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妄想旅 <5> 化け物

こんばんわ、誰とも一緒にいませんがアベック空蝉です。

そんなわけで、アベックの語源については”大正時代の陸軍将校達の俗語”説(米川明彦氏の説)”文化学院の生徒”説(大岡昇平氏の説)のどちらなのか(米川説が有力っぽいのだが)一旦棚に上げといて、もはや妄想というか迷走に入っているが、このまま旅を続けたい。

本稿では、昭和初期の頃、アベックという言葉がどんな使われ方をしていたのかをアームチェア・デティクティブしてみようと思うのだが、それによって何を探りたいのかと言うと・・・

大岡説で昭和2年頃には学生の清い交際を表す、とされていたこの言葉がそれから3年ほどでこの表現は、大人の交際として”同伴”という意味合いを持つようになり、1930年代後半”人目を忍んで逢瀬を重ねる男女”というイメージが広がり、”アベック”と言えば”いやらしい関係の男女”を指すようになったとされている変化は、なぜ起きたのか?

(米川説に依れば、既に大正時代の将校達が一緒に歩いているモガモボを指す俗語として使っていた事から淫靡さぷんぷん丸で、この設定自体が崩壊してしまうが、謎を追うという行為をしたいので、とりあえず設定はこのままでいかせて頂きたい。もはや謎ですらないのでは?という声には耳をふさぐ事とする。妄想には謎が要るのだ)

アベックの使われ方について、はーぼ@cozy placeさんが前回記事のコメントにて情報を寄せてくれたwebページで、1930年に出版された喜多壮一郎氏の『モダン用語辞典』にこういう記載がある、と紹介されている。

「アヴェク Avec 仏『同伴』といふ意味のハイカラな気取った用法。〈略〉これを使ふ日本のモダン人達は特に『婦人と同伴する』意味に限って用ひる」

微妙な言い回しだ。『婦人と同伴する』に淫靡さを感じるか否かで、”アベック”を”いやらしい関係の男女”を指す言葉として捉えているのか、”学生の清い交際”を表す言葉として捉えているのかが分かれる。

ちなみに、以下『アベック』という雑誌の創刊は昭和23年(1948年)、GHQ占領下の時代、アベックがいやらしい言葉として定着した頃と軌を一にしており、この雑誌も定着に一役買っていたと思われる。

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”情痴読物特集号””閨房雑談”(警棒じゃないぞ変換!まぁ・・・ある意味、シナチクが警棒に変化するとこじつけられなくもないが)、”接吻さまさま”・・・。

どんなカタブツが見たってこれが経済誌やビジネス誌の類の雑誌じゃあないってわかる。(古今亭志ん朝さんの”明烏”、大好きです)

こうしたいわゆるカストリ雑誌の影響もあって、1930年代後半頃から1950年頃まで、アベックはいやらしいイメージを喚起する言葉として定着し、使われていたらしい。

だが、アベックがそうした淫靡なイメージをまとうようになったのは、昭和2年から3年くらいした頃、つまり昭和5年(1930)頃からだという。

そこで、1930年に何があったのかを見てみると、4月に非常に重要な事が起きていた。

見た時、わかったというより”ひらめいた”と言った方がいいかも知れない。

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のならいいのだが、もはや忘れたい、というくらいこれは衝撃的におもしろくない推論となる。

1927年に学生の清い交際を表す、とされていたアベックという言葉が、それから3年後くらい、つまり1930年頃には大人の交際を意味するようになり、1930年代後半には、”いやらしい関係の男女”を指すようになっていたという変化は、なぜ起きたのか?

ヒントを与えてくれたのは、またしてもアリエルさんだった。

前回記事で、”2000年頃から公のメディアからエロが急に消えてしまったような気がする”、とコメントを寄せてくれたアリエルさん。

それまではゴールデンタイムでも、アニメでも堂々とやってたんですけど。80年頃から解禁になった猥褻に規制が掛かり始め、それと共に「アベック」という言葉も消えていったんですかね?

アリエルさんが提示してくれた、”公権力の関与による世相の変化”、という視点が、1930年4月25日に起きた事を見た時、アベックという言葉のイメージの変化と結びついた。                    

あくまで推論(妄想)にしか過ぎないが。

1930年4月25日、 統帥権干犯問題が発生した。

それに先立つ4月22日のロンドン海軍軍縮会議における、”軍縮”に対して強硬反対派が猛反発したのだ。

そしてこれは翌年の満州事変へと繋がっていく。そこから、盧溝橋事件、日中戦争、第二次世界大戦へ・・・。

司馬遼太郎氏が、”かつて日本を暗黒時代へといざなった真犯人は統帥権という化け物である”、といった意味の事を何かに書いていた。

日本が右へと大きく舵を切っていく過程で、世相が軍靴に蹂躙される時代へと雪崩れていく中、男女という組み合わせは”清い”ではなく、不謹慎なものとしてカテゴライズされていった事が、アベックという言葉が淫靡なイメージを持つように変化していった大きな理由の一つではないだろうか?

・・・・・何だこの脱力感は?・・・勘弁してくれ・・・。

大岡昇平氏は、アベックという言葉のイメージが変化した理由はわからないとしているとWikiにあるが、本当だろうか?

捕虜になった経験を口実に、日本芸術院会員選出を辞退してペロリと舌を出すほどの天邪鬼というか反体制気質の方が、その理由がもしコレだとしたら、わからなかったわけがない、と私には思える。

戦争経験者だからこそ、そんな理由を認めてたまるか、といった気持があったのかも知れない。もしくは・・・。

統帥権には、”天皇の権力”という命題が大きく関わってくる。     (というかソレそのものだ)

だから大岡氏は、”わからなかった”のかも知れない。

”妄想には謎が必要だ”などと振りかぶっておいてのこのザマを、どうか笑ってやって頂きたい。申し訳ないがひとまず、本稿はここまでとさせて頂こうと思う。

ヒントを与えてくれたあのコメントが無ければ、私はこの後も延々と”謎”なるものを追っていたであろう事を思えば、アリエルさんには本当に感謝である。

(アリエルさん、ありがとうございます)

もちろん、上に書いた事がアベックという言葉が清いイメージから淫靡なイメージへと変化した理由の”結論”だなどと言うつもりは無い。

理由は他にちゃんとあるのかも知れない。

が、軍靴に妄想の霧が晴れてしまった。今も昔も、靴の音はハイヒールかパンプスのが良い。

それ以外の靴音はあっても別に何ともないが、霧をも晴らす”アレ”は騒音でしかない。

おい、聞こえてるか?・・・ああ、聞こえても無駄か。”ソ連の復活を望む者には脳が無い”んだったな。


最後までお読み頂いた方、尻切れ気味で申し訳ありません。


そんなわけで次回・・・とりあえず本稿の内容の続きを書いていこうと思いますが、何をどう書き出したら良いか見当がつかない・・・のですが、途中からか最後かわかりませんが、別の世界にトんでくと思います。

お時間のある方、またお付き合い願えれば有り難く。

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