「推しのトラウマメイカーを全力回避したら未来が変わってしまったので、責任をとってハッピーエンド目指します!」第2話・コミック用シナリオ

■場面変更・モノローグ(現代の回想)

会社のデスクでPCに向かい仕事をしているOL。オフィスの様子。休憩時間にお弁当を食べている様子。少し居心地が悪そう。

主人公<例えば私はちょっと前まで≪シュテルフスタインⅡ≫をプレイしていた一般人女性。中小企業のOL。職場では休憩室でおばちゃんたちの愚痴を聞きながらお昼ごはんを食べ、上司にセクハラ紛いな小言を言われながらも何だかんだで真面目に仕事をしてきた>

場面変わり帰宅後の自室。アパート。1K。一人暮らしの質素な部屋。

主人公<そんな私の楽しみは、ちょうど社会人一年生の頃に発売された≪シュテルフスタインⅡ≫だった。池袋の大型アニメショップ本店で予約して、サントラとアクリルジオラマ付きの特装版を買った。でも、発売当初は仕事の内容を頭に入れるのでいっぱいいっぱいで、すぐに遊ぶことはできなくって>

アニメグッズが置かれた小さな本棚から大切そうにゲームソフトを取り出す主人公。未開封のまま。少しパッケージを眺めてすぐ戻す。

主人公<会社に入って三年、ようやくほこりをかぶってしまったゲーム機を引っ張り出して遊び始めたら、そこからは、夢の世界だった。沼ってしまうことは八年前に発売して神作と乙女ゲームファンの間でうたわれた前作、≪シュテルフスタイン≫初代無印から予期していたとおり。みるみるうちにはまりこんで、休日は朝から晩までゲームの攻略に費やした>

シュリンクを外してパッケージを開け、楽しそうにコントローラーを握る主人公。少し散らかった生活感のある部屋でゲームに熱中している。

主人公<発売から三年経ってもありがたいことに公式からの供給は多く、私はゲーム本編を周回遅れで遊んでいたけれどまだまだコンテンツが拡がっていて、人気も絶えないおかげでめいっぱい楽しめた。期間限定で開催されるコラボカフェにもSNSで友達になったロビンソン推しの子と遊びに行く予定で……>

缶バッチやキーホルダーなどコルフェのグッズを付けたカバンを持って、友達とアニメショップを見て回っている幸せそうな主人公。
SNSのツイッターのリプライ画面で「コラボカフェ行こう!」「いいね! 痛バ作っていこ!」とやりとりをしている様子。
から、段々フェードアウト。

■場面変更・現在(ゲームの世界に戻る)

なんと答えたらいいか解らず固まったままの主人公。じっと見つめているコルフェ。

主人公(だ、駄目だ……ゲームのことだったら何でも思い出せるのに! 肝心な自分の名前が出てこないよ……)
(こうなったらもう、今ここで何か思い付いた適当な名前を名乗るしかない!! トラウマメイカーの女のメイカーからとって、メイカ。うん、それだったら人名っぽいし、現代日本でもヨーロッパ風異世界でもやっていけそう! どちらの世界にもいそうな名前だ)

くっと唇を噛み締めてから、笑って答える。

主人公「……メイカ。私はメイカよ」

名乗った瞬間。ぶわりと風が吹いたような感覚がよぎる。
咄嗟に答えた名前が主人公の頭の中を駆け巡る。
右から左に流れる楽譜のように脳内で反響し、パチンと耳元で弾ける。
ドレッサーを見るように音に促された気がしてそちらをみる主人公。
鏡に映っていた顔に変化が起きる。

メイカ(……! えええっ? これ、わ、私……?)
<──顔がある!>

ぼんやりとした輪郭しか映らなかったのが、目も鼻も口もついているのがはっきりと見える。
名前を付けた途端、今までのっぺらぼうだったメイカの顔に中身が現れる。
明るい赤みがかったブラウンの髪は肩まであり、瞳はもっと明るい茶色。
少し気が強そうな表情が似合うつり目気味、睫毛はふさふさ。
口は小さめで、眉は整っていてなめらか。
装飾は少ない小綺麗でシンプルな私服。
胸は出ていてお尻は上がっている。プロポーションも思っていたよりも悪くない。
うら若き乙女を落ち着けた二十代前半の女性が鏡のなかで同じ動作をしてくる。

メイカ<私……メイカという名前を得たトラウマメイカーは、他の登場人物たちと同様に容姿を手に入れたらしい。信じられないけど、モデル無しのモブだった私に専用の外見がついた!>

メイカという名前を得たトラウマメイカーは、他の登場人物たちと同様に容姿を手に入れたらしい。信じられないけれど、モデル無しのモブだった私に専用の外見がついたのだ。

コルフェ「……そう。メイカさん……ですか。メイカさんはどうして僕を連れてきてくれたんですか?」

メイカ(私、本当にメイカって名前になっちゃったんだ……)

コルフェにも自然に名前を呼ばれてぽかんとする。まるで最初からそうだったように、なんの疑いもなく登場人物として認識されている。

メイカ(わああ…幼い推しに名前で呼ばれて感動…! けど、彼の台詞にじぃーんとしている場合じゃないや)
不自然に顔のパーツを触りまくった手を下ろし、改めてコルフェに向き直る。

