前十字靭帯再建手術からの復活物語007 -手術編-

「おはよう。運転気をつけてきてね」

時刻は朝6:00。病院の起床時間だ。LINEの通知音が遠くからわたしを呼んでいる、天井がいつもと違う。

「そうか。ここはビジネスホテルか。」

少しずつ意識がはっきりしてきた。今日はついに、いや、ようやく手術当日だ。

手術前夜

昨晩はマサくんとオンラインで繋ぎっぱなしにしたまま仕事をした。大部屋に入っているマサくんは、病室では電話をはじめとした会話はできないが、イヤホンをつけて私の声は聞くことができる。マサくんから私への意思疎通は共有のスプレッドシートに書き込んでもらう。

マサくんからの書き込みが入ったので仕事の手を止めた。

「同室の人が夕方オペだったみたい。めちゃくちゃ痛がりながら病室に戻ってきたんだ。その後もすごく痛そう。うめき声っていうか叫び声っていうか。それ見ていたら緊張してきちゃって。実際目の当たりにすると…」

10年前にもACL再建手術を経験しているマサくん。たしかに手術当日は痛くて寝れなかったと言っていた。過去に経験したことがあっても怖いものは怖いということだ。それでも大好きなスノーボードのことを考えると怖くなくなるって言い切るマサくんは、本当に強いなと、改めて感心してしまった。

「ついに左足にもメスが入っちゃうんだな。綺麗なままの足は今夜が最後と思うと感慨深いんだけど」

マサくんの書き込み。これからもよろしくって伝えとかなきゃダメだよ。と、仕事をしながら横目で答えるわたし。入院していてもコロナで面会禁止でも、常時接続していると、いつも通りの2人の会話ができる。いつもと変わらない2人の関係性が反映されている会話に気がついて、クスッと笑ってしまった。

手術室に向かうマサくん

手術開始予定時刻は8:50。8:00過ぎに病院に到着すると、少しだけ病室に入れてもらえた。ペラペラの浴衣のような作務衣のような手術着をきて点滴に繋がれたマサくんがベッドに横になっていた。

「これどうなってんの(笑)?」

と言ってペラっと裾をめくると、そこには紺色の紙パンツが。パンツも手術用のものだった。「スースーして寒い」と言って笑うマサくん。マサくんの足には黒いマジックで何かのマークが書かれていた。これはオペ用のマーキング。ここにメスが入るらしい。

ちょうど主治医の先生が顔を出してくれ、今日はよろしくお願いします。と挨拶をしてオペ時間の確認など一言二言会話した。

すると、昨日オペしたという男性のところにも別の主治医の先生が往診に来てきたようで、隣から男性の苦しそうな様子が漏れ聞こえてきた。ものすごい苦しそうで、痛そうで、悲鳴を我慢するような、男の人の鳴き声のような、呼吸も荒くて痛みを必死に我慢しているのに我慢できないような、そんな声。あんなに痛いの?どんなオペしたの?痛み止め効かないの?マサくん顔をを見合わせてしまった。「考えない考えない。大丈夫大丈夫。」と2人でつぶやいて。

本当は病室にいたかったけれど、コロナ対応で面会禁止。すぐにDayRoomという家族が待機する部屋に移動しなければならない。マサくんのオペ開始まであと30分。DayRoomで待っていると、看護師さんが呼びにきてくれた。

「今からオペ室に移動しますので、エレベーター前まで一緒にどうぞ。」

オペ前に顔を見て会話ができるが、ここまでくると「大丈夫」「ポジティブにね」「手術が終われば一歩前進だね」と、決まったことしか言えなかった。自分の足で歩きながらオペ室に向かうマサくんを見送った。

手術中の待機時間

手術中は何かあったときにすぐに連絡がとれるように、指定されたDayRoomで待たなければならない。予定時間は2時間と聞いていたので、仕事をして待っていようか。と思ったが、まったく集中できない。仕事をすることは早々にあきらめて、待つことにした。ケガから今日までのことを思い出しながら待っていると、近くの個室から手術室に向かう年配の女性の姿が見えた。個室の場合には家族は手術中に病室で待機できるようだ。旦那さんらしき人が見えた。

その後も複数の家族がDayRoomにやってきた。時刻は10:00。手術開始から、あっという間に1時間が経過した。

そうこうしていると先ほど手術室に向かっていった女性がストレッチャーに乗って病室に戻ってきた。マサくんよりもだいぶ後に向かったのに、あっという間の手術だったようす。

DayRoomにいた人たちが1組、また1組と名前を呼ばれて病室に移動していく。あんなに賑やかだったこの部屋も10:30をすぎると気が付けば私1人になっていた。ぽつんと取り残された私。もうすぐ予定時刻になる。このあたりから、ソワソワが強くなって、なかなか時間が進まない。窓の外の雨はいつの間にか上がっていた。

