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髙田徹編著『城郭移築建造物大全 西日本編』を刊行します


 2023年8月上旬に刊行予定の髙田徹編著『城郭移築建造物大全 西日本編』が刷り上がってきました。

https://www.ebisukosyo.co.jp/item/691/


  本書は、城郭・御殿・陣屋・代官所から移築された門・玄関・御殿・櫓などのうち、西日本に残る553件を記録し、そのうち重要な367件には写真・図面を掲載し、詳細に解説したものとなっています。老朽化や維持困難などさまざまな要因から解体の危機が迫っている建造物も多く、現状を記録し、後世に残したい、文化財保護の気運がさらに高まって欲しい、という思いから編まれました。
 刊行に先駆けて編者の髙田徹先生の熱い想いを知っていただきたく、以下に「はしがき」と「あとがき」の一部を抜粋して掲載いたします。

はしがき

 江戸期の天守を残している城郭は、全国に十二城ある。いずれも国宝か重要文化財指定を受けている。周知のように姫路城(兵庫県姫路市)、彦根城(滋賀県彦根市)などが挙げられる。一方、御殿建築については、二条城(京都市中京区)、掛川城(静岡県掛川市)、川越城(埼玉県川越市)などが現存しているとおりで、これらも国宝・重要文化財指定を受けている。ただし、二条城では二ノ丸御殿がほぼ残っているものの、明治十四年(一八一一)頃に本丸御殿は失われてしまっている(明治二十七年〈一八九四〉に旧桂宮邸から移築された現存の「本丸御殿」ではない)。高知城(高知市)でも、天守に連なる本丸御殿だけが残されるのみであり、往時の御殿全体が残されているわけではない。こうした例を含めても、城郭・陣屋に残される御殿建築はわずかである。だが、櫓・多門(多聞)や門となれば、現存例は増加する。それらの多くも文化財指定されており、公共機関などによって維持・管理がされている。
 もっとも、江戸期には増減はあるもののおよそ二百数藩が存在し、それぞれの居城・居所(城・陣屋)が存在したうえ、支城や御殿(別邸・御茶屋を含む)、大名の飛び地に設けられた出張陣屋の類もあった。これらに設けられた城郭建築は膨大な数に上るものであった。ところが明治四年(一八七一)の廃藩置県、同六年の存廃決定(いわゆる廃城令)などを契機として、実に多くの城郭建築が破却・解体された。破却・解体を免れ現地に残されていた城郭建築も、その後の老朽化でやむなく取り壊されたものや、災害などにより失われたものも少なくない。福山城(広島県福山市)・名古屋城(名古屋市中区)などのように、第二次世界大戦中に焼失したものもある。
 つまり城郭・陣屋にある現存建築は、それらが実際に機能した江戸~明治維新期と比べると極めて限られた数しか残されていないということになる。しかも、それらは城郭・陣屋の本来あるべき建築遺構が偏りなく残されているわけではなく、象徴性を有していたとか、転用・使用に耐えうるものであった場合が多いのである。現存建築は貴重な存在であるが、さりとてそれらのみで城郭建築の全貌が語れるわけではない。古写真・絵図・史資料などをもって明らかにできる面もあるが、それにも限界もある。
 さらに有力な資料が実はある。それが城郭・陣屋由来の「移築建造物」である。ここでいう「移築建造物」とは、かつて城郭・陣屋に存在した、あるいは存在した伝承を有するもの、存在した可能性が考えられるものを指す。こうした「移築建造物」は沖縄県を除く全国に存在しており、城郭建築を考察するうえでの一級資料にほかならない。しかしながら、個別建築・個別事例や県単位の集成、一覧表形式の提示などを除けば過去に「移築建造物」の全体像が検討される機会はなかった。「移築建造物」を一級資料とするうえでは、何より城郭・陣屋建築としての観察と考察が不可欠となる。観察・考察を経てこそ、初めて城郭・陣屋建築としての一級資料となりうるし、活用が期待できるというものである。
 ただし、ここに大きな問題がある。こうした「移築建造物」は寺社や個人宅に残されているものがほとんどで、多くは文化財指定がなされていない。また、明治初頭に移築されたものであっても一五〇年近くが経過しているため、腐朽損傷が著しいものが少なくない。これまでに解体され、消滅したものはかなりの数に上るはずである。現段階においてもやむなく、あるいは知らぬ間に取り壊されている「移築建造物」が確実に存在している。
 すべての「移築建造物」が適切に修理され、永く保存されるのが理想であるが現実としては厳しい。本来ならば行政や建築史家に任せるべき領域ながら、そうした動きは現状ではうかがうことができない。そうした中で今、我々ができうることは知りうる限りの「移築建造物」をリスト化し、それらを個別に検討すること、そして最低限の記録(観察所見・写真)などを残して資料化することである。
 このような意図から編んだのが本書である。本書で取り上げる「移築建造物」のすべてが確実に城郭・陣屋から移築されたものとは限らない。否定的に考えられるもの、判定が難しいもの、さらには参考事例をも含めている。それらについてもまずは俎上にあげることが重要と考え、「移築建造物」と伝えられてきた来歴自体が、成否はともかく一つの歴史であること、失われた後ではなす術がないことから積極的に取り上げることにした。
 城郭・陣屋由来の「移築建造物」を集成した本書が、城郭建築の基礎資料となり、さらには「移築建造物」の保存、価値を再考する機会になることを望むものである。

