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◎「アーバン」という単語の使用を禁止~その理由と今後


(本作・本文は約11000字。「黙読」ゆっくり1分500字、「速読」1分1000字換算すると、22分から11分。いわゆる「音読」(アナウンサー1分300字)だと37分くらいの至福のひと時です。ただしリンク記事を読んだり、音源などを聴きますと、もう少しさらに長いお時間楽しめます。お楽しみください)

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◎「アーバン」という単語の使用を禁止~その理由と今後

【Republic Records Bans “Urban” : What Will Come Next?】

禁止。

ユニヴァーサル・レコーズ傘下でアリアナ・グランデ、ドレイクなどを抱えるリパブリック・レコーズが、2020年6月5日、「今後、自社内で役職名・部署名、音楽を表す言葉として『アーバン』という単語を使用禁止にする」と発表した。

ブログ アーバン問題 1 リパブリック告知 


(リパブリックのインスタ)


ビルボード記事

Republic Records Bans the Term 'Urban' Within Label: 'We Encourage the Music Industry to Follow Suit'
6/5/2020 by Tatiana Cirisano


https://bit.ly/3hgZ1s3

上記記事などを元にした簡単な日本語訳記事

Republic Records が今後音楽ジャンルにおいて“アーバン”という用語の使用禁止を発表
アメリカ音楽業界の保守的な価値観に一石を投ずる動き
Jun 9, 2020
By Takeshi Kikuchi



https://bit.ly/2XPnehq

さらにこのニュース後、グラミー賞が来年の第63回同賞で「アーバン」とついていたカテゴリーから「アーバン」という単語を削除すると発表した。

The Recording Academy Announces Changes For 63rd Annual GRAMMYs, Releases Rules And Guidelines
Among the changes are updates to the Best New Artist category, Latin, R&B and Rap Fields, Nominations Review Committees and more
GRAMMYS JUN 10, 2020 - 8:00 AM
https://bit.ly/3hmZ5ql

Grammy Awards to rename controversial 'urban' category
By Toyin Owoseje, CNN
Updated 1413 GMT (2213 HKT) June 11, 2020


https://edition.cnn.com/2020/06/11/entertainment/grammys-rename-urban-category-intl-scli/index.html

発表によると「ベスト・アーバン・コンテンポラリー・アルバム」は「ベスト・プログレシヴ・R&Bアルバム」に、「ラテン・ロック、アーバン・オア・オルタナティヴ・アルバム」は、「ベスト・ラテン・ロック・オア・オルタナティヴ・アルバム」に。しかし、一方で、「ラテン・ポップ・アルバム」は次回から「ベスト・ラテン・ポップ・オア・アーバン・アルバム」となり、使用に関し微妙な迷いも見せている。ただし、R&B、ブラック系に関してはここでは「アーバン・コンテンポラリー」が「プログレシヴR&B」に言い換えられた。

さらに、ポップ・カントリー・グループ、「レディー・アンテベラム」が、6月12日、そのグループ名を「レディーA」にすると発表してちょっとしたニュースとなっている。これも、元の「アンテベラム」という単語が南北戦争からの奴隷制度を想起させるため、使用をやめるという。

そしてこの単語の使用禁止、自粛、言い換えは、最近のミネアポリスで白人警官に殺害された黒人のジョージ・フロイドさん事件から巻き起こった「ブラック・ライヴス・マター」の動きとも関連している。

言葉の言い換えという意味で言えば、まさに「ポリティカリー・コレクト」(政治的言い換え)の一種でもある。

本稿ではなぜ「アーバン」という単語が使用禁止にされたのか、使わないようにするのか、この単語の使用の歴史、誕生の背景、そして使用自粛の理由などをできるだけわかりやすくまとめてご紹介する。