コルフェ「僕を人質にとっても神父さまはその、身代金とか、そういうのには応じないと思いますよ……僕、神父さまの本当の子供じゃない、から……」

おどおどしながら言うコルフェ。勘違いをしている様子であり期待もしているような言い方。敬語を使おうとしているけれど不馴れな様子。愛しそうにコルフェを見ながら、メイカは自分の言葉で本心を告げる。

メイカ「ううん。あなたを何かに利用しようなんて私は思ってないよ。ただ、あなたが可哀想な目にあっているのがほっとけなくて」
「それで、思わず連れてきちゃったの」

コルフェ「…………」

メイカを見上げながら不思議そうな表情をする。短く頷いて何か考えているようなしぐさの後、

コルフェ「……ありがとう、メイカさん。僕、ほんとは……神父さまのこと、怖くて……逃げ出せなくて……」

微かに呟くような声で言ってメイカに抱き着く。
メイカ(近い。ものすごい近い。推しからの積極的な急接近も本日二回目です。しかも一回目からまだそんなに経ってません)
心臓が跳ねて飛び出しそうになるメイカをよそに、小さなコルフェはしがみついて泣き出してしまう。

メイカ(誰にも頼れなくておさえ込んでいたみたい。つらかったんだろうな)優しく彼の濡れた頭を撫でる。

メイカ「うん。わかってる。知ってるよ。もう大丈夫だよ。コルフェは今まで一人で頑張ったね。これからは私が守ってあげるから」

メイカ(弱々しい幼い推しにすがり泣かれ、つい守ってあげるなんて大それた台詞を吐いてしまった。これからのことなんて私にもわからないのに。でも、モブだった自分にも名前が付いて顔が現れたように、この先も私の手でどうにか切り開いていけるかもしれない。上手くいくかは別だけれど、漠然としていた中に、新しい未来への可能性……希望が見え始めていた)

モノローグ<かくして私はトラウマメイカーの女モブ改め、端役悪役令嬢のメイカさんとなりました。それでもって本編攻略キャラの一人・コルフェノールの人生を左右したイベントを回避してしまったうえに、幼い彼をさらってきてしまいました。なお、このままだと彼を自分の家の子にする流れとなっております>

メイカ(これでよかったんだろうか……なんて、くよくよしてても仕方ないか。なるようになれ! って気持ちでいくっきゃないわ……! よく考えたらコルフェが将来教会騎士になるのって、実力もそうだけど例の変態神父がいたお陰で教会とコネクションがあったからって可能性もある。だとしたらだいぶやらかした感あるなこれ)
(コルフェをうちの子にするならば、メイカが探しにきたと嘘をついた架空の婚約者との間に出来ていた子供を引き取ってきたとかそういうことにするのもありかな。年齢も多分、私が二十代でコルフェが八歳くらいだからあり得ない話しでもないと思うし。ご両親も私が生んでいた子だって言えば可愛がってくれるでしょう。つじつまの合わせようは、まあ、ある)

ほのぼのとした雰囲気の中、向き合うべき問題を考える。

メイカ(疑似家族としての生活に支障はないとして、問題はこれからのコルフェの教育面。彼が将来有能な教会騎士になる道は、ある意味私が絶ってしまったかもしれないのだ。きっとコネを使って騎士団に入るとか、そういう展開だったかもしれない教会騎士への入り口を周回ムービーのごとく私が無慈悲にカットしてしまった。上手く行くとかいいながら、早速悩みが一つ出来てしまったぞ)

メイカ「あっ、ちょっと!」

散々泣き疲れたあと、ほっとしてベッドに倒れようとするコルフェの肩を掴まえる。

メイカ「コルフェ、髪まだ濡れてるでしょ」

コルフェ「えへへ。えっと……見てて」

笑いながら手を二回叩いて髪をすく動作をするコルフェ。ぶわり。と、突風が起きて濡れていた彼の髪を一瞬で乾かしてしまう。

メイカ(地味な魔法だけど、いざ目の当たりにしたら結構すごい。これが作中最強ランクの魔法の力で、悪いことを考える大人たちが欲しがっている能力ってわけか)

座ったままで片手をかざし、指先で糸をたぐるようなしぐさをするだけでティーカップがコルフェの手元に飛んでくる。

コルフェ「こういうのもできるよ。はい」

メイカに手渡し得意気に笑う。ちょびっと溢してる。制御まだ曖昧。

メイカ(うーん。大人になってこれをマスターすると、オープニングで主人公の仮面を触れずに取り去る印象的なワンシーンになるわけだ)

コルフェ「これで平気だね」

メイカ「うん。おやすみ」

きちんと寝転がり掛布をたぐり寄せるコルフェにおやすみの挨拶をする。

コルフェ「メイカさん。おやすみのキス、してくれませんか?」

メイカ「私、まだあなたのお母さんじゃないんだけどなぁ」

コルフェ「これからお母さんになってくださるんじゃないんです?」

メイカ「考えておきます」

愛らしいリクエストに応えて額にキス。満足そうに笑って眠りにつくコルフェ。

窓の外。月明り。

(第2話ここまで)