あとがき(一部抜粋)

 個人的なことながら、私(髙田)と移築建造物の馴れ初めをお話ししたい。濃尾平野の真ん中に生まれ育った私が城郭に興味を持ったのは、今から五十年近く前のことである。濃尾平野には中世城館が多く存在したが、すでに多くの遺構が失われた後であった。自宅近くには、織田信長の居城であった清須城(愛知県清須市)や小牧山城(同小牧市)がある。当時はこれらの遺構を読み取れるだけの理解が足らなかったが、古城としての雰囲気を感じ取ることくらいはできた。往時はどんな建物があったのだろうと考えてみたが、これも知識がなく自分の中で思い浮かべることができなかった。
 たしか中学生のときだったが、あるお寺に清須城から移築されたという門があることを偶然知り、早速に訪ねてみた。小寒い冬の日曜日だったと思う。ご住職に質問をしたが、「そう言われている。それ以上はわからない」としか回答を得られなかった。このお寺は清須城からはかなり離れた場所にあったし、門をお寺に移したという時期は清須城の廃絶時期とかなり開きがあった。なぜかと思うことは多々あったが、それ以上はわからない。それでも古城と化した清須城の建築遺構とされる門を見て、かつての清須城の偉容に思いを巡らせることができたし、何よりこうした門を見ることができたことに喜びを感じた。
 以来、各地の城郭を訪ねるたび、近くに移築建造物が存在する情報が得られればなるべく立ち寄ってみることを続けてきた。移築建造物を所蔵されている寺院や民家の方々には、とても親切に対応していただき、関係のない話にまで花が咲いたりもした。見ず知らずの人間の突然の来訪を温かくお迎えいただき、誠に感謝に堪えなかった。筆者の中には一つ一つの移築建造物に、出会った方々ともども実にぎっしりとした思い出が詰まっている。
 同時に、どこへ行っても所有者の方々が口々に語られるのは、移築建造物を維持する大変さである。ほとんどの所有者は移築建造物の重要性を認識されていたし、先祖の遺した建築について矜持を持たれていた。それでも傷んでくれば、外見上よろしくないし、修理となればかなりの費用を要する。維持費はかかるし、現代の生活スタイル上邪魔になるところもあるから、修理するより撤去してしまったほうが手っ取り早いとの声を何度も聞いた。実際、断腸の思いで数年前に取り壊してしまったとの声をあちこちで聞いている。市町村の文化財指定となっても十分な補助金は出ず、修理費はほぼ自弁であることや、文化財指定となってかえって多くのしばりを受け、難渋しているとのお話しもあちこちで聞いた。
 何とか残していただきたいと思うのが心情ながら、個人や法人の所有物をよそ者があれこれ言えるはずなどない。せめて親切に対応していただいた所有者の方々に何らかの形で応えたいという思い、そしていつ失われてもおかしくない移築建造物を素人なりに記録しようと思い、『城郭建築行脚』という冊子を作成することにした。
 さらに、移築建造物巡りを続けて行く中で、多くの知見も得られるようになり、何らかの形でまとめてみたいと思うようになった。筆者一人ではとても対応できるものではないから、日ごろからお世話になっている崎田欣二さんに相談すると、ただちに快諾をいただいた。さらに移築建造物に関心のある先輩・友人をお誘いして本書を編むことになったのである。
   *   *   *
 さて、本書では西日本の移築建造物を洩れなく収録するよう、鋭意努めたつもりである。その結果、実に多くの移築建造物を収録できたわけだが、完璧であるとは言い難い。我々が認知しない移築建造物は確実に存在するであろう。実際、本書の校正段階の情報で新たな移築建造物をいくつか認知したが、コロナ禍のため現地を訪ねることが叶わなかった。これらについてはできれば続く東日本編に補遺として収録したいと考えている。また、我々の認知してない移築建造物をご存じの方があれば、ささいな内容、断片的なものでも、不正確であってもよいので情報提供を願えるとありがたい。
 私を含めた執筆者は、いずれも建築史を専門に学んだ者ではない。それゆえ、建築遺構の捉え方や評価について思わぬミスを犯している可能性もなきにしもあらずである。しかし、今我々がこうした取り組みをしなければ、取り返しがつかなくなることを危惧している。我々ができること、できるかたちで取り組んだわけだが、今後さらに研鑽を積んでいかねばならないと考えている。
 最後になったが、移築建造物を所有される寺社、民家、そのほかの機関などの方々からは、大変お世話になっている。洩れを恐れてお一人お一人を挙げるのは差し控えるが、執筆者一同、心より感謝申し上げたい。


 本書は全国の書店、ネット書店、弊社公式通販等で予約受付中です。限定部数の出版になりますので、ぜひ早めにご予約をお願いいたします。


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