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ACT ONE「アーバン」が表す二つの意味。

「アーバン」。

さて、この「アーバン」の使用を控えるこのニュースのポイントはふたつある。一つは「アーバン」という言葉自体の捉え方の変化だ。「アーバン」と言う言葉が頻繁に使われるようになった1980年代、さらに1990年代と比べると少しその単語自体が「時代遅れ」になったということ、さらに「アーバン」がこの20年以上にわたり特に「ブラック・ミュージック」のことを示す単語として存在し、今では「アーバン」という単語自体が「ブラック・ミュージック」そのものから転じて人種全体を表す「ブラック」、それも少しネガティヴな意味での「ゲットー」や「ストリート」の意味合いを含めて使われるようになったこと、そのため、若干差別的にとらえられる可能性がでてきたことが最大の変化であり理由だ。

そしてもうひとつが、音楽ジャンルとしての「アーバン(・ミュージック)」自体の変化がある。「アーバン(・コンテンポラリー)」が使われ始めた1970年代中期から1980年代中頃までは文字通り「都会的に洗練された音楽」だったものが、徐々に「アーバン音楽」(洗練された都会的な音楽)→「都市の音楽」→「ヒップ・ホップ」が中心になり、「アーバン」=「ヒップ・ホップ」により直結したことがある。

① ジャンル~ラジオ・フォーマットの変遷、その歴史

名称の変遷。

まず音楽ジャンルについて。それはアメリカの場合、ラジオ・フォーマットの変遷と密接に関連している。ラジオ・フォーマットとは、そのラジオ局がかける音楽ジャンルをある程度決めて、それに準じて聴取層をある程度明確にし、広告のターゲットをはっきりさせるために有効と見られていた。たとえば、ジャズを聴く層、ブラック・ミュージックを聴く層、カントリーを聴く層、トップ40を聴く層、ロック、アルバム中心のロックを聴く層などで人々のタイプが違う。日本のラジオは、いわばなんでもありの幕の内弁当だが、アメリカはちがう。そこが日本ではなかなかわかりにくいので、できるだけわかりやすく説明しよう。

アメリカのラジオ局は、基本的にはジャンルによってわけられている。それを(ラジオ)フォーマットと呼ぶ。たとえば、「ジャズ」「ロック」「トーク(ニュース)」「トップ40」「ブラックあるいはアーバン」「カントリー」「ジャズ」「クラシック」などなどだ。それぞれのジャンルに特化した作品ばかりをかける。今回話題になっている「アーバン」は、元々ブラック・ミュージックを中心にかけるラジオ・フォーマットであり、ジャンルだ。

そして、このアメリカのブラック・ミュージック(黒人・アフリカン・アメリカンが作ってきた音楽全般。ここでは過去80年の彼らが作ってきた音楽をとりあえずブラック・ミュージックという単語で総称的に使う)の名称が1940年代からずっと変遷していることが重要だ。

一番わかりやすいのが音楽業界誌、ビルボードにおけるブラック・ミュージックのチャート名の変遷だ。

1940年代、まず1942年10月24日付けでビルボード誌はその後R&Bチャートとなるチャート「ハーレム・ヒット・パレード」を初めて出す。これがブラック・ミュージックのチャートとして世界初のもの。これは1945年2月1日まで続き、同年2月8日付けからジュークボックス・チャートに受け継がれ「モースト・プレイド・ジューク・ボックス・レイス・レコーズ」(今週もっともジュークボックスでかかったレイス・レコード)というチャートになった。この「レイス」(人種)という言葉がかなり今となってはどぎつい単語だ。「レイス」とは直接的な意味は「人種」だが、それは白人以外の人種を指すもので単語自体がひじょうに差別的だった。そして、この単語が差別的にみられるために、1949年6月25日に「モースト・プレイド・ジューク・ボックス・リズム&ブルーズ・レコーズ」というチャート名になる。「レイス」という(人種分け的な)単語が「リズム&ブルーズ」(音楽ジャンル、スタイルを指す)単語に取って代わられたわけだ。

ブログ アーバン問題 ハーレムヒットパレード

この「リズム&ブルーズ」という単語は、当時のビルボード誌の編集者であったジェリー・ウェクスラーがこうした黒人音楽全般に新たな名前を考えて命名した。「リズム&ブルーズ(その後頭文字を取ってR&B)」だ。「リズムのあるブルーズ」「リズムとブルーズ」というわけだ。

