🎥『夢のアンデス』を観ました

2021年10月10日
岩波ホールにて

チリという国

南米の太平洋側、海岸線に細長く延びているチリ共和国。
位置は日本のほぼ真裏で「遠いなぁ…」と思う国。
（南半球なので季節は逆）
北は砂漠から、南は南極大陸まで位置しているので、気候も種々様々。
治安は良くて、国民性はフレンドリーと紹介されています。
そんなチリですが、“忘れてはいけない歴史”について、
この『夢のアンデス』は語ってくれます。

サルバドール・アジェンデ大統領

1970年から3年間、サルバドール・アジェンデがチリ共和国の
29代大統領でした。
どんな人なのでしょう。
内戦や武力は嫌悪する方だそうです。

チリ社会の不平等を憂慮し、医師から政界へ転身。
当時の政権や帝国主義を批判したため、様々な圧力を受け、
それに苦しみながらも政治活動を続けます。

そして、チリ国内の反共主義勢力や
CIAの“アジェンデを鬼として描くプロパガンダ”にも屈することなく、
主に労働者たちの支持を受け、
とうとう世界で初めて自由選挙によって合法的に選出されて、
社会主義政権（アジェンデ大統領の人民連合政権）を誕生させます。

1973年9月11日

しかし、この日、チリの首都サンティアゴで軍事クーデターが発生。
チリ陸海空軍および国家警察の指揮する武力で
アジェンデ政権は覆されてしまう。

首謀者は米国の支持を受けたアウグスト・ピノチェト。
降伏を拒否したアジェンデ大統領は政府の宮殿で自殺します。
以後18年間の間、この軍事独裁政権が権力を握り続けることに。

それにより引き起こされた処刑や様々な残虐行為の犠牲者、
行方不明者は数万人にも及ぶそうです。

この映画は、そんな軍事クーデター以後のチリの闘いの日々を刻んだ
ドキュメント映画です。

「9・11」というと、2001年のアメリカ同時多発テロ事件を
イメージしますが、ラテンアメリカでは1973年の
チリ・クーデターを指す事も多いということ。

パトリシオ・グスマン監督

映画はグスマン監督自身のナレーションと共に、
残された当時の映像フィルムや、様々な証言者たちの語りで
構成されています。
壮大なアンデス山脈はその目撃者として。

グスマン監督自身もクーデター直後、政治犯の疑いで国立競技場に
2週間監禁され、模擬処刑を受けるなど脅迫も受けました。

その後、辛くも釈放された彼は、フィルムを守るためチリを去り、
今はフランスに住んで活動をしています。
当時百万人の人々が弾圧から逃れるため外国へ亡命したそうです。

三部作

『光のノスタルジア』『真珠のボタン』も
岩波ホールでは上映されていました。
「自然」をモチーフとして「詩的」な印象の強い作品ということで
機会をみつけてぜひ観たいと思います。

この三部作の最終話となるのが『夢のアンデス』。

「ピノチェトのクーデター」を扱った作品に対しては、
国内ではいつも論争が起きたそうです。

それは、監督の描くことに共感する人々がいる一方、
クーデターの恐怖を思い出したくはない人々、
クーデターは間違っていなかったとする立場の人々、
右派・左派、いろいろな考え方がぶつかり合ったため。

歴史を検証することを葬ってきた、
そんなチリに長い間違和感を感じていた監督。
国にはもはや自分の居場所がないという思いの中、
ドキュメント映画を撮りながら、亡命者監督として、
自分のベースであるチリという国について、模索を続けてきた。

アンデス山脈

冒頭は、首都サンティアゴの高い上空から雲間を抜けて、
やがて神々しく連なるアンデスの峰々が姿を現すシーン。
それはまさにチリの象徴。
そこに生まれ育ったものであれば、アンデスは間違いなく、
その人の人生の一部になるでしょう。

国が変わり、人々が変わっていく中でも、
変わることなく存在し続けるアンデスは、
ずっとチリの歴史を見守り続けている。

アンデスは、人々にとって、心が落ち着くところであり、
より理解したい場所であり、母親のような存在。
常に後ろにいて、守り、育ててくれる壁。
チリを理解するのに大切な存在として描かれています。

私の思い描く国

本作品は2019年にカンヌ映画祭で最優秀ドキュメント賞を受賞しています。

そして監督の次回作のタイトル（予定）が『私の思い描く国』。

チリでは、2020年10月25日に新憲法制定の是非を問う国民投票が実施され、ピノチェト政権が残した「1980年憲法」の清算が行われようとしています。
約8割の投票者の賛成票により、新憲法制定への運びが決定されました。

教育、健康、年金などの社会保障、
警察や中央銀行などの国家権力の在り方、
先住民の認知などが議論される見込みだとか。
もう、過去なんかじゃなくて、現在進行形の映画ですね。
新憲法制定の課程を追いながら、チリの新しい世代のこれからをテーマに作られる次回作がとても楽しみです。

ポスター

この映画のポスターは外国版ではないのですね。
デザイナーの大島依提亜（おおしまいであ）さんの作品だそうです。
アンデスを背景に映画内でのシーンが切り取られてコラージュされている。
チリの国旗の色もイメージされているそうです。

ちなみに、チリの国旗の白い五角形の星は進歩と名誉を、
青は空を、白はアンデス山脈の雪を、
赤は独立のために流された血を表しているとのこと。

大島さんは大の映画ファンで、デザイン性よりどんな映画なのかわかりやすく伝えたいお気持ちで作品を作られるのだそうです。

アルピジェラ

映画にはありませんが、アルピジェラという、
チリのパッチワーク文化があります。

クーデター後、凄惨な社会状況の中、
家族が投獄されたり殺害されたりした女性、
貧困にあえぐ女性たちが、苦境を乗り越えるために助け合いながら
作ったそうです。

題材は、自分たちのコミュニティーや紛争での記憶や経験。
こういった作業は、辛い現実を共に乗り越えていくための知恵なのですね。

今年2021年11月21日に、チリの次期大統領選挙が実施されるそうです。