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三千世界への旅 魔術/創造/変革66 理性と非理性の構造

非理性の構造


ここまで国際政治の領域にはたらく理性と非理性の機能について考えてきましたが、それを踏まえてもう一度、理性と非理性の関係について考えてみたいと思います。

近代以降の世界を統一的に支配していると考えられているヨーロッパ由来の科学的・理性的・合理的な考え方や仕組みは、経済・社会を発展させるゲームのルールであり、その意味では国境を越えてグローバルに機能していると言えます。

一方、非理性はこのゲームに参加している国の国民、集団を構成する人たちによって、それぞれ異なるように見えます。

それは国や地域、宗教、民族の伝統的な価値観や、利害・立ち位置の違いによるのかもしれません。

その根底には、すでに触れたように、人類共通の生命、生きようとする意欲・衝動といったものがありますが、それは人間に限らず生物全般に言えることです。

それは、生きるために食べるという行為では食欲として現れ、種・集合体として存続するための生殖では性欲といったかたちで現れますが、それ自体は単に理性の枠に入らないというだけで、人や社会にとって不都合でもなければ不合理でもありません。

これに対して、人類の意識には、もっと仮想化された非理性の領域があります。たとえば、自分たちは絶対的に正しいとか、自分たちは唯一絶対の神に従っているから、それ以外の邪悪な神を信奉する勢力を征服し、改宗させなければならないといった考え方です。こうした考え方は食欲や性欲のような生命維持のための衝動・意欲・欲望と違い、仮想化された領域で生まれ、作用する幻想のようなものです。

それは人類が類人猿や猿人から、あるいはもっと人類に近い原人から分かれて、複雑な技術を操る知性や宗教的な世界を生み出したときに生まれたものかもしれません。


仮想化領域


「人類史まとめ」で見たように、ホモ・サピエンスはただ原人やネアンデルタール人より複雑な知識や技術など、理性・知性で扱う意識の領域そのものを生み出したのではなく、肉体や物理的な環境を仮想化することで、そうした領域を生み出したのであり、その仮想化は宗教など、後の我々から見て非理性的と見える領域と一体でした。

こうした仮想化領域で作用する非理性は、宗教や絶対王政・帝政といった古い仕組みが衰退し、科学的・理性的・合理的な仕組みによって、グローバルな経済・社会の進化・発展が推進されるようになった近代以降は徐々に力を失ったと、一般的には考えられてきました。

しかし、20世紀以降に行われてきた戦争や紛争、侵略や支配を見ていると、こうした非理性は衰退するどころか、あらゆるところで活発に作用していると思えてきます。

それはこれまで見てきたように、科学的・理性的・合理的なゲームで劣勢に立たされた勢力による、ファシズムとか強権主義とか宗教的原理主義といったものだけでなく、科学的・理性的・合理的なゲームを主宰している、あるいはそう自負している先進国の勢力にも作用しています。

自分たちが主宰する科学的・理性的・合理的な考え方や仕組みを絶対的に正しいと信じて世界全体を支配しようとし、それに反抗する勢力にこれまで何度も紹介してきたような謀略や侵略、戦争を仕掛けるとき、先進国の勢力も非理性に突き動かされていると見ることができます。


たこ壷からの視界


そして、欧米先進国の勢力も、それに反抗する勢力も、自分たちに非理性が作用していることに気づいていないか、それを認めようとしません。それは自分たちがそれぞれの仮想化領域に閉じこもり、他の勢力との関係を外から見ていないからです。

それぞれの仮想化領域には、それぞれの理性的な考え方や仕組みもあれば、非理性的な考え方や仕組みもあるのですが、どの勢力も自分たちの理性だけを見ようとし、他の勢力の非理性だけを見ようとします。

そして、他の勢力の非理性を見るときは、自分たちの外からではなく、自分たちが理性的と信じる価値観から見るので、他の勢力の非理性は実際よりも誇張されがちです。

自分たちを科学的・理性的・合理的な秩序の主宰者と任じている先進国の勢力は、彼らにとって非理性的と見える勢力を極端に愚かで野蛮で凶暴なやつらと見たりします。

かつて欧米先進国の勢力は大航海時代以降、世界の様々な地域を侵略・征服したとき、そこに住む先住民をまともな人間とは認めず、動物に近い未開人と見なし、彼らの宗教や言語を禁止して、ヨーロッパの文化や制度を強制し、人格改造しようとしました。

今も欧米先進国が中国やロシアや北朝鮮、その他いわゆるグローバルサウスの反抗的な国々に対して抱いているイメージは、基本的にそれとそんなに変わりません。

先進国では多くの人が、科学的・理性的・合理的な考え方や仕組みを世界に広げることで、後進的な地域を近代化し、人類全体の進化を推進していると考えているかもしれませんが、実は彼らも自分たちのたこ壷に閉じこもって、自分たちにしか見えない夢を見ているのです。


理性の外


世界はヨーロッパ発祥の科学的・理性的・合理的な考え方や仕組みで統一されたように見えますが、すでに見たように、その統一を信じているのはこの仕組みによるゲームで得をしている先進国の一部の勢力だけで、それ以外の地域・国々の勢力はこの仕組みを建前上受け入れているだけです。

これらの勢力は自国の経済や社会が発展することを期待して、この世界共通ルールによるゲームに参加していますが、ゲームを通じて最も大きな利益を得るのが先進国の勢力であって、自分たちではないことを知っていますから、ゲームのルールを鵜呑みにしたり、その価値観や仕組みにどっぷり浸かったりはしません。

グローバルサウスと呼ばれる後進地域の発展途上国は、欧米先進国のルールに従って、先進国から経済援助や技術援助を引き出しながら、下請け的な産業で稼ぐと同時に、ロシアや中国など先進国に反抗的な大国とも良好な関係を維持し、そちらとの取引でも利益を得ようとします。

これがグローバリゼーションの現実です。

現実のグローバリゼーションは、欧米先進国の人々が信じているような科学的・理性的・合理的な価値観だけでなく、非理性的で野蛮な価値観も同時に機能することで成り立っています。

それは欧米先進国と日本などそれに追随する勢力の人たちにとっては不都合かもしれませんが、彼らが信じたがっている理性的な価値観や合理的な領域より多様な価値観と、広大な領域で進行しているのです。


非理性の逆襲


先進国でも、科学的・理性的・合理的な仕組みで稼げなくなった産業や地域の人たちには、不満やストレスが蓄積され、中国人や有色人種に対する憎悪などの非理性が広がっています。

自分自身や世の中、世界全体に対してネガティブ・虚無的になるニヒリズムも広がっています。

ニヒリズムは、歴史を踏まえて見ると、近代以前の世界を支えていた宗教が弱体化した結果、そこに生じた空白に生まれた非理性とも言えますし、科学的・理性的・合理的な近代の考え方や仕組みを冷静に突き詰めた結果生まれる、幻滅とか絶望みたいなものと見ることもできます。

ニヒリズムはすべてに虚無しか見ないわけですから、エネルギー活性はニュートラルで、そこに感情はないはずですが、そこからナチスを支持する人たちのように、強いネガティブな感情が生まれることもあります。

個人で特に動機のない無差別殺人を起こす人も、価値観は虚無的でニュートラルに見えますが、なんらかのネガティブな衝動が彼らを突き動かしたとすると、そこにはなんらかの衝動的あるいは感情的なエネルギーがはたらといたと考えることができます。

まわりに冷たくされたとか、差別されたといった動機がある場合も、それが銃の乱射による大量無差別殺人を引き起こしたりするのを見ていると、その根底にはもっと普遍的な非理性の力学がはたらいているように見えます。

近代は科学的・理性的・合理的な考え方や仕組みが発展し、世界に広がって、人類の社会を豊かにした時代であるとも言えますが、同時にそれまで知られていなかった様々な非理性的な精神の働きが現れ、意識されるようになった時代でもあります。

長くなったので、続きは次回。

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