そして、これがブラック・ミュージックの名称としてはかなり長く続くが、約20年を経た1969年8月23日付けチャートからその名が「ベスト・セリング・ソウル・シングルス」と、「ソウル」と言う言葉がチャート名になる。略して「ソウル・チャート」だ。このときは、音楽的なサウンドがそれまでのR&Bと雰囲気が変わってきたこと、公民権運動の高まりと「ブラック・パワー」「ソウル・パワー」の動きが盛り上がり始めたこと、またそれまではあまり多くなかった自作自演歌手が登場してきたことなどから、従来のリズムとブルーズの音楽を「魂の音楽」に言い換えることになった。

この「ソウル」の時代が約13年間続き、1982年6月26日付けからは、こんどは「ソウル」から「ブラック・シングルス」と「ブラック」「ブラック・コンテンポラリー」の名称になる。これも従来のソウル・ミュージックの概念、サウンドと新しい時代のブラック・ミュージックの概念、サウンドが少しずつ変化してきたためだ。それはたとえばサウンド的に打ち込み多用のもの、シンセサイザーなどを使用する作品が出てきて、それまでのミュージシャンがすべてを演奏していたものから、サウンド自体が大きく変化した。

また1970年代中期から1980年代、ニューヨークのラジオDJフランキー・クロッカーは、自らのWBLS局で「アーバン」あるいは「アーバン・コンテンポラリー」という言葉を使い始める。

ブログ アーバン問題 アーバン

「ブラック」から約8年。1990年10月27日付けからは、再び「ホットR&Bシングルス」に戻る。これはなぜかというと、当時「ブラック・チャート」「ブラック・コンテンポラリー」に、イギリスをはじめとする多くの白人アーティストが入り込んできて、一つのジャンルが一つの人種だけに限らなくなってきたためだ。つまり、スタイルとしての「ブラック・ミュージック」を白人が演奏した場合、「ブラック・ミュージック」という名称ではつらくなる。そこで、そのスタイルの音楽の名称を、以前使っていた「リズム&ブルーズ」に戻した。ただ今回はこれを「リズム&ブルーズ」ではなく「R&B」と表記したところが苦肉の策だがアイデアだった。さらにこれらの音楽ジャンルは1999年12月11日付けからは、「ホットR&B/ヒップ・ホップ・シングルス」とヒップ・ホップが加わった。

頻繁に変遷の理由。

なぜジャズやカントリーやロックなどは、その名称がそれほど変わらないのに、ブラック・ミュージックは次々と名前をカメレオンのように変えていくのか。

それはブラック・ミュージックが常に最新のサウンド、流行に敏感に反応し、新しい音作り、小さな流行を次々に生みだしていることが大きな要因だ。ロック、ジャズ、カントリー、ブルーズなどある程度形が決まったものは定型ができる。もちろん、そうしたものも最新のサウンドを取り入れているのだが、ブラック系のジャンルでの取り入れ方は半端ではない。

たとえば、ブラック・ミュージックで言うと、過去50年で、メンフィスをベースとしたスタックス/ハイ・サウンドがあり、一方デトロイトのモータウン・サウンド、フィラデルフィアのフィラデルフィア・サウンドなどから、ワシントンDCのゴー・ゴー、ディスコ、シンセ・ファンク、ニュージャック・スウィング、ラップ、ヒップ・ホップまで実にさまざまなタイプの音楽がでてきた。いずれも、木の根っこは同じだが、育った幹が違い、それぞれの方向に枝を伸ばしている格好だ。

音楽自体の移り変わりがどのジャンルよりも激しいために、その変化に呼応する名称の変化というのは必然でもあった。

そして、音楽ジャンルとは、ときにそれを作る人種を指すことにもなる。

アーバンの登場。

そして、「アーバン」の登場だ。これがいつ頃からでてきたのか。その由来はどこにあるのか。

この「アーバン」を使いだしたのは、先に少しだけ触れたニューヨークの人気DJフランキー・クロッカーだ。僕もクロッカーは大好きなDJで1970年代からその動きをフォローしていた。70年代後半くらいになると、ニューヨークに住む友人に頼んで、その番組をテープに録音して送ってもらっていたほどだ。そしてそのクロッカーが「アーバン」と盛んに言い出したのは、僕の記憶では1980年代初期以降だったと思う。なにしろ、クロッカー自体のDJがめちゃくちゃかっこよく、まさにニューヨークのDJという感じだった。それまでのR&BのDJは早口で盛り上げるタイプのDJが多かったが、彼はどちらかというと低音で落ち着いてかっこよく曲を紹介する。まさにクロッカー自体が「アーバン」そのものに思えた。この場合は、「アーバン」は「都会的な」「洗練された」といった意味だ。

