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「基礎研究なくして研究の発展はない」竹井英文

刊行前から話題沸騰の9月の新刊、竹井英文著『杉山城問題と戦国期東国城郭』。


 刊行に先駆けまして、下記に本書の「序にかえて」をアップいたしました。本書の特徴、構成、意気込み等が述べられていますので、ぜひお読みいただければ幸いです。

序にかえて

 本書は、拙著『織豊政権と東国社会』(吉川弘文館、二〇一二年)に続く、筆者の二冊目の論文集である。筆者は、二〇〇七年にいわゆる「杉山城問題」に関する論文を発表して以降、主として文献史学の立場から戦国期の東国を中心とした城郭研究を行ってきた。本書は、いくつかの新稿を加えながら、それら既発表論文を集成したものとなっている。読み返してみると至らない点や単純なミスが目立ったため、当初は全面的に改稿することも考えた。しかし、自分の研究がどのように推移していったのか、ありのままに示すことが自分にとっても学界にとっても必要だと考え、誤字脱字等のミスは修正しつつも基本的に原型のままとし、適宜補註を入れて重要な修正・追加箇所や初出時以降の情報などについて記すスタイルとした。その一方で、バラバラに発表してきた論文を一書にまとめて発表するわけであるから、ある程度の統一性が必要である。そのため、字句の統一を可能な限り行い、出典もなるべく最新の情報に修正するなどした。

 第一部では、これまで発表してきた「杉山城問題」に関する論文をまとめ、一本の補論を新稿として加えた。第一章を発表した頃は、通説である天文末・永禄期の北条氏の城という説が発掘調査の結果により大きく揺らぎ、激論が交わされ続けていた頃であった。それに対して、杉山城関係と思われる史料を「発見」し、その紹介と検討をするというところから筆者の城郭研究はスタートした。結果的に永正・大永期の山内上杉氏関係の城という結論が得られ、考古学側の説を補強する形となり、通説を形成してきた側である縄張研究を批判することになった。
 さらにその研究の過程で、なぜ杉山城は天文末・永禄期の北条氏の城とされてきたのか、その根拠が必ずしもはっきりと示されていないのではないかと考えるに至り、研究史を振り返る第二章を発表した。文献史料の提示に加え、縄張研究側の根拠の不明瞭さを指摘することで、杉山城=山内上杉氏関係の城説をより強く打ち出すことになった。
 その後、さまざまな反応があったため、それに答えようと第三章~第五章を発表した。なかでも第三章は、第一章の内容を一部修正したうえで筆者の考え・立場を再確認した論文であり、現在の筆者の主張の根幹となっている論文である。第一章の論文の方が引用される機会が多いと思われるが、筆者の現在の主張・立場については、第三章を中心に、第四章・第五章も併せて参照して頂きたいと思う。
 なお、第一部の補論のうち、いわゆる大名系城郭論批判に関して里見氏の事例で考えた補論二は既発表のものである。補論一は第二章を補うものとして再度研究史を振り返ったもので、新稿である。
 こうして「杉山城問題」に関わるなかで、筆者は城郭研究において基本的な文献史料の収集・紹介・検討が十分なされていないことに気付いていった。各種史料集をめくっていると、城郭研究という観点から必ずしも分析されていない史料が次々と現われたのである。第二部では、そうした史料を用いて行った個別城郭の研究をまとめた。

 第二部に収録した諸論文は、「杉山城問題」との関係を念頭に、いずれも年代や築城主体の比定および政治史のなかでの位置付けといった基礎的な研究に重点を置いている。地域の比較的有名な城であっても、意外にも十分検討されていなかったことがおわかり頂けると思う。各地でこうした基礎的な作業を積み重ねていくことは、今後も必要不可欠だろう。まだまだ検討すべき史料は多く眠っており、文献史学の観点からの研究がより一層進むことを期待したい。
 こうした基礎的な研究を進めていくなかで、城郭研究全般に関わるような問題も発見していくことができた。第三部は、そうした諸問題について、やはり文献史料を中心に検討した諸論文をまとめたものである。
 第一章は、第二部第一章で「津久井城掟」を検討するなかで「城掟」に興味を持ち、近世の「城掟」まで射程に入れて城郭の維持・管理・生活を考える視点について論じたものである。
 第二章は、第二部第二章で深大寺城について検討するなかで「古城」の問題に気付き、それを深めたものである。いずれもさらに深め、拙著『戦国の城の一生』(吉川弘文館、二〇一八年)として発表することができた。
 第三章は、第二部第四章・第五章で「戦功覚書」という史料の魅力に気付いたことにより、それを深めたものである。これをきっかけにさまざまな「戦功覚書」を収集していったが、その過程で「里見吉政戦功覚書」に出会い、拙著『戦国武士の履歴書』(戎光祥出版、二〇一九年)に結実した。
 第四章は、小田原市でのシンポジウムの報告内容をもとにした新稿である。北条氏の城郭関係史料を悉皆的に収集し、分析を加えた。第五章は、史料にしばしば登場する「名城」に注目し、その意味するところを検討したものである。第三部で取り上げた諸問題以外にも、まだまだ史料からはさまざまな問題を考えることができる。今後も引き続き検討していきたい。

 このように、筆者の城郭関係の論文は、およそ論文といえるほど「論」があるわけでもない、基礎研究に過ぎないものばかりである。しかし、基礎研究が意外にもなおざりにされてきた側面は、確かにあったといわざるをえな
いと思う。「杉山城問題」は、まさにそうした城郭研究の問題を鋭く突くものであったと考えている。基礎研究なくして研究の発展はないはずである。本書によって基礎研究がより一層進むことを期待すると同時に、相対的に少
ない文献史料を用いた城郭研究が活性化し、より学際的な城郭研究が行われていくきっかけになれば幸いである。

著者略歴

竹井英文(たけい・ひでふみ)
1982年、東京都生まれ。
千葉大学文学部卒。一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。
現在、東北学院大学文学部准教授。
主な業績に、『織豊政権と東国社会 「惣無事令」論を越えて』(吉川弘文館、2012年)、『戦国の城の一生』(吉川弘文館、2018年)、『戦国武士の履歴書 「戦功覚書」の世界』(戎光祥出版、2019年)、『東日本の統合と織豊政権』(吉川弘文館、2020年)、『最上義光』(編著、戎光祥出版、2017年)などがある。



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