見出し画像

空海はレムリアン「佐伯氏」だったから中央でうまく行っちゃった?

空海は「佐伯氏」だったから中央でうまく行っちゃった?

ゴシップ的に
空海の父親の「佐伯氏」ってナニモン?

佐伯という氏族がどういう人たちか?
というところからお伝えします。

『日本書紀』の景行天皇の条に
「佐伯」について、色々書かれている。
 
 
何と書かれているかというと、 
ヤマトタケルノミコト(日本武尊)
が毛人(えみし)=北関東の住人
を征伐した際に、

「捕虜」として毛人=蝦夷
を連れてきて熱田神宮に献上した。
   
まるで
『キングダム』みたいな物語!
ただし、
奴隷としてではないの!

そこがニッポン人のDNAレベルでの
「相手も人」というルール

ともかく征伐したところの住民を
大勢連れてきて熱田神宮に差し出した。
 
その蝦夷たちを、播磨・阿波・讃岐
・伊予・安芸の五か国に配置して
「佐伯部」としたってある。
 
このことから、
佐伯部大和朝廷に征伐された
蝦夷を指す言葉
だとわかります。

つまり元々いたレムリアン

佐伯部の「部」とは、大和朝廷や
地方の豪族に従属した農民や漁民
あるいは特定の技能集団につけられた
呼称でもあるの。
  
五か国に配置された蝦夷集団の
「佐伯部」の取り締まりや管理を
その地方の豪族がしていたの。


空海はレムリアン:もともとエスパーかも?

 地方豪族はその蝦夷の人々
特定の技能者集団を移動させて
農耕を教えた。

ということになってるけど、
別にそんなことしなくても
征服したならそれで終わり、
にしなかったのは

特殊な技能を持っていたから
全国にその技術を広めたかった。

だけど、そうは書かずに
農耕民にしたみたいに書いてあるわけ。

 そういうわけで、
 
その人たちを管理する地方豪族に
「佐伯直」という位を与えた。
 
 その佐伯直を名乗る地方豪族を
統率管理したのが

軍事を司る名門「大友氏」の
支族である佐伯連(さえきのむらじ)という
中央の豪族です。

佐伯 
複雑で、紛らわしいけれど

 佐伯連(中央豪族)と
佐伯直(地方豪族)の2種類があって


両者は系列が全く違う!

 
だけど、そのうちゴッチャになって、
 
空海の都での後見人の叔父である
 阿刀大足は、事前工作として

佐伯今毛人と空海を「橋渡し」

・佐伯真魚=地方豪族の息子
・佐伯今毛人=中央の官僚

の二人は「佐伯」という名前

「お働き」

によって「波動の共鳴」と
「波動の共振」が起きたに違いない!

名前=氏名=使命ですから!

同名なら遺伝子レベルで
「分かり合っちゃう」ということ。

名前はその人そのもの、は
いつも私が言っていることですが、
歴史って勝者が編纂したんだから。

レムリアン蘇我氏が滅ぼされたのも
そういう理由だといえます。


よろしければサポートいただけると嬉しいです!サポート代は写経用紙や御朱印に充てて、投稿を増やしていくことに使わせていただきます。プレゼント企画もしていく所存です。どうぞよろしくお願いいたします。