ブログ アーバン問題 in a class by itself

(フランキー・クロッカーと一時期のキャッチフレーズ、イン・ア・クラス・バイ・イットセルフ)

彼はニューヨークの人気ブラック局WBLSのDJで1979年には、ライヴァル局WKTUとディスコで聴取率争いをしていた。WKTUは、それまでカントリー専門の局だったが、映画『サタデイ・ナイト・フィーバー』(1977年12月全米公開)の大ヒットでディスコが大ブームになった時に、全米で初めての「ディスコ専門局」として打ち出し瞬く間に成功、ニューヨークの1位になった。このとき、1位を奪われたWBLSはクロッカーの旗の元「ディスコ・アンド・モア…」というキャッチを打ち出して、し烈な聴取率競争を繰り広げた。

フランキー・クロッカーはこのディスコ・ブームが一段落した時期から盛んに「アーバン」を打ち出した印象がある。「ディスコ・アンド・モア…」に続くキャッチフレーズだ。ちょうど、アメリカではフレディー・ジャクソン、ルーサー・ヴァンドロス、アニタ・ベイカーなどが大ヒットを次々と出す時期で、そうしたものは当時「クワイエット・ストーム」とも呼ばれたが、十分に「アーバン」だった。それはニューヨークならではの、「都会的に」「洗練された」という意味合いが当初は強かった。

そして、もうひとつクロッカーが「アーバン」あるいは「アーバン・コンテポラリー」を打ち出したのには大きな理由がある。それは当時聴取率では1位を取っても、CMの売上高では1位はおろかニューヨーク地区でせいぜい7-8位にしかならなかったためだ。それは聴取層が「ブラック」だと、たとえば「車」や「飛行機会社」の広告が取りにくいとみられていた。実際は聴取率1位であれば相当数の白人も聞いていたのだが、ブラック局だと主要リスナーは黒人だろうと広告業界はみなしていたわけだ。そこで、「ブラック」をはずし、「アーバン・ステーション」(アーバン・コンテンポラリー局)」という名称を打ち出すようになったのだ。

そして、このクロッカーが開発した「アーバン(・コンテンポラリー)」というフォーマットは瞬く間に全米の大都市に広がった。田舎の町はそれほどでもなかったが、大都市に広がったのは、そうした地域にブラックの人口比率が多いためだ。

「ディスコ」が「ダンス」に。

一方、ディスコのブームが一段落した1982年、ビルボードのそれまでのディスコ・チャートは、1982年3月27日付けから「ホット・ダンス/ディスコ・チャート」と改める。「ディスコ」というワードが急激に時代遅れになったとされたために、その言い換えとして「ダンス」というワードが使われるようになった。

ブログ アーバン問題 ダンス・ディスコ・チャート

つまり、音楽業界は、いつの時代でも最新のものに最新の単語(ワード)をあてはめ、一挙に広めそれが一段落すると、次の新しい単語で置き換えることをやってきた。この時は、「ディスコ」も「ダンス」も中身は同じだが、名称だけ変わったと言われた。これを表現するのが、「本の中身は変わらないが、表紙だけ付け替えた」というもの。

これは「ソウル」が「ブラック・ミュージック」へ呼称が変わったときも「その違いは何だ?」「同じではないのか」などと議論になったことと同様だ。「ブラック・ミュージック」が「R&B」になったときも多くの戸惑いが生じた。

常にブラック・ミュージック全般は最新の機材・音などを取り入れるために、流行のサイクルが他のジャンルの音楽より短い。それゆえ、その音楽全般の呼称がひんぱんに変わる。