ココアを飲もう!目の前にある自動販売機でココアを購入し気持ちを落ち着かせるために飲んだのは良いが、急に尿意を催した。ココア飲んでちょっと安心したのかもしれない。

「看護師さんにここを動かないでくださいって言われたのに。トイレに行きたいぞ…」

と3秒くらい考えましたが、気が付いた時にはトイレを済ませ、手を洗っていた。急いでDayRoomに戻ると、先ほどと何も変わらない、誰もいない空間がそこにあった。わたしを探している人は見当たらない。まだオペは終わっていないし、何か変わったことも起こっていないようで安心した。

「そろそろ予定時刻だけど…だれも来ないなー」

手術終了時刻を過ぎ、そこからが長かった。そろそろ呼びに来るかな?まだかなまだかなってずっと思っていたけれど、なかなか声はかからず。気にしているとなかなか時間が経過しない。予定時刻を1時間過ぎても手術は終わらなかった。

「内側側副靭帯ダメだったかな。半月板もやっちゃってたのかな」

ネガティブな感情にココロが支配されそうになる。でも私がいまそれを考えてもどうしようもない。仮にそうだったとしても、先生を信じて、適切な処置をしてもらって前よりも強い足に生まれ変わることは何も変わらない。そう言い聞かせて待つこと数十分。

「マサくんさーん」

と呼ばれました。

長かった手術

「あ!はい、はい!」と手を上げてザックを背負う私。

「手術が終わりました。先生から説明がありますので、こちらへどうぞ」

と促され、説明ルームというお部屋に通された。すると手術着と思われる青い洋服をして、いかにも今までオペしていましたという雰囲気の主治医の先生が

「お疲れ様でした。無事に手術終了しましたよ!」

と笑いかけてくれた。お疲れ様って、こっちのセリフだよー!とココロの中で突っ込んだのですが先生は説明を続ける。

「前十字、きれいにスパっと切れてましたねー。こことここに金具を埋め込んで、この骨にこんな風に穴を開けて、ここを通して止めてあります。内側側副靭帯ですが、これもこの辺り、上のほうから完全にきれいにちぎれちゃって、ぺローンって下に垂れ下がってました。これはここにこんな風に持ち上げてひっかけてあります。」

難しい言葉は何も使わず、レントゲン画像を印刷した紙に青い色鉛筆で図を書きながら説明してくれた。わかりやすかった。とても。でも逆に専門的なことは何も説明されなかった。おそらく、素人にでもわかりやすいように、このような説明の仕方をしてくれているのだろう。専門的に細かく説明されたところで、理解しきれないだろうとも思う。数多くのオペを行う中で、この説明の方法がバランスが良いとなったのかもしれない。この先、もう少し勉強したり、リハビリをしていく中で疑問点が生まれてくるような気もする。質問すれば、丁寧に答えてくれる先生なので、都度質問して確認することにしよう。

「本人は先ほど目を覚まして、足も動いたので、これから病室に戻りますね、30分くらいしたら顔見られますよ。ここから予定通りリハビリも開始しますからね。頑張りましょう!!」

勇気をもらえた。と同時に、外科の先生ってタフで体力も精神力もすごいんだな、なんてことを考えていた。

DayRoomで待っていると、遠くからストレッチャーの音が聞こえてきた。しばらくして、「マサくんさん、どうぞ!今はまだ麻酔から冷めたばかりでぼーっとしていると思いますけど」と説明されて病室に入れてもらえた。酸素マスクをつけて、身体中にたくさんの管がつながって、なんだかかっこいい精密機械みたいなのにたくさんつながれてベッドに横になっているマサくん。ほげーって顔をしている。

「お疲れ様ー!無事に終わってよかった!!」

と声をかけましたが、ほげーっとしていて、反応はいつもに増してゆっくり弱々しい。一方の私はというと、やっと終わって顔が見られたという安堵感と、無事に終わったという喜びにより、少々テンションが高くなっていた。「これどうなってんの?」といろんな管の行先を確認しようと管をたどって布団をペラペラめくったり、のぞきこんだり。2人のテンションがちぐはぐだった。

「なんかね、寒いんだ、布団を首元まで持ち上げてほしい。」

ほげーっとした顔で訴えかけるマサくん。あ、ごめんね。と言いながら布団をかけなおしたが、寒さが強いようで、電気毛布を入れてもらうことになった。いろんな話をしたかったけれど、手術で体力を消耗し、疲労困憊といった雰囲気で、とても長く会話はできる状態ではない。それに加えて、家族はなるべく早く退出してくださいという無言のプレッシャーを感じとった私。

「早く痛みが取れますように。リハビリしっかり頑張って!!」

とマサくんに声をかけて病室を後にした。

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