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ごほうび発見能力

ひとりでいる機会が増えると、自分のことがよく見えてくる。
忙しくないのは苦痛だ。暇な時間ほど、やりたいことがない自分にイライラする。

私はいま楽しいことがしたい。

ほぼ日ブックスで出版されてベストセラーになった『岩田さん』で、故・岩田聡氏は嬉しそうにこんなことを話していた。

     人って、あることを続けられるときと、続けられずにやめちゃうときってあるじゃないですか。
(中略)
    人は、まずその対象に対して、自分のエネルギーを注ぎ込むんですね。時間だったり、労力だったり、お金だったり。そして、注ぎ込んだら、注ぎ込んだ先から、なにかしらの反応が返ってきて、それが自分へのご褒美になる。
    そういうときに、じぶんが注ぎ込んだ労力やエネルギーよりも、ご褒美のほうが大きいと感じたら、人はそれをやめない。だけど、返ってきたご褒美に対して、見返りが合わないと感じたときに、人は挫折する。

『岩田さん』/ ほぼ日イトイ新聞・編

私は料理をするのがとことん好きだ。
というか、ということに最近気が付く機会があった。

あなたは知っているだろうか。
美味しいものは、別にひとりぼっちで食べたって美味しいのだ。

誰かにごちそうして喜ばれたり、インスタに上げた写真に反応があるのも勿論嬉しい。でもそれ以上に、食材のお世話をして美味しいものを創り出すのが好きなんだと思う。

「美味しい」はパワーだ。次の行動を促すエネルギーだ。だから好循環が回り続ける。つくって、美味しい。だからまたつくる。仮に不味かったら、どうしてかを考える。美味しくなるまでやってみる。チャーシュー作りに真剣に向き合うと、数日があっという間に過ぎている。

最近の私はそわそわしてしている。こうも毎日膨大な情報に晒されていると、自分のしていることの実感がわかなくなってくる。そうなると、ご褒美を感じる能力も鈍るんじゃないかと思う。

人でごった返している美術館は、作品は見にくいし後ろからせっつかれるしで、結局何を見たのか思い出せない―――あの感覚に似ている。

私は幸い、好きなことをしなさいと言われて育ててもらったけれど。心から好きだと言い切れるものは、たぶん両手で数え切れてしまう。

手作りのチャーシューを豪快に頬張るように、ペペロンチーノの乳化が上手くいった瞬間のざわめきように。私はいま楽しいことがしたい。

あんな風に他のことにも没頭できたなら。何かと言い訳をこねくり回しては手を出してこなかったものごとがちらついた。

やってみようか。せっかくだし、この際だし。

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