ただ今回の「アーバン」は、それではそれに代わる新しい言葉はあるのか、というと、リパブリック・レコーズの声明にはそれは何も書かれていない。単に、「アーバン」という単語が「時代遅れ」と「差別的意味合いがなくもない」から使用を禁止する、控えるというものだ。先のニュースでグラミーでは、「アーバン」は「プログレシヴR&B」になるというが、これが市民権を得るかはまだわからない。

クロスオーヴァー問題。

ラジオ局のフォーマットが細かく分けられるようになると、各ジャンルのものはより幅広いマーケット(大方の場合、「トップ40」、一番普通の人が一番多く聞くフォーマット)でプレイされるように望む。1960年代から1970年代初期くらいまでは、ブラック局(R&B局、ソウル局)から「トップ40」へのクロスオーヴァーは、比較的よくあった。当時はまだセンスのあるラジオDJたちがいいと思ったもの、気に入った曲はどのジャンルだろうとかけたからだ。

ところが1970年代から1980年代にかけてラジオ局が大資本の元に運営されるようになると、いわゆる「プレイリスト」というものが設定され、かける曲が局の方針で決められ、DJが選べる枠が極端に少なくなる。これと並行してブラック局でかかって、それまでは普通に「トップ40」にクロスオーヴァー・ヒットしていたものがしづらくなった。

1970年代初期まではブラック・チャートでトップ10にはいれば、まちがいなく「トップ40」入りをしたり、ブラックで1位を取れば少し遅れて「トップ40」でもトップ10に入った。それがなかなか起こらなくなり、ブラック・アーティストはもんもんとするようになる。

たとえばルーサー・ヴァンドロスなど「アーバン」や「クワイエット・ストーム」のトップ・ランナーだが、ほとんど「トップ40」での大ヒットがない。「トップ40」にいかないために、「アーバン」ヒットが「アーバン」内にとどまってしまう。その結果、「アーバン」イコール「ブラック」になってしまった。

ブログ アーバン問題 ルーサー

(なかなかクロスオーヴァーしなかったルーサー・ヴァンドロス)

この時期まで多くのブラック・アーティストにとって(ポップ部門へ)クロスオーヴァー・ヒットすることは悲願だった。

主役交代。

ところが2000年代になると、その「アーバン」の主役ヒップ・ホップのアーティストたちは「トップ40」を圧倒的に席巻するようになる。時代は変わった。つまり、「アーバン」を本籍としていたアーティストたちにとって、もはや「アーバン」に留まる必要もなく、最初から「トップ40」「ポップ」で売れてしまい、「トップ40」のスターになるわけだ。となると、より狭い意味の「アーバン」の肩書はもはや彼らにとって必要でなくなるわけだ。かつては「アーバン」「ブラック」「ソウル」で1位を取ると、それが「トップ40」、はてはポップ部門での1位へのチケットだったものがその必要がなくなった。

この構造的変化はひじょうに大きい。つまり、ビルボードのアルバム・チャート(ポップ、総合チャート)を見れば1位初登場するヒップ・ヒップ、あるいはR&B系アーティストが多数でている。ここに「アーバン」の存在意義そのものが薄れてきているという大きな変化がある。

かつては、「ポップ」で成功を収めることがブラック・アーティストの究極の目標であった。アースも、スティーヴィーも、マイケルも、プリンスも、ホイットニーも、みなそうだった。そしてそれを成し遂げてきた。マイケル・ジャクソンが「キング・オブ・ソウル」や「キング・オブ・ブラック」「キング・オブ・アーバン」ではなく、「キング・オブ・ポップ」なのはそういうことなのだ。

ブログ アーバン問題 king of pop michael

(キング・オブ・ポップ=マイケル・ジャクソン)

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② 単語の意味自体の変遷。

単語自体。

今回いろいろと関係者に取材してわかったことがある。

それは「アーバン」と当初言われたころは、アーシーな泥臭いソウル・ミュージックと比べて、都会的に洗練されたブラック・コンテンポラリー、アーバン・コンテンポラリー(都会的な音楽)というニュアンスだった。それはこれを積極的に使いだしたフランキー・クロッカーの功績が大きい。前述のように彼自身が「ストリート」であり、「アーバン」でもあった。いわば「アーバンの申し子」的存在だった。

