『エビス・ラビリンス』試し読み(1)

「リス詩人物語」  小熊八十 

 小松綾香は決戦の場を恵比寿ガーデンプレイスに選んだ。ここに滞在していれば北島は必ず現れるだろう。十二匹のリスを率いて。お城のような場所に住んでみたかった。それにお城は戦闘に適した構造をしているものだ。ここは壁に囲われているわけでもなく周囲のどこからでも進入はできるが内部は慣れた者ほど自由に行動し敵から逃れたり背後に回り込んだりしやすい。窪んだ中央広場に向かって水路を水が流れて風が建物と建物の間を吹き抜ける。小松綾香が所有する三十六匹のリスは地形を生かして戦えるよう訓練を重ねた。
 遠い昔に井の頭公園で肩にリスを乗せて詩を朗読する初老の男性がいた。それに魅了された四十七人の教え子がいた。詩が素晴らしかったのか朗読が素晴らしかったのか。肩に乗せたリスには不思議な力があった。人の心を操った。教え子は先生の真似をして肩にリスを乗せて詩を朗読した。
 北島が何番目の教え子だったかは分からない。十二番目までのどれかだ。小松綾香の味方に付いたリス詩人には十三番目以降の教え子しかいない。誰がいつ参加したなどの記録は残っていなかった。なかったことにされた人もいるのだろうか。今となっては分からない。
 謀反を企てたのは北島の方だ。先生には四十七人の教え子以外にも数十人のパトロンと数百人のファンがいたという。正確には把握できていない。中には悪い人もいた。政治的な事情があった。リスを悪事に利用してはならないと言っていた先生が悪事を行っていたので北島は謀反を起こした。
 目的は先生のリスだった。最も強い力を持つリス。リス詩人の肩に乗っているリスは人間の生命を吸うという。それは詩の朗読を聞いた者だけでなく肩に乗せている本人でさえも。悪に染まっているから先生のリスを始末しなければならないと北島は考えた。リスに罪はなく悪に染まっているのは先生の方だと小松綾香は考えた。
 なぜ先生を殺したと北島は小松綾香に問うだろう。リスが可哀想だった。どう答えたところで何かが変わるわけでもあるまい。復讐だよ。リスを肩に乗せて詩を朗読するなんて馬鹿げた見せ物に時間や心を費やしてしまった。当たり前だけど今よりも若かった。代償に何かを貰わないと釣り合わないから。それは先生の命なんて犬も食わない代物じゃなくて人間を支配する力だよ。
(続く)


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