずに寝ると、翌日眠すぎて通勤電車で寝過ごすくらいの性能落差がある。あまりにも世界が違いすぎる。CPAPユーザーの人が、あれほど煩わしい機械を装着するのにためらいがないのは、劇的なQOL向上効果を実感しているからだと思う。わかるよその気持ち。
しかし、初期の自覚症状がないこの病気は、本人が治療のために動く動機がきわめて小さい。私だって、最後の治療法にたどり着くまでに嫌になって投げ出しても全然おかしくなかった。困ってないんだもん。正確には、困っていることに気づけてないのだけど。
いびきに悩んでいるのは当事者ではなく、家族やパートナーであることが多いと思う。でもいびきが持つネガティブなイメージのせいで、治療を勧めたいと思ってもなかなか言い出せなかったり、一方的に文句を言うような形にどうしてもなってしまうのが本当に悔しい。治療がもっと一般的になって、ネガティブな意味でなく治療を勧めることができるようになったらどんなに良いかと思う。
単なる怠け者でなくて、酒飲みじゃなくて、太ってなくても、寝るときに呼吸が止まる人はいる。恥ずかしさや申し訳なさを抱えた状態で先の見えない治療を続け、ときには減量という人類にとって最も難しい自己管理を課せられ、治療をしている人へ、メチャクチャ頑張ったねと言いたい。
あとあの、この記事は書き始めてから投稿するまでだいたい1年かかりました。遅筆。でも書けて良かったです。
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