ところが、「アーバン」は文字通り「都市の」「大都会」の音楽で、そこにはもうひとつ、「ヒップ・ホップ」という強力な要素が並行してあった。そしてそのヒップ・ホップはどんどんと大きくなった。これはさすがのクロッカーも予想をはるかに超えた現象になったと言えるだろう。

「アーバン」局は、1990年代に入ると、1980年代に隆盛を極めたそうした大人向け(当時は中流ブラック=バッピー=ブラック・ヤッピーの造語)より、むしろ、ひじょうに売れていたヒップ・ホップに主流がいくようになる。そして、いつしか「アーバン」イコール「ヒップ・ホップ」になってきた。そしてほぼ同時に、「アーバン」イコール「ブラック」(アフリカン・アメリカン)という意味に変容していった。つまり、「アーバン」が単純に音楽ジャンルの一つを表す言葉だったのが、それを作るミュージシャンたちがブラック(アフリカン・アメリカン)ばかりになったために、彼ら自身を表す単語になっていってしまった。(あるいは戻ってしまった) わかりやすくいえば、「アーバン」イコール「黒人」だ。たぶんこのあたりのニュアンスは日本にはほとんど伝わってきていなかったと思う。

今回話を聞いた中で、かつてジャイヴ・レコーズでRケリーからフレッシュ・プリンスなど多くのヒップ・ホップ・レコードにかかわってきたディレクター、アン・カーリ―さんから、近年「アーバン」という単語は、「ブラック」からさらに踏み込んで、「ストリート」「ゲットー」のニュアンスを感じるような人もいる、と指摘された。つまり、単語の意味自体の大きな変容だ。

この指摘には僕はものすごくピンときた。「アーバン」が「ストリート」「ゲットー」と同義。「ストリート」、ましてや「ゲットー」という意味合いで取られると、これはNワードではないにせよ、あまり人前では使わない方がよい言葉ということになる。

先日書いた『ビル・ウィザース物語~炭鉱の街からハリウッド・ヒルまで』( https://note.com/ebs/n/nfada9bf816d2 )の中で、ビルが「ゲットー」という単語にかなり強い拒絶反応を示すシーンがでてくる。(未読の方はぜひ) 同じブラックであるビルのこの「ゲットー」に対しての拒絶反応は僕も個人的にはちょっとびっくりしたが、今ではよく理解できる。「ゲットー」と言う言葉は本人が使うならまだしも、他人が、特にブラックの人以外が使う場合は要注意単語だ。

もし「アーバン」という言葉がかつてより「よりブラック」を意味することになり、それがさらに「ストリート」「ゲットー」をほのめかすことになれば、これは使用を自粛しようということにもなる。

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ACT TWO ジャンルはポップひとつになるのか~言い換え語は?

今後。

では、今回のリパブリック・レコーズの決断はこんご音楽業界全体にどのような影響を与えるだろうか。

グラミーはノミネートでその単語の使用を外した。代替えの言葉は、「プログレシヴR&B」だがまだよくわからない。「アーバン」が「ブラック」「ストリート」「ゲットー」などを想起する可能性のある単語でその使用を控えるとなると、代替えの言葉がでても、何年か経つとまた「時代遅れ」「差別的」になったとして、別の言葉に置き換えられるかもしれない。

あるいは「ブラック・ミュージック」というジャンルの音楽が、人種でのジャンル分けを否定され、ジャンル自体がなくなり、たとえば結局「ポップ」という大枠にひとくくりにされてしまうのだろうか。その究極は、音楽ジャンルは完全に必要ないということにもつながる。確かに、ミュージシャンも聞く側も細かいジャンルを気にしないという流れはある。だが、それぞれの個性がそれぞれ独自のものを作ってきて、ある「城」(ジャンル)の城主になったとすれば、その「城」の盟主であり、あちこちの城の主が切磋琢磨して戦えば、きっと面白いものが生まれるような気もする。その城自体ががなくなってしまうのは、それはそれでまた寂しいことではある。

僕は個人的にはこういうタイプの音楽(ソウル、R&B、ブラック・ミュージック、アーバン等)が好きでそうしたものを掘り下げて聞いてきた。CDショップで、大まかなジャンル分けがされていなければ、CDを探すことも難しくなる。僕は「ジャンル分け」というのは最低限の「必要悪」だと長く思ってきた。ジャンル分けがまったくなくなるのも、それはそれで不便で、つまらないと感じる。

かつてA&Mでインターンをし、その後、ハッシュ・プロダクションでディレクターとなったケヴィン・ヘアウッドさんは今回のリパブリックの決断に対して、「単純に『アーバン』という単語を使わないリパブリックは、ただし組織を変更することはない、特にそのためのアクションは起こさないという。であれば、多くの場合は何も変わらないものだ。地下鉄ではもはやトークンが使えなくなった。(音楽業界も)変わるべきだと思う」と言う。彼はさらに、アフリカン・アメリカンがレコード会社の主要ポストにもっとつくべきだとも言う。

ブログ アーバン問題 ケヴィン

(ケヴィン・ヘイワード)

彼は現在のレコード会社の組織・構造自体が「ブラック」「アーバン」というのがひとつのジャンル、部署となっていて、大きな「ロック」「メインストリーム」のサブジャンル的になっていることを指摘、ブラック・エグゼクティヴが会社全体を統括する部門に進んでいくべきだと考えている。

もうひとり、デイヴィッド・リッツさんにも聞いた。「正直、僕も今回のニュースはよくわからない。たぶん、『アーバン』は『ブラック』を意味し、『ブラック』であると、『ポップへのクロスオーヴァー』が難しくなるからではないか。『アーバン・ミュージック』が差別的な音楽として捉えられて、『ポップ』になるのに障害になる。だが、今、『ヒップ・ホップ』は、(ジャンルとしての)『ポップ』よりも売れている。アメリカが混迷している時期なんだと思う。僕自身も困惑している。はっきりわかりたいと思う。ただ大局的に見たら、レイシスト(差別主義者)が基盤を作った上に乗っている組織・機構は、良心を持った人々は終わって欲しいと思っているだろう。たぶん、まだ単語の使用方法自体はみなをまごつかせることになるのだろうが、『アーバン』を使わない方向性はいいことだとは思う」 

アー写 デイヴィット・リッツ

(デイヴィッド・リッツ)

確かに現在のメジャーのレコード会社の機構と言うものはほぼすべて白人が作ったものだ。(モータウンなどのブラック・レコード会社は例外として) その中で、マイノリティーの音楽は、権力を持つ白人たちの手のひらに乗って踊らされているものかもしれない。文字通り「踊らされている」わけだ。ヘアウッドさんが言うように、ブラックのエグゼクティヴがもっとたくさん輩出して機構・構造自体を変えていかなければならないのだろう。

今回のリパブリック・レコーズの声明には使用禁止の理由を「outdated 時代遅れの」とのみ語られ、「差別的なニュアンス」は特に強調はされていないが、言外にはそういうことが含まれているとみていいだろう。また、ここでは、「アーバン」に変わる新しい代替え単語の提案がなされていない。果たして、どういう表現になるのか不透明だ。(前述のようにグラミーは「プログレシヴ・R&B」としたが) 10年後にまた新しいワードで言い換えられたとしたら、それは「ポリティカリー・コレクト」の繰り返しで終わってしまう。「ポリティカリー・コレクト」は大方の場合、表面を取り繕うだけで、物事の問題の本質までは食い込まないからだ。

「アーバン」と言う言葉は、2020年以降、何に言い換えられるのか。ひょっとして、「Music formerly known as Urban(かつてアーバンと呼ばれた音楽)」とでも言われるようになるのだろうか。略して「MFKAU」。プリンスはこの「アーバン」騒動をどう見るだろうか。

(吉岡正晴)

Very special thanks to:
Ann Carli, David Ritz, Harry Weinger, Kevin Harewood, Nelson George, Motoko Oshino,

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