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本当にあった無肥料で高収量が続く農業(1)タイトル


タイトル

Application of High Carbon:Nitrogen Material Enhanced the Formation of the Soil A Horizon and Nitrogen Fixation in a Tropical Agricultural Field
(和訳)熱帯農地における高炭素:窒素比資材の投入は土壌A層の形成と窒素固定を促進する

我ながら、これでは全く主旨が伝わらないと思う。

真の主題

実はこのタイトルは査読過程で変更されたものだ。原題は、"Transformation from Nitrogen-driven agriculture to Carbon-driven ecoagriculture"、「窒素主導の農業から炭素主導の生態系準拠農業への変革」だった。窒素主導の農業とは、施肥農業を指す。化学・有機を問わず「施肥」は無意識の大前提だ。その根拠は無機栄養説で約200年の歴史がある。タイトルは、当時の著者の興奮をよく伝えている。

査読の都合

この論文は査読を通すのに苦労した。その過程で分かったが、査読者=専門家が専門とする学問領域は狭い。そもそも、狭いからこそ専門家なのだが。彼らは誠実で、専門外のテーマは査読しない。そこで少し変えてみた。Carbon-driven eco-agriculture without nitrogen deficiency「窒素飢餓の起こらない炭素主導の生態系準拠農業」。「窒素飢餓」という学術用語で専門を絞ったわけだが、まだ絞り足りなかった。最終的に共著者の助言で「土壌A層の形成」というニッチなタイトルになった。

読者の不都合

さて、このタイトルから、この論文のテーマが200年続いている農業の変革をテーマにしたものだと想像できる人が何人いるだろう?そして、本来のテーマに関心のある人がこのタイトルを見てこの論文を読むだろうか?まず、無いと思う。

論文の内容

論文のエッセンスは2つ

この論文は2つの重要な事実を報告している。
1.無肥料で高収量を上げる農地が実在した
2.無肥料にもかかわらず農地は肥沃化した
余談だが、調査に出発する直前、かつてブラジルに長期滞在した同僚から『この手の眉唾な話は、実際に行くと圃場が無かったりするんだ』と脅された。事前の情報収集は怠り無かったし、まさかとは思いつつも、自分の目で確認したときは心底ホッとした。ということで、まずは写真を見てほしい。

無施肥で高収量の圃場の葉レタスの生育
定植45日目(2012年11月24日) ブラジル、サンパウロ州スザーノ市。約15–20 t ha−1 crop−1 の生廃菌床(C:N比39; 水分 61.80%; 全炭素 (T-C), 19.10%; 全窒素 (T-N), 0.49%)を土壌表層約10 cmにロータリーティラーで混入した。他の資材は使われなかった。65日を超える干ばつでも潅水しなかった。病虫害は見られなかった。全国平均の4倍の生産性を達成した。(写真 M. Oda)。

*15–20 t ha−1 crop−1 "−1"は肩数字noteは肩数字が使えない。
1作1ヘクタールあたり15から20トンの意味

200年ぶりの農業技術の大転換

農業技術の根幹は作物に養分を供給すること、養分管理の要は窒素肥料(N: Nitrogen)だ。これに対して、農業技術の根幹は(農地)生態系にエネルギーを供給することで、エネルギー管理の要は高炭素資材(C: Carbon)だという理論に則った結果だという。理論が正しいかはさておき、現実は見事だ。

定説の落とし穴

なぜ簡単で効果のある農法が見捨てられたのか?

有機物を還元するだけ。こんな単純な農法は誰でも気づきそうなものだ。なぜ広まらなかったのか。実はこの農法は、施肥農業の定説に反している。プレプリントのタイトルを『窒素飢餓の起こらない炭素主導の…』とした意図はそれだ。定説によれば高炭素資材投入は窒素飢餓を引き起こす

窒素飢餓とは

収穫後に残った茎葉等を畑に鋤き込んですぐに苗を植えると、葉が黄色くなり生長が止まる。窒素飢餓説はその理由を「茎葉等を餌に微生物が増殖する際に土壌中の窒素を吸収して作物が窒素不足になるからだ」とする。これを防ぐのが、予め微生物に分解させる堆肥化だ。茎葉等の有機物中の炭素(C)と窒素(N)の比率=C/N比は、分解が進むほど小さくなる。完熟堆肥のC/N比は15〜20。30以上は窒素飢餓の危険性が高いとされる

変えるべきは事実か解釈か?

調査圃場はC/N比40のキノコ廃菌床を投入した直後に苗を植える。窒素飢餓が起こるはずだが、起きない。解釈に合わない事実が確かなものであるなら、変えるべきは事実でなく解釈の方だ。

窒素飢餓説の根拠は曖昧

窒素飢餓説の根拠を論文で辿ってみたところ、微生物が出す毒素説との論争があった。窒素が「無い」のか、「吸収が阻害されている」のか。この論争を踏まえてある研究者が、黄化を再現する実験を繰り返した。結果は、初期の無機態窒素のレベルが高くても低くても、黄化現象が発生するたびに、土壌の無機態窒素が減っていた。研究者は、これを窒素飢餓説の証拠とした。しかし、無機態窒素のレベルが高場合については、窒素が無いとは言えない。無機態窒素の減少は微生物の増加を意味するから、このデータはむしろ毒素説を支持している。論文データが著者の主張の反証を含んでいることはよくあるものだ。ともあれ、調べた限り決定的な証明は見つけられなかったが、窒素飢餓説は毒素説と共に定説となり現在に至っている。

窒素飢餓説は堆肥の話になった

一旦、定説となれば、論文データの意味を再検討する者は極めて稀だ。現在、窒素飢餓説は圃場で問題とされることはほとんどなく、未熟堆肥を戒める根拠として広く引用されている。

水田では決着がついた

ちなみに、水田でも苗の黄化現象が発生する。厳密さを旨とする学術界では、窒素飢餓様(よう)現象とよばれる。こちらは毒素(芳香族カルボン酸)が原因であることが証明された。この研究は、高炭素資材を投入し続けると、毒素を餌とする(分解する)微生物が増えて黄化はなくなることも指摘している。同じことが畑で言えるなら、連続して高炭素資材を投入している調査圃場で窒素飢餓が起こらないのもうなづける。

農業の未来

現代農業は深刻な問題に直面している。土壌の劣化とそれに伴う農地開発による熱帯雨林の破壊、水資源の逼迫、地球環境の窒素・リン循環バランスの崩壊、化学物質による環境汚染、極端気象への弱さ。全ての元凶は施肥だ。そもそも、施肥の効果は土地が肥沃なほど大きい。そのため世界的に、「土作り」として有機物の投入を増やし、肥料の使用量を減らす傾向にある。これが進めば、無施肥の高炭素資材投入にたどり着くだろう。

(つづく)



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