【僕がスパーズを愛する理由~前編~】

どうもどうも。

本格的な記事2発目はようやくサッカーについて。

日々FottballとMusicとAlcoholを愛する生活を送っておりますが、今日は我が「心のクラブ」であるTottenham Hotspur Football Club(通称:スパーズ)との出会いとそこから引き込まれる経験を綴りたいと思います。
(書き出したらあまりにも長くなってしまったので、前編と後編にわけたいと思いますw)


まずはそんな僕とFootballとの出会いを少し。


消極的2択から踏み込んだFootballの世界

僕がFootballと出会ったのは5歳の時。
通っている幼稚園のスポーツクラブに体操とサッカーがあった。
ある日、母親から「どっちかやりなさいよ。」と言われた僕はなんの考えもモチベーションもなく取り合えず見学に行くことになった。

体操クラブの見学をして衝撃を受けた。
「みんなめっちゃ泣いとるやんけ・・・」

幼稚園とは思えぬ厳しさを放つコーチ陣に、僕の心の扉は固く閉ざされた。
あの時の母親の、「どっちかやりなさい」という言葉にどれほどの意図や重みがあったのかはわからないが、とにかく僕はサッカークラブを見に行く前に結論が決まっていた。


「おかん。サッカーがしたいです・・・」


そんな消極的姿勢から選択したFootballというスポーツに、まさかこんなにどっぷりとつかるほどとは思いもしなかったし、まさか競技者として(社会人リーグに登録してるだけではあるが)25年以上も続けることになるとは思わなかった。
32年間の人生において、27年間ともにあるもの。
それが僕にとってのFootballである。もはや人生の一部。普段の生活に無いことが想像もできないほど、その存在は大きすぎるぐらい大きい。


「心のクラブ」に出会うまで

5歳で始めたサッカー。僕は本当に産まれたタイミングが良かったと思う出来事が起きる。
Jリーグ開幕である。

当時僕は大阪の箕面市に住んでいたことと、父親が高校生の時にサッカー部だったこともあり、J開幕当時はよく万博までガンバ大阪の試合を観に連れて行ってもらった。

何よりも、7歳の誕生日プレゼントがJリーグ開幕戦のチケットという粋なサプライズ(5月16日が誕生日であり、その日がガンバVSレッズの開幕戦だった!)があり、僕は一気にガンバファンになった。

しかしガンバが弱いw
覚えている選手は、松波、フラビオ、永島、本波、磯貝、和田、賈秀全ぐらいかな。監督は釜本だった。
弱いけど観に行く。ただ近いからってだけなんだけど、一番まっとうな理由なのかもしれない。

でも、今思えばプロの試合を一番観ていたのはその時期だった。
小学生の途中で京都の南に引越して以降は生ではほとんど観ていない。
中学・高校に上がる頃にはTVでの放送も少なくなり、そもそも自分たち以外の試合を観るのは「高校選手権」のみという、今考えると何とも不健全な状態だったなーと思う。
日本の育成年代はあまりにもプロの試合を観ていない。そんな課題を体現してきたサッカー人生だった。


話がそれすぎたw


そんなこんなで僕は20歳になるまで、本当の意味で「心のクラブ」だといえる、心の底からサポートできるクラブには出会わずに過ごしてきました。
その時々興味を惹かれる選手はいました(例えばバレンシア時代のアイマール)し、一つのチームを追いかけている時期もありました。
ただ、サポーターではない。
こういう人は自分がプレーしてる人には多いんじゃないかなーとも思います。

そんな僕に、21歳の時に転機が訪れます。
ロンドン2週間一人旅。


「心のクラブ」との遭遇

初海外が2週間一人でロンドン周遊。正確には途中4日ほどパリに足を延ばしたので、ロンドン自体は10日間ほど。
何もわからないけど行ったら何とかなるやろってノリだったため、とりあえず宿だけは取ってくれと親に強く言われたので、大英博物館のすぐ近くにあるB&Bに1週間決めた。
それが大正解!初日からロンドンでのルーチンが決定した。

起床・朝食⇒観光・昼飯・観光⇒ホテル帰宅⇒大英博物館⇒パブでビール×Football

こんな生活を1週間。幸せすぎる日々。

当時、僕は非常にライトなアーセナルファンでした。
セスクとフラミニがセントラルMFで、サイドにはフレブとロシツキー、2トップはアデバヨールにファンペルシーとなかなかに若手かつおしゃれ、ワクワクするような陣容でした。
毎週BS1でプレミアを放送していたから視聴しやすかったというのもあり、僕はライトなグーナーまっしぐらでした。

アジア人風の大学生みたいな若者が一人パブでビールを飲みながらFootballを楽しんでいるのがそんなに不思議なのか、そのパブでは毎日いろんな人が話しかけてきてくれた。

「大学生がなんで一人でロンドンに来たんだ??」

毎日聞かれたのはロンドンに来た理由。
僕は音楽もUKRockを中心に聴いていたし、ファッションもUKが好きで、カムデンタウンにも行きたいんだ!
Footballも5歳からプレーしているし、自分の好きなものが一番揃っているのがロンドンなんだ!!

なーんてことをたどたどしい片言レベルで会話していると、決まって聞かれるのが、「どこのクラブが好きなんだ?」
音楽やファッションの話はスルーされても、これだけは絶対聞かれた。
その時、僕は本当に無知だったので、『ロンドンやしアーセナルファンって言うたら歓迎されんちゃうか??』ぐらいの認識で答えていた。

「アーセナルが好きかな。」

思っていたリアクションとは違い、大多数の人が残念だなーって顔になったし、なんかそんな感じのことを言われてるのは理解した。
それでも普通に話してくれるし、なんでアーセナルが好きなのかみたいなことも聞いてきてくれる人がほとんどだった。

そんな毎日を過ごして4日ほど経った時、あることに気が付いた。
『このパブがある通りトッテナム・コート・ロードって言うんかい!』

どうやらそのお店にはトッテナムファンが多いらしく、そらアーセナルファンって言うたら変な顔されるわなって理解した。

ただそれも甘い理解。


この両クラブはそんなぬるい関係でもないなってちゃんと気づいたのは帰国してからwww

それからは、いつもみたいに「どこのクラブのファンだ?」って聞かれると、「アーセナルだよ!でもモドリッチのプレーも好きだからトッテナムのことも注目してる!」


今考えたらぞっとするような答え方してますよね。もっと絡まれたりしてもおかしくなかったなと。
無知って怖いし、ロンドンナーはみんな優しいですね。


そんなこんなでもう日本に帰るまであと1日みたいな時に事件は起こります。


人生で初体験


これは別に変に性差の話がしたいとかではないんですが、いつもみたいに楽しく、そして明日の夜には日本に帰らなければならないちょっとした寂しさも含みながら、最後の夜を楽しんでいるときでした。

男女4人組の若いグループ(といっても当時の僕よりはみんな上でしたが)にいつものように話しかけられました。

「なんでロンドンに来たんだ?」

本当に毎日同じパブに通っていたので、周りの常連さんだったり店員さんたちも『あいつまた同じこと聞かれてんな』って感じで笑われたりしてました。

それでも僕はいつものように、好きなものが全部そろってる街なんだって答えてました。

そしてまたいつも通りの「どこのクラブのファンなんだ?」

僕は慣れた口調で、「アーセナルだよ!でもモドリッチのプレーも好きだからトッテナムのことも応援してるよ!」


その瞬間です。
一人の女性の顔がにこやかな表情からこわばっていくのがわかりました。

「ありえない!今あなたはアーセナルことが好きだって言ったじゃないの!それなにトッテナムのことも応援してるなんて何を考えてるの?」
「ファン、サポーターっていうのは常に1つのクラブのことを考えているの。そのクラブが勝てば1週間ハッピーで、負ければ1週間暗い気持ちになるの!」
「サポーターならそのクラブのエンブレムのタトゥーを入れるぐらいに愛さなければいけない!」

かなりのテンションで怒られたので、ニュアンス的にはですが、一つ一つ単語拾って聞いていたのであまり間違っていないと思います。

5歳からサッカーを始めて、ここまでサッカーの本質的な部分で女性に叱責されたのは初めてでした。

今思えば当然のこと、でも当時の自分にはかなりのカルチャーショックでした。

呆けていた僕に彼女は続けてこう言いました。

「今ここで選びなさい。トッテナムかアーセナルか。」
「決めたらもう二度と他のチームのことは考えないで。」


多分どっちを選んでも喜んでくれたんだと思いますし、彼女としてもアーセナルだって答えるだろうと思っていたと思います。

ただ、そこで僕は考えました。


『こんな機会はめったにないことだ。外国から来た人間にちゃんと起こってくれるなんて。これはちゃんと考えたほうがいいぞ。』
『アーセナルファンって日本にめっちゃいるよな。でもトッテナムファンって周りで聞いたことないぞ。それめっちゃおもろいな!』


人生を変える大きな決断


「わかった!僕は今日からトッテナムのファンになるよ!」

めったにない機会と希少性から、スパーズファンとしての第一歩を歩んだ瞬間です。

さっきまで怒っていた女性がビールをご馳走してくれ、仲間が増えたと喜んでくれたことが印象的過ぎて、今でも鮮明に覚えています。

消極的な2択から始まった僕のFootball人生は、またしても大事な局面で人から迫られた2択で選択する結果となりましたw

でも、あの時・あの瞬間の僕の判断は正しかったなーと思います。
当時スパーズは18位ぐらいだったと思います。
デフォーを放出したと思ったら買い戻したりする混迷ぶりはなかなかに刺激的でした。

そこからここ数年の盛り上がり感。
本当に毎週楽しませてもらっています。

なんちゃって気分でスパーズファンになった僕が、更に「心のクラブだ!」と思えるようになる出来事はそのまた数年後、ロンドンにて起こります。

それはまた、次の機会に。

Come On You Spurs!!

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