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メモリー・オブ・リコイル

 沸く群衆。
 飛び回る無数の配信空撮ドローン。
 大都市のストリートもマッチメイカーの手腕にかかれば即座にスタジアムと化す。

 熟練ガンマンであるロイは、自分の命がモノのように消費されることには何の感慨もない。

 ロイは右手で腰のホルスターに納めた回転式拳銃の銃把を撫でる。

 電子式制御が組み込まれた銃が普及して随分と経つ。
 旧世紀の遺物を使い続けるのは酔狂の域と言ってよい。

 だが、それでもロイは人の命を奪う時の余韻――反動、リコイルを味わい続けることを選んだ。

 道路の脇では賭けを仕切る胴元の前に紙幣、コイン、担保がわりのグラフィックボードが積まれる。  
 結局、通貨が完全に電子化しなかったも同じ理由だろう。

 人は肌身に触れるもの全てを、切り離すことはできない。

「おい」

 声――15m先、ロイの正面に立つ青年のもの。 
 短髪に黒いコートと、銃士にしてはシンプルな装いだ。

「覚えているか、俺の兄貴を」

 群衆の放つ雑音を気にも留めず言葉を投げかける。

「おまえの兄貴? はっ、覚えちゃいないな」

 嘘だった。
 酒と薬で焼けた脳みそが忘れようが、右手がしっかりと覚えている。

 絶望とも希望ともつかぬ、何らかのを火が煌々と灯り続けるサファイアブルーの目。
 この少年と同じ目から、確かにロイはその灯を奪った。

 青年の名がバウンティ・ランキングを瞬く間に上りつめていったことをロイは知っていた。
 そして、トップランカーである自分の命を奪うため、決闘を挑んでくることも。

 マッチメイカーが時を見計らったように、二人の間に進み出る。
 右手でコインを掲げながら。

 それを合図に、ロイと少年は同時に構えを取る。
 マッチメイカーの右親指が高々とコインを跳ね上げる。

「さあこい、青二才」

 コインが宙を舞い音を立ててストリートに落ちるまでの間、ロイはかつての宿敵――青い眼のフォードとの因縁、その全てを回顧した。

